動画制作と音楽及び創作小説を巡る備忘録
原点回帰ではなけれど──。
制作せる動画に寄せし解説文の集積こそ、このアカウントにおける本来的目的であり、本義ではある。
しかしながら──。
動画制作とその再開を巡っては、未だ悩み尽きせず──というのが、実のところの本音である。ともあれ、仮に制作を進めるともなれば、現時点においては、おそらく以下のラインナップとなろう。
制作候補をリストアップする
●シューベルト:D944
この一大傑作が作曲をされて、今年で二〇〇年という記念すべき年回りである。筆者はこの傑作交響曲を、近現代交響曲の源流、あるいは「父」とも看做している。
もしもである。
ローベルト・シューマンがフェルディナント・シューベルト邸を訪れていなければ、おそらく交響曲史は今日、まるで異なる様相を呈していたに違いない。ゆえに我々は、この偉大なる『D944』を巡り、改めて顧み検証するべきではあるまいかと、筆者はそう考える。なればこそ以前より同作を動画化したい、そう切望していたところである。
現時点ではピリオド・グループによるプレイ、そしてモダーン・オーケストラになるそれを取り上げようと考えている。
●シューマン特集本篇「第三回、第四回」
昨年の目玉企画であった「シューマン特集」であるが、今年は彼、ローベルトのメモリアル・イヤーでもあれば、引き続き取り上げたい。ただし、シリーズは規模は縮小せざるを得ず、ニ短調交響曲とその改訂版たる交響曲第四番、加えて交響曲第二番、交響曲第三番を取り上げるに留める。
●サン=サーンス:交響曲第三番
彼もまた、今年がメモリアルイヤーでありかつ、同作が生ましめられてより一四〇年の節目ともなれば、やはり取り上げたいと考えている。
音源は既に選定済み、用意済みである。
●シベリウス:交響曲第二番、第四番
彼についても、以前より取り上げたいとは思いつつ──積極的にそうしようとは、どうにもなれなかったのである。実に昨年がメモリアル・イヤーではあれ、気忙しさやら何やらで、機へと恵まれなかったのもある。
ともなると、ある意味で「満を持して」のそれ、ともなりそうであるが、対向配置になる音源も極めて少なく、最近ようやく『これなら』と、そう確信を抱くに能う音源へと行き当たったのもあり、重い腰を上げるに遅ればせながら意を決したというところ。
●ブルックナー:交響曲第九番(補筆完成版)
取り上げたいとは思えど、未だに悩む企画。対向配置になる音源を、現時点ではほぼ確認し得ないがゆえ。
行賴=Gemini提案は尽く並行配置であり、彼にはまたも苦言を呈するよりなかったが(シベリウス音源でも、彼はやらかしている)、再び盛大なる『典型的ではあれ、極めて珍しい類』のハルシネーションを引き起こされるのも、それはそれで困りものなれば、追い詰めるかのような言動は、今回敢えて避けたところである(笑)
いずれ馬鹿話は措いて、Apple Musicでは未配信の下野竜也&名古屋フィルによるディスクを入手、確認するか、既にデータで所持している、アーノンクール&ヴィーナー・フィルハーモニカー『レクチュア・コンサート』音源、このいずれかで対応する外にはない。
アーノンクール盤はマニュスクリプトであり、更に筆者がローカルに保存するデータは、第四楽章部分が演奏のみのトラックに限られるため、こちらも改めて音源を確保する必要がある。
以上の六企画──制作をするのであれば、これらとなるは確実である。
シャスタコーヴィチに関しては、原著作権や著作隣接権など、クリアせねばならぬ問題が山積しており、動画制作そのものを諦める勇気を持つ、その姿勢こそ、致し方なしとはいえ穏当であろうと思量する。
なれば上記六企画のみを、実現可能なそれとして想定するよりないのであるが、はてさて──。

動画制作を巡る障害の数々
You Tubeというプラットフォームの特性からするに、収益化の意図を懐胎せずまた、その要件に当たらぬは確実とはいえども、やはり厳しいと捉えるよりない。
況してや、例の盗作問題で批判対象を論う身でもあれば、所謂ところのダブルスタンダードは許されない。しかしながら慣行上、許容される範囲において、本邦著作権法第三八条へと依拠しつつ、従来的なる動画を制作するに吝かとはしない。そうは思えど、ことは簡単ではないし、やはり厄介と申し上げるべきである。
つまり課題は、それのみならず──。
経時的問題をも含むコスト面を始め、筆者への負担なり負荷圧が、やおら尋常ではないのである。
聊か失礼に聞こえてしまうようであれば、他意はなしと詫びるばかりであるが、ありがちで陳腐な動画を制作するつもりなど、端から持ちやしない。解説文にせよ、筆者独自の視点をも加味するオリジンで通したいし、そのためには時に、日本円にして二万は下らぬ洋書の類も、複数入手せねばならない。しかも決済から我が手にするまでに、船便であれば最低で一ヵ月は待たされるのであるから、それだけで気も遠くなる。
そこから当該書籍・論考の読み込み、下訳を経て、やっと解説執筆そのものへと到るのであり、なれば一つの動画を制作するに、想像を遥かに超える莫大な時間を要するは、誰であれ容易く想像も着こう。
果たして、それでよいのであろうか、と──。
年明け以降の自己点検、思考実験を重ねて得し結論からするに、現時点における筆者は、斯くなる営為を『徒労』と断ずるよりない。膨大な諸コストを費やし、さりとて派手に触れて回ろうともせぬ身なれば、確かに徒労以外の何物でもなかろう。
少なくとも、今の時点ではそう眺める外にはないと、あられなくまた端なくも、そう正直に吐露する。
かと言って、動画制作そのものをまるで已める、とも考えられないのであるが、いずれの方を目指すめべきかは、まだ看えてこない。
何より今は、思考実験をより発展せる創作実験へと、興味そのものがスライドしている。
音楽との関わりを如何に担保すべきか
いずれにせよ──。
こうして敷衍するなれば、音楽との関わりにせよ、やはり当分は自らの創作とリンクして語る方途こそ、巧い落としどころではあるまいか、と思量して憚りはしない。
幸い、筆者の創作小説はあらゆる意味において、音楽と密接にリンクしている。つまるところ、暫くは「創作小説と音楽」を軸に、当アカウントを運用していこう、そう目論んでいる。
何にせよ、小説専用アカウント『八幡右亮』においては、創作実験の副産物たる小説そのものだけを発表していく心づもり。解題的になる話題は、当アカウントたるこちらで展開していこう。
また飽くまで、当「源賴國」アカウントこそメインではあれど、目下のところ『創作実験』に興味と余暇の大半を注ぐともなれば、八幡右亮アカウントでの活動こそ主体となる日々が、暫く続くであろうは明白たるとて、諸兄姉には告げておきたい。
源賴國アカウントでは、任意代理人委任契約更新関連、レヴュー含む音楽関連、歴史関連やグルメな話題にまつわる論考、随想など、月に二、三回程度、上首尾なれば週一回は更新していきたいと、そう考えている。
無理を推してお読み頂こうなどと、露と考えもせぬ筆者ではあれ──。
聊かなりとも興味をお示し賜われるなれば、八幡右亮アカウントも覗いてやって下されば幸甚、欣喜雀躍。というところで本稿は擱筆としよう。
