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AIに仕事を渡しながら、残る場所を考えていた── 自動化を進める中で感じた違和感

― 自動化を進める中で感じた違和感

AIを入れれば、もっと安心できると思っていた。
工数は減り、ミスも減る。

それでも、どこかに小さな違和感が残った。
便利になったはずなのに、
自分の立ち位置が少し揺れた気がした。

これは、自動化を進める側に立ちながら考えていたメモ。


1|AIを入れたら、安心できると思っていた

AI導入を進める立場にいながら、
ある時から、妙な感覚が残るようになった。

便利になった。
工数は減った。
それは間違いない。

けれども同時に、
不確実性の高い人的作業が、
静かに減っていく感覚もあった。

派手に「奪われた」わけではない。
ただ、気づいたら、なくなっていた。

2|最初に「任せられる」と思った作業

最初に「あ、これはAIに任せられるな」と思ったのは、
条件に合致したデータを検知して、
通知したり転記したりする作業だった。

それまでは、
人がやること自体に意味があると思っていた。
確認も含めて
人が手を動かすことで担保される安心感がある、と。

でも自動化が当たり前になってからは、
「自動で転記 → あとで確認する」
この流れの方が、ずっとしっくりきている。

転記漏れもない。
むしろ、
人がやっていた頃より、ミスは減った。

人がやる意味は、実行ではなく確認だった。
その切り分けが、ようやく腑に落ちた。

3|AIに仕事を渡す側になっていた

自分がやっていた作業を、
どうすればAIに任せられるかを考える。

そんな視点を持ち始めた頃から、
別の感情も生まれた。

このまま、のんびりしていて大丈夫だろうか。
AIの進歩が早すぎて、
数ヶ月前のやり方が、もう古い。

「仕事がなくなる」というより、
自分の立場が曖昧になる怖さに近かった。

4|焦りの正体は、AIの性能ではなかった

今思えば、
焦りの正体は、
AIができることではなかった。

自分が何を担っているのか、
うまく言葉にできなかったこと。

これが一番大きかった気がする。

任せられる作業が増えるほど、
自分の役割の輪郭が、
少しぼやけるような感覚があった。

5|AIの案を見るときに、考えていること

AIが「最適そうな案」を出してきたとき、
そのまま採用することは、ほとんどない。

  • 本当にこれが最適なのか。

  • 前提条件は合っているのか。

  • そもそも、別の切り口はないのか。

そういう問いを一度通してから、
初めて「使う/使わない」を決めている。

そんなふうに、
工程を分解して考えるようになってから、
仕事の流れそのものが、
以前とは違って見えるようになった。

6|工程の中で、置き換わりそうな場所

間に入って、
情報をそのまま渡すだけの工程は、
AIアシスタントを挟むことで、
かなり簡単に置き換えられてしまいそうだと感じた。

本来は、
途中で調整したり、
前提をそろえたり、
判断を軽くしたりする役割があるはずの場所でも、
工程としては「伝えること」だけが残っている場面がある。

専門的に見える工程でも、
進め方によっては、
かなりの部分が定形になっていることもある。

あくまで、仕事の進め方として、
そう見える場面がある、という話だ。

やっていること自体は、特別ではない。
でも、ここを飛ばすと、
仕事ごとAIに渡してしまう気がした。

7|ツールは、ただの道具にすぎない

少し前までは、
パソコンを使うこと自体が、特別なスキルだった時代もあった。

「そんなにパソコン使えるんですね」と
言われたことも、たしかにある。

不思議なのは、
その人もブログはパソコンで書いていることだった。

何が違うのだろう、と考えて、
ひとつ腑に落ちた。

パソコンは、ただのツールにすぎない。
どう活用するかは、その人次第だ。

きっと、AIも同じなのだと思う。

ただし、少し違うのは、
考えずに使うと、仕事まで渡してしまうところだ。

8|使い続ける、という選択

数ヶ月でこれだけ変わるなら、
1年後には、何もかも変わっているかもしれない。

だからこそ、

  • 完璧に理解しようとしない

  • 恐れすぎない

  • とにかく触り続ける

そんな姿勢が、
今のところ一番しっくりきている。

AIが仕事を奪うのではなく、
仕事の中身が変わっていく。

そう考えるようになってから、
AIを見る目が、少しだけ変わった。

便利かどうかはもちろんだけれど、
何を任せて、何を考えるのか。

その線を引く時間は、
これからも、たぶん必要になる。


 

※追記 この話を書いたあと、自分の不安のほうが気になって、もう一つ書いている。


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みね村|違和感をほどく (^^)