見出し画像

諦めないことの美しさ。不治の病になった私が10年かけて気づいたこと

「まだ治らないんですか?」

いつもの薬局で、いつもと同じ薬を処方してもらうとき、なんの悪気もなく薬剤師からかけられたその言葉にわたしは涙が出てしまった。蛍光灯の明るい空間が急に暗く遠のいて感じる。

「治らない病気もあるんだよ」と伝えたくなった。

「病気は治るもの」という人からすると、治らない病気という存在は恐ろしく感じ、受け止められなくても仕方がない。「病気は治るもの」という前提が、その薬剤師にはあったのでしょう。

しかし治らない病気を抱えるわたしは、死ぬまで治らないのです。

「死んだら治りますね!ハハ!」と頭の中で明るく答えたものの、ショックで、実際には何も答えられず、薬を受け取るカウンターで固まったままでした。

無言で薬を受け取り、お会計を済ませて、地下鉄に揺られて行きつけのハンバーガー店で美味しいものを頬張ってご機嫌をとることにしました。

いつもと変わらない、優しくて明るい店員さんと会話しながら癒され、視界が少しだけ鮮やかになる。食べたハンバーガーは、「千と千尋の神隠し」にでてくる塩むすびくらい、ちょっぴり塩あじのするハンバーガーで美味しかったです。

敵と味方の判別ができない

わたしは指定難病である「シェーグレン症候群」になって、今年で10年が経ちました。

「シェーグレン症候群」は、涙腺や唾液腺などの外分泌腺に慢性的な炎症が起こる自己免疫疾患です。ドライアイやドライマウスなどの乾燥症状が主症状で、そのほかにも症状は全身に及びます。
同じ病気でも人によって症状も重さも異なり、病気はその人固有の物であり、こういう症状と言い切るのが難しい病気でもあります。

「シェーグレン症候群」は、膠原病のひとつで自己免疫疾患です。 
自己免疫疾患とは、簡単にいうと、ウイルスなどの外敵と味方の区別がつかなくなること。外からの攻撃に対しての免疫が、味方である自分までも攻撃してしまう。

細胞レベルで自分と自分以外の区別がつかずいつも攻撃をしている。自分を守るシステムが自分を傷つけてしまうバグなのです。

自分と自分以外って分かりそうなものなに、わからなくなるんだなぁと。
わたしは世の中は全部敵だとは思ってないのに、わたしの免疫は味方も含め全部敵だと思っている。

この病気はまだ治療法はなく、薬を使いながらうまく共存していくことを求められます。

でも病気になりたての10年前は、普通に生活できる状況が1ミリも想像できいほど辛かった。病気であることが受け入れられず悲観的で、自暴自棄で、病状がよくなる過ごし方もわからず悪化するばかり。

朝を迎えるたびに、まず直面するのは乾いた目の痛みです。涙が分泌されていないからなのか、まぶたを開けるというより、バリバリバリと引き剥がすという表現が近い。目薬を差さないと目が開かない、毎朝の試練です。鏡を見るととんでもなく目やにが溜まっている。寝起きだけではなく、日中も目やにが溜まるので、テンションが下がります。

口の中は砂漠のように乾燥し、喉が渇く。舌はネバネバと紫色にひび割れ、唾液がでないせいか、舌に石ができる唾石症になったことも。寝ている間にたくさん水を飲むので、朝起きると枕元のコップは空っぽ。渇きがひどい時はコップの水では足りず、500mlのペットボトルが床に散らばる。

日中も、水を一口飲んでも、すぐに乾きが戻ります。食事をするときには、ひと口ごとに水を飲まなければ、食べ物を飲み込むことさえ困難です。パンひとつを食べるのに、健康だったころの倍以上の時間がかかります。

寒い日は関節の痛みや、レイノー現象によるしもやけが、足先指先に出ます。階段を降りるとき膝に痛みが走るときは、まるで自分の体がおばあちゃんになったかのような感覚です。大根おろしを作った翌日は肘が痛くなることも。特に寒い日の朝は体が硬くこわばり、ベッドから起き上がるだけでも一苦労。

そして常に付きまとう疲労感。これは単なる「疲れた」という感覚ではなく、体の芯から力が抜けているような感覚で、たとえ十分睡眠をとっても改善されないことがほとんどです。縦になるのがムリ、という感じで横になるしかない。

外出するにも、前日から体力を温存しなければならないほど。
微熱も頻繁に現れ、体温計では37.3度程度ですが、頭がぼんやりして思考が鈍り、集中力が続きません。仕事中にふと画面から目を離すと、何をしていたのか思い出せなくなることもあります。
何ヶ月も微熱が続くとさすがにメンタルも弱ります。自分には価値がないと思ってしまい涙が出る。

強い紫外線を浴びたあとは、耳下腺が腫れて高熱が出る。ヘルペスができる、カンジタを発症するなど、すべてが重なるとこの世の終わりのような気持ちになります。

最も辛いのは、外見からは病気が見えないこと。「元気そうに見える」と言われると、説明する気力もなく、ただ微笑むしかない時があります。体の不調を言い訳にしたくないという思いと、理解してほしいという気持ちの間で揺れ動く日々です。

病気になって絶望してからこの10年、栄養診断や薬物療法、定期的なメンタルクリニックへの通院など、色々取り組んだ中で一気に体調が悪くなるラスボスが不眠と紫外線でした。

ラスボス(不眠)を倒さないと日中動けない

不眠との闘いは想像以上に厳しいものでした。喉の渇きで何度も目が覚め、翌日の体調に直結する。きちんと眠れなければ、日中は微熱と倦怠感で動けなくなる。全身が重く、何をするにも動けない状態です。

こんな状態では仕事はとうてい無理で、日常生活もままならない。そこで欠かせなくなったのが、睡眠を持続させるための睡眠薬。薬を飲むまで2時間おきに渇きで目が覚めて、水を飲んでも常に喉が渇いて眠りが浅かったのですが、睡眠薬を飲んでいると渇きで途中覚醒するものの、起きて水を飲んでも、またすぐ眠れるようになりました。こうしてまとまって睡眠が取れるようになって、ようやく日中動けるようになりました。

このようにシェーグレン症候群のわたしは、膠原内科だけではなく、心療内科にも通院しています。シェーグレン症候群は心身ともに全身に症状が出るので、色々な病院に通院しなくてはならないのも一苦労です。

芸能人ですか?くらい紫外線対策をガチる 

そして紫外線。芸能人かと思われるくらい徹底した紫外線対策をしています。なぜなら紫外線を浴びると微熱が出て、より体調が悪化するから。
免疫の敵味方の区別がつかず、もっと攻撃がヒートアップしてしまうのです。

ですから4月〜9月は夕方15:30以降からしか行動しない。外出するときには、日傘、UVカット素材の服、帽子、サングラス。もちろん長袖長ズボンです。

「暑くないの?」と聞かれることもしばしば。

夏は紫外線との闘い。冬は乾燥との闘い。季節の変わり目には体調の波が大きく、その度に心が折れそうになります。

病気を忘れられるくらい元気になったのはステロイドを飲んでいたときだけ。ですがステロイドは副作用がひどく、今は断薬できています。頼る時には頼らねばならないですが、できる限りおとなしく、無理をしない日常生活を送ることで今のところ使わずに済んでいます。

明るい未来を生きるために
自分で居場所をつくる

そんな中でも、自分の居場所をつくることが大切だと気づく出来事がありました。それがこのnoteです。

家から出ることが減り、飲みに行くこともなくなり、人並みに生きるために必死で自分を大切にする日々。

そんな様子をクライアントが見て、「セルフケアをする姿が面白い。必死でのんびりすることをやっているのが素敵だから、セルフケアとご自愛について発信した方がいいよ」と言ってくれました。そこからnoteのメンバーシップを始めたのです。

いまでは見守ってくれる人、一緒に頑張ろうと思ってくれる人が増えました。
「みなみちゃんがタイムラインに流れてくると、ご自愛しなきゃって思うよ。」と友人に言われた時は嬉しかったです。

これから10年後、どうなっているかわからない。合併症がでて働けなくなるかもしれない。

だけれどもnoteのメンバーシップがあれば、まだご飯が食べていけるかもしれない。noteのメンバーシップもこれから10年継続していきたいと、切実に願っています。

諦めないひとは、美しい

人は多くの役割を当てられる。娘であり息子であり、妻であり夫であり、母であり父である。また上司であり、同僚であり、部下であり、友人であり、そしてわたしは病人である。

役割と向き合い、がんばればがんばるほど、自分の時間をとれなくなってくる。自分がどんな人間で、どんな風に生きていきたかったのか忘れてしまう。
それでも諦めたくない。自分の人生を生きたい。それはわがままなのでしょうか? いやそんなことはないと思います。

折り合いをつけながらも、諦めずに、一つひとつ自分のやりたいことをやる。そのために必要なのがご自愛ではないでしょうか。

自分のために時間を取る。好きなことをやるためにセルフケアをする。未来のわたしにいまできることを20%でいいからかけてみる。

わたしという人間は過去から積み上がったイマがあり、毎日一生懸命にその日1日無事に終わったなと思うことでなりたっている。

だけれども20%くらいは、未来の自分に申し送りをする気持ちを忘れないでいたい。
それがささやかな現状への抵抗であり、諦めないで自分の人生を送っていくためだから。

たとえばクローゼットを開けてみて、1年以上着ていない服を捨てる。これは過去であり断捨離。今着ている服は現在。そしてなりたい自分に似合う服を買い足す。これが未来である。

自分の人生がみじめに感じられることもある。だけど、明るい未来を諦めたくない。

病気であろうとなかろうと、共に前を向いて歩いていける。その手段がご自愛だと思います。

朝は無理に早起きせず、体が目覚めるのを待つ。目を開けた瞬間の乾きに対応するため、ベッドサイドには手に届く場所に目薬を常備。起き上がる前に、まず目に潤いを与えることから1日が始まります。

洗面台には保湿効果の高いスキンケアが並んでいます。肌の乾燥を最小限に抑えるよう心がけています。

朝食は鉄瓶で沸かしたお白湯から。腸内環境を整えるためにグラノーラや玄米おにぎりを食べる。

コーディネート選びも重要なセルフケアの一つ。紫外線対策として、4月から9月はUVカットの長袖・長ズボンが基本。外出時には日焼け止めを塗り、日傘、帽子、サングラスも欠かせません。
「芸能人みたいだね」と笑われることもありますが、これが体調を左右する重要なケアだと理解しています。

予定を詰め込まず、体力のピークに合わせて仕事内容を調整。
ご機嫌になれるように部屋はお気に入りのものを選んで置いて、花を飾る、いい香りで満たす。

夜のルーティンも大切です。寝るはブルーライトを避け、瞑想のプログラムを聴く。枕元にはいつも加湿器を置き、乾燥から喉を守ります。
自分の体調と向き合いながらも、「できないこと」ではなく「できること」に目を向け、小さな自己決定の積み重ねがわたしの「ご自愛」です。

諦めたくないことを言語化することは「ご自愛」の第一歩

やりたいことを考えるよりも、諦めたくないことを考える方が大事。
夢や目標がない人も、やりたくないことなら思いつく人が多いのではないでしょうか。やりたくないことを羅列して、残ったものから諦めたくないことを考えると意外と思いつくものです。

わたしは病気になってできないことが増え、やりたいことよりもできなことを羅列し、残ったできることの手札で最大限のカードを切れるように日々考えるようになりました。

そんなわたしが諦めたくないことはこの3つです。

・仕事

わたしは人生をかけて「自由と自立」を手に入れたい人。幼い頃は劣悪な家庭環境から自由になりかった。早く自立を求められた。立派な会社でキャリアウーマンになりたかった。でも病気で諦めなければならなかった。

大きな挫折をしても諦めたくないと再確認したのが「自由と自立」でした。

いまではフリーランスとしてクライアントに恵まれ、わたしを必要としてくれる人がいる。自分のお金で自分のためのセルフケア費用を賄えるようになった。これは大きな自信になりました。

・自分を大切にしてくれる友人・家族

離婚家庭に育ち、自分自身も離婚している。 病気になって10年の間に2回結婚し2回離婚している。友人がいなくなっても、家族がいなくなっても、まぁ仕方ないなと思ってしまう。人がいなくなることに慣れてしまっている。だからこそ、ここで諦めては一生ひとりのような気がするから。いまそばにいてくれるひとを大事にしたい。

・きれいでいること
「割れ窓理論」をご存知でしょうか。「割れ窓理論」とは、小さなルール違反や無秩序を放置すると、犯罪やモラルの低下が進行し、治安が悪化するという犯罪学の理論です。

これを人に置き換えるのもどうかというのは置いておいて、肌をキレイにする。似合う服を着る。爪先を綺麗にする。そうすることで人から大事に扱われるのはもちろん、自分自身も大切に扱おうと思えるのです。

きれいな病人になりたい。幸いにも紫外線にあたれない病気の人は、綺麗な人が多いと主治医の先生も言っていました。

自分を攻撃する免疫と、
自分を守る「ご自愛」と

10年後にどうなっているかわからない。すべての人がそうなんだけれども、人よりも弱くなったわたしは未来をよく妄想する。約束された未来なんてないことを知っているから。妄想するのはわたしなりの自由。

昨日よりも今日のわたしがよりよくありたい。そして明日のわたしはもっと自分を大切にできる人でありたい。

病気はわたしの一部になった。それは時に重く、時に遠くにある。

あの薬局で「まだ治らないんですか?」と聞かれた日から、わたしはたくさんの答えを用意してきた。でも今なら、こう答えられる気がする。

「はい、治りません。でもわたしは治っていくんです」

治るとは、病気が消えることではなく、病気と共に生きる術を身につけること。
治っていくとは、今日よりも明日、少しずつ自分自身と折り合いをつけていくこと。

ドライアイの目で見る世界は、時に霞んで見えることがある。でも霞んだ景色の中にこそ、思いがけない美しさが宿ることを知った。

紫外線を避け、日陰を選んで歩く人生は、常に陽の当たる場所を求める人には理解されないかもしれない。

それでもわたしは、この限られた体で、限られた時間の中で、最大限に生きていく。諦めないこと、それは単に頑固に希望を持ち続けることではなく、状況が変わるたびに、新しい希望を見つけ出す柔軟さを持つことなのかもしれない。

クライアントの仕事で遅くなった夜、帰り道で見上げた星空が妙に鮮やかだった。微熱で少しぼんやりした頭で考えた。

もしかしたら、わたしたちは皆、何かと共に生きている。誰もが完璧な健康、完璧な幸せを持っているわけじゃない。それぞれの荷物を抱えながら、それでも前に進んでいく。

わたしの荷物はシェーグレン症候群。あなたの荷物は何ですか?

互いの荷物を知り、認め、それでも諦めずに歩く姿を見せ合うこと。それが本当の意味での「ご自愛」なのかもしれない。

そして気づけば、難病と診断されてから10年。薬局のカウンターで涙を堪えたわたしは、今や「ご自愛最前線」に立っている。

この先の10年も、20年も、諦めることなく、美しく、強く、そして時に弱さも見せながら生きていこう。それがわたしの選んだ、治り方だから。

いいなと思ったら応援しよう!

みなみやん|ご自愛とセルフケア いつも読んでいただきありがとうございます。しゃけ(ねこ)にチャオちゅーる買わせていただきます。

この記事が参加している募集