番組紹介🍅「日本語ヘタでも大丈夫〜愛知・豊田 外国ルーツの高校生〜」
テレビ番組の紹介です。
明日 (2026年3月29日)の朝の事なので、宣伝するには遅すぎですが(^_^;)
でも、おそらく見逃し配信で番組放送後も1週間は視聴できると思います。
NHK 総合 初回放送:2026年3月29日(日)朝8時25分~
Dear にっぽん
「日本語ヘタでも大丈夫 〜愛知・豊田 外国ルーツの高校生〜」
上記サイトより番組紹介文を引用します。
「外国にルーツのある生徒が多く通う愛知県豊田市の県立高校で、全国に先がけて行われている日本語の授業がある。それは『母語』を使ってもOK。生徒は日本語に詰まると母語も交えて会話しながら言葉を習得していく。在留外国人は過去最多となり、言葉の壁で社会になじめない生徒も少なくない。本来持っている力を引き出し、日本語力、生きる力を伸ばそうと模索が続く。生徒は母語OKの日本語授業で何をつかむのか?9か月の記録。」
この番組の告知動画をこちらのポスト↓で視聴する事ができます。
NHK クローズアップ現代 公式 2026年3月25日
「日本語もしゃべれないとか友達とかにバカにされて」 https://t.co/1rpF2oReFX
— NHKクローズアップ現代 公式 (@nhk_kurogen) March 25, 2026
↑放送&NHK ONE配信は3月29日あさ8時25分~
今週の #Dearにっぽん
外国にルーツを持つ高校生たちが主人公です。
“母語OKの日本語の授業”その狙いとは?
語りは #miletさん pic.twitter.com/ibi0RIezJF
この告知動画を視聴すると、音楽の効果と相まって、なんか胸がジーンときます。
外国にルーツがある子どもたちに日本語を教える事は、日本の国益にもつながると思います♡
子どもたちが日本を好きになってくれたら良いな♡
教える側も教わる側も応援したくなりました。(まだ本編を視聴していませんが(^_^;) )
Xの世界では、番組の表題にある「日本語ヘタでも大丈夫」のところだけを読んで反応しているのか、「日本語ができないなら日本から出て行け」のようなヘイトを投げかけるポストも多くて驚きます。
番組紹介文を読んだり、告知動画を見れば分かると思いますが、「日本語が下手でも大丈夫だよ、これから一緒に頑張っていこうね」っていうメッセージが込められていると思います。
🍅嫌なポストの例👇(多分、政治家?)
日本語が下手なやつは母国に帰れ!全然大丈夫じゃない!此処は日本だ! https://t.co/NjQmzC39hI
— 小野寺まさる (@onoderamasaru) March 26, 2026
🍅良かったポストの例👇(外国にルーツのある方)
今でも、当時一言も日本語が喋れなかった自分のために、友達ができるようにと日本語を教えてくれた教職員の方々に深く感謝している。
— Navid Mohammad (@navid_gamma5) March 26, 2026
こうした取り組みが社会にとってどれほど有意義なことか、強く発信していきたい。 https://t.co/izZyjWNOK9
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それから、これは最近読んだ本(「日本語練習帳」大野晋著)の影響もあるのですが、日本語の習得を通して、日本人としての気質を知らず知らずのうちに身に着けていくのかも・・・と思い始めています。ルーツが外国にあっても。
上記の本の中から一部抜粋します。
「英語が1人称でI,we, 2人称でyou, 3人称でhe,she,it,they しかもっていないのは、つまり、すべての人間関係をつねに日常的に、はっきり相互に根本的に違う立場の者と認めていることです。我と汝の関係を契約書の甲乙のように、いつでも抽象的な関係としてとらえている。そういうことをヨーロッパ語の人称代名詞の体制は表現しています。(中略)
それにくらべて日本語の社会では、人間関係を契約書のような甲乙の関係としてとらえることをしません。いつも相手は自分より上なのか下なのか、遠いのか近いのか、親しいか疎いかを、込みにしてとらえ、その条件のもとでしか相互に接触ができない。そのとらえ方を敬語という形式で言語に表現しているのです。
『親分、ポリの野郎が来やがりましたぜ』と言えば、泥棒の子分が親分に対して「ポリの野郎が来やがる」と警官を侮蔑的に扱っている。それとともに「……ましたぜ」といって、親分に敬意を忘れません。日本語成員は、たえず相手が自分をどう見ているか、上か下か、遠いか近いかと神経をまわしています。自分もまた相手をどう遇したらよいか、そのほどよい度合を求めて、それに応じて言葉づかいを適応させます。」(P.161~162)
「『話の中身』に登場する人物(二人称・三人称)やその動作を侮蔑的に低く扱うのが侮蔑後でした。三人称・二人称の軽蔑と憎悪の形として、アイツ・アンナヤツ・アイツラ・アノ野郎・アン畜生・テメエ・オメエなどを使い、その動作には、ヤガル・クサル・ケツカルなどを使います(中略)
概していうと日本語はこういう侮蔑・軽蔑・憎悪の表現は乏しく、翻訳家によるとヨーロッパ文学にはいろんな罵倒語があるのに、日本語に訳してしまうと『あの野郎』とか『あん畜生』ぐらいしかなくて貧弱だそうです。日本語の敬語は個人個人の愛憎によって使い分けるより、上の人に対する尊敬と、自分が引きさがる謙譲を中心に発達してきましたから、どうしても罵詈語は少ない。謙譲の反対の尊大表現も豊富には見られません。」(p.186~187)
