なるほど「ダニーボーイ」は必然だ。3.11、能登半島、大船渡…羽生結弦の美、そして社会性の「あたたかさ」(前編)
日野百草(@hinohyakuso)
連載『ファンしか知らない羽生結弦』
「思いやり」「忘れない」
羽生結弦の「ダニーボーイ」には社会性がある。
美と共にある、社会性。
羽生結弦というアスリートであり、アーティストであり、エンターテイナーである存在そのものが社会性を内包しているが、それ自体がそのまま作品の社会性の発露になるとは限らない。すべて創作とはそういうものだ。
だからこそ、羽生結弦の「ダニーボーイ」は貴重だ。
これまでのプログラムの中でとか、フィギュアスケート史の中で、という枠に限らず芸術史、いや人の歴史そのものにおける貴重な「美」である。その貴重性こそが社会性、ということになる。
なるほど「ダニーボーイ」は必然だ。
おなじみ一般社団法人東日本大震災雇用・教育・健康支援機構による2025年の復興支援ポスターが6月に公開され、「思いやり」「忘れない」と題した「ダニーボーイ」の写真が採用された。
それぞれにこう添えられている。
〈明日も思いやりの輪を〉
〈忘れない能登半島のあたたかさ〉
偶然か意図したかはわからないが「忘れないーー」はきっちり有季定型の口語俳句(切字は名詞「あたたかさ」の体言止め)になっている。「あたたか」は春の季語(三春)、季感、体感としての「あたたか」だけでなく人事としての心の「あたたか」にも通じる季語である。
〈あたたかや双子専用乳母車〉(※1)
このように俳句とは季節と事象、人事と共に心も「あたたか」と十七文字で詠むわけだが「忘れないーー」もしっかり俳句である。五七五、十七音のリズムは日本人にもっとも響くとされてきた。
もちろん「忘れないーー」の「あたたか」には能登半島の春、能登の人々がある。羽生結弦の心も、それを通した私たちの心も。
祈り、希望、そして美、思い…
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連載「ファンしか知らない羽生結弦」2025年パック
大人気連載「ファンしか知らない羽生結弦」の2025年の記事をまとめたコラムパックです。
