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「やりたいことがわからない」という悩みについて

「やりたいことがわからない」
よく聞く悩みだし、自分自身その病に取り憑かれていたし、今もぶり返すことがある。
一体、なんでこんなにも「やりたいこと」というハッピーなことについて考えるのに、疲弊しなければならないのか?
考えたことを、吐き出します。

「やりたいこと」で悩んだ初めの記憶は高校生くらいの時だった気がする。それまで、なんとなくふわっとしか聞かれなかった将来についてを、急に詰められて聞かれるようになったからだと思う。
「将来、何をしたいんだ」
「ちゃんと考えているのか」
「別にやりたいことをやっていいんだよ」
「好きなことをやるのが一番!」
CMも「好きなことをして生きていく」となんだか煽ってくる。それになんかプレッシャーを感じていた。

大人になったらなったで、「やりたいことはないのか」とネットも広告も煽ってくるし、ダラダラ動画を見て過ごしてしまった一日を後悔したり、非生産性を嘆いた。
「ああ、やりたいことをやるキラキラした生活を送りたい!」

けど、なんでそんなにやりたいことを持たないといけないんだろう。
思い返せば、なんで高校生以前は悩まなかったんだろう。

子供の頃はやりたいことだらけだった。
漫画読んで、アニメ見て、友達と遊んで、ゲームして。
実現性とか社会的な価値とか、そんなことは一切関係なかった。ただ面白そうだからやる。それだけだった。
あの頃、やりたいことがわからないなんて悩みは一秒も持ったことがなかった。

つまり、やりたいことがなくなったわけじゃない。
「(成果のある、甲斐のある、有意義な、生産的な)やりたいこと」をしなければならないというプレッシャーが生まれただけだ。
いつの間にか、やりたいことに勝手に条件がついていた。

じゃあ、とりあえずその条件を外してみればいいんじゃないか。
スマホゲームに1日を費やしても。
TikTokをだらだらと見続けても。
ぼーっとしていても。
前に読んだことのある漫画を読み返しても。
なんでもいい。

やりたいことがわからないんじゃなくて、「正しい」やりたいことを探しすぎているだけかもしれない。

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