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【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第三十三話

「わっ! なに⁉」
 突然、右手首を掴まれて驚いた友梨が振り返ると、看護師の制服を着た三十代前半ほどの見知らぬ女性が、仁王像のような面持ちで立ちつくしていた。左胸には「沢渡理恵」と書かれたネームプレートを付けている。
「え、誰? 何なんですか⁉」
「いいから来なさい」
 女は友梨のポシェットをかっさらうと、病院の外来出入口とは反対の方向へ友梨の手を引いて足早で歩いていく。
 人気のない方へと進んで行き、「夜間・休日入口」と書かれた扉を開けて外に出ると、蒸し暑い空気が身体にまとわりついてくる。女はそこで初めて、友梨の手を離した。
「痛っ……。突然何なんですか? 私が何かしましたか⁉」
 眉間にしわを寄せて睨みつけてくる女に、友梨もひるまず睨み返す。
「……こんなところに来てはだめ。もうこれ以上、余計なことを調べるのはやめなさい」
「余計なことって……。私、同級生のお見舞いに来ただけです」
「学院のことを調べ回っているでしょう。それが余計だって言っているの」
「看護師さん……、何か知っているんですか? 知っているなら、教えてください。あの学校、おかしいです。人が亡くなったり、毎年誰かが消えていたり、普通じゃないんです。私の叔母も、十七年前にあの学校で失踪しているんです。だから、お願いです。何か知っていたら、教えてください!」
「だめ。教えられない。もうあなたは十分に危険な領域まで来てしまっている。今のうちにここから離れなさい。一刻も早く学院を辞めなさい」
 女は冷たい口調で友梨を突き放すが、友梨は負けじと声を張る。
「いや! 危険でも構わない。私は真実が知りたい。いなくなった友達のことも、叔母さんのことも、見つけるまで絶対に離れない!」
「友梨‼ 言うことを聞きなさい!」
 女は友梨の両腕を強く掴むと、強い眼差しを友梨に向けた。
「なんで、私の名前……」
 友梨は、女の顔を知っているような気がした。
 どこで会ったのだろう。とても身近にいたような気がする。ショートカットの柔らかい癖毛の髪、髪と同じ亜麻色の瞳。そして、左目の下には小さな黒子がふたつ並んでいる。
「……千景叔母さん……?」
 写真で見ていた学生の頃からは歳を重ね、いくらかふくよかになっているが、自分とよく似た風貌の彼女を見間違えるはずがなかった。
「あなたが高等部に入学してきたことは知っていたの。けれど、私は素性を明かすことはできなくて……。でも、本当は早くここから離れてと伝えたかった」
「なんで……? 父さんも、叔母さんのことをずっと心配して探してた。私、小さい頃から叔母さんの話を聞かされて、だからこの学院に探しに来たんだよ。知っていたなら、なんでもっと早く教えてくれなかったの? 生きてるって、それだけでも知ることができたら、父さんも安心できたはずだよ」
 千景は涙を堪えて、友梨を抱きしめる。
「……自分勝手でごめんなさい。けれど、あの頃の私には、家にも、学校にも帰れる場所がなかった。あなたのお父さまは……、兄は私を愛してくれていたけれど、それは歪んだ愛憎でしかなかった。あのまま帰っていたら、無事ではいられなかった。大切なものも守れなかった。だから、逃げ出すしかなかったの」
「……叔母さんも、『赤い意見箱』を見つけたの?」
「あんなもの、ただの七不思議だと思っていたけれど、それでもあの頃の私はそんな噂にさえすがりつくしかなかった。必死で探して、ある日、本当に見つけてしまった」
「『赤い意見箱』って、一体何なの? 私の友達の白雪も、きっと『赤い意見箱』を見つけたの。見つけた子は一体どこへ行くの? 『新しい人生』を手に入れて、どうなるの?」


(つづく)


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