第3回 嫉妬、してますか?――「心の不快」が合理性をもつとき
中西大輔著『進化心理学概説』(2026年4月24日発売予定)の刊行に先立ち、同書からその一部を全6回にわたって公開します。
編集部より
嫉妬ほど、誰もが経験しながら、正面から語りにくい感情はないかもしれません。哲学や政治理論の側からこの感情に迫る試みも近年注目を集めています(たとえば、山本圭『嫉妬論――民主社会に渦巻く情念を解剖する』光文社新書、2024年)。では、進化心理学はこの「厄介な感情」をどう見るのでしょうか。
そこで今回は第7章の試し読みです。前回までで見てきた進化心理学のアプローチからすると、嫉妬といったネガティブな感情にも、ある種の機能が備わっている可能性があります。まずは、妬みと嫉妬、この似たような二つの言葉の違いから見ていきます。
note掲載にあたり一部表記を調整
妬みと嫉妬の違いについて
まず基礎的な用語から説明しましょう。妬み(envy)と嫉妬(jealousy)は似た言葉ですが、心理学では明確に異なる概念として考えられています。いずれも、ある特定の他者に対するネガティブな感情ですが、
妬みは「自分にないものを欲する敵意を帯びた願望」
嫉妬は「自分にあるものを失うことに対する不安」
とされています。一方で、「妬みは嫉妬に含まれて理解される場合が多い」(澤田 2010: 46-47)ことから、関連した概念であることも間違いないでしょう。
進化心理学においては配偶者防衛という観点から嫉妬感情の研究が行われてきました。その文脈では、嫉妬とは「自分が大切に思っている相手を自分だけのもとにとどめておきたいとする感情であり、それが特に配偶者または恋人に向けられた場合、それは配偶者防衛行動を起こさせるもととなる、配偶者防衛の心理を表している」と考えられます(長谷川・長谷川 2000: 245)。
進化的予測
さて、嫉妬が配偶者防衛の心理を反映しているとすれば、男女でその感じ方は変わるはずです。なぜでしょうか? すでに説明したように、男性にとっては父性の不確実性が悩みのもとです。自分が子どもを産むわけではないので、生まれてきた子どもが本当に自分の子どもかどうかの確証が得られないのです。つまり、相手の女性が身体的な浮気をしていないかどうかが重要です。一方、女性は自分のお腹から子どもが出てきますから、自分が母親であることは疑いようがありません。重要な問題は、生まれたあとにその子を育てるうえで男性が協力してくれるかどうかです。
そのように考えると、男性は女性が他の男性に身体を許してしまったという身体の浮気に対して強く嫉妬の感情を生じさせると考えられます。それは父性の不確実性を増す行為だからです。一方、女性は、男性が自分に対して関心を持ってくれないということに対して敏感に反応するはずです。自分に関心がなくなってしまえば、妊娠した自分のもとに必要な資源を持ってきてくれないかもしれないからです。外で他の女性と関係を持ったとしても、心が自分から離れていなければ、自分が子どもを育てるのには困りません。
バスの浮気研究
さて、進化心理学者のバスらは、この予測を実証的に確認しました(Buss et al. 1999)。バスらは、アメリカの大学生(二つのサンプル、総数1122名、うち男性374名、女性748名)に対して以下のような質問を行いました。
あなたが過去に経験した、現在経験している、または、経験したいと思っている真剣な恋愛関係について考えてみてください。あなたが真剣に交際している相手が他の人に興味を持っていることに気がついたとします。何があなたを動揺させたり悩ませたりしますか?
選択肢として示されたのは以下の二つです(Buss et al. 1999: 130)。
①パートナーがその人と深い感情的な(性的ではない)関係を形成することを想像すること
②パートナーがその人と性的な(感情的ではない)関係を楽しんでいることを想像すること
つまり、①は心の浮気、②は身体の浮気を意味しています。参加者はどちらがより苦痛か、強制選択法で選びます。
その結果、アメリカでは、身体の浮気に嫉妬していた人は、男性で76%、女性で32%でした(強制選択法なので、心の浮気に嫉妬するのは男性で24%、女性で68%)。韓国では男性が59%、女性が18%(心の浮気は男性41%、女性82%)、日本では男性が38%、女性で13%(心の浮気は男性62%、女性87%)でした(Buss et al. 1999: 133-141)。日本のデータは身体的な浮気に対する嫉妬を感じる人の数が少ないですが、男性は女性よりも身体的な浮気に苦悩し、女性は男性よりも心の浮気に苦しむというパタンはどの国でも得られています。
しかしながら、「クン・サンやアチェ[編集部注:アフリカやパラグアイで狩猟採集を生業とする民]のように、女性が妊娠した時に複数の男性と性関係を持っていた時には、『第一のお父さん』、『第二のお父さん』が認められるような、そして、それぞれが『自分の子らしい子」に対してなんらかの世話をするような社会もあり」、このような文化圏ではバスの研究と同じ結果は得られないのではないかという指摘もあります(長谷川他 2022: 285)。
(抜粋了)
参考文献
澤田匡人(2010)「日本における妬み研究の動向」筑波大学発達臨床心理学研究, 21, 46-50.
長谷川寿一・長谷川眞理子(2000)『進化と人間行動』東京大学出版会
Buss, D. M. et al. (1999). Jealousy and the nature of beliefs about infidelity: Tests of competing hypotheses about sex differences in the United States, Korea, and Japan. Personal Relationships, 6(1), 125-150.
長谷川寿一・長谷川眞理子・大槻久(2022)『進化と人間行動 第2版』東京大学出版会
次回予告
配偶者防衛の心理に、父性の不確実性といった要因が絡んでくること。強制選択法の調査結果にも驚きです。最後の一文も印象的ですね。どんな社会に生きているかが、感じ方そのものに影響しうる——そうだとすれば、血縁者をどう分類し認識するかという問いは、感情の問題と切り離せません。この問いは宗教、法、文化人類学をはじめ諸学の重要なテーマでもありました。次回では、そこに進化心理学がいかなる光を当てるのかをご紹介します。4月2日の更新です。お楽しみに。
