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②「私なんて」と思っていた私が気づいた|器は作り直せる


プロローグ: いたたまれなかった


大切に扱われると、
いたたまれなかった。

嬉しいはずなのに。

「私なんて、こんなに優しくされていいのかな」

優しくされた後に来るのは、
喜びじゃなくて、罪悪感だった。

優しさの受け取り方がわからないほど、
私の器は歪んでいた。

第1章: 蝕まれている


この感覚はどこから来るんだろう。
私の脆弱なOSは、優しさの物差しを間違えているようだ。

本来、人に優しくされたら、
素直に受け取るものだし、
同じくらい返したいと思うものだ。

でもどこか自分は、
そんな施しを受ける資格がないんじゃないか。

それに値する人間なんだろうか。

そんなようなことを考えてしまう。

やはり遡るのは母の言葉。

もう蝕まれている。

お前はダメだイコール全部

第2章:「私なんて」がついてくる


優しさの受け取り方は、
友だちでも、彼氏でも、
人間関係全部ついてきた。

そこでついてくる言葉は「私なんて」

自己肯定感が低いの丸出し。
自分に自信がないから出る言葉。

だから優しくされると悪いなって思っちゃう。
そして自分も、
どうやって相手に優しくしていいか、
測り方を間違えてしまう。

友情を疑うような、試すような言動。
愛情の測り方がわからなくて彼の自由を奪う。

もしかしたら、
重い友、
重い彼女、
だったかもしれない。

優しさの取り違いは、こういう形で。


第3: 章手放し続けていた


本当だったら、うまくいったかもしれない、
そんな人間関係もあった。

もらったものへの返し方が分からず、
罪悪感を感じてしまう。

相手は、この人に優しくしても、
受け取ってもらえないから
もうあげないっとなってしまう。

人は対等でいることが健全だと思う。
罪悪感を持ってる相手とは、
健全な関係は築けないのだ。

優しさの受け取り方を知っていれば、
本当は大切にされる方法をわかっていれば。

私はずっと手放し続けていた。


エピローグ: 丈夫に、丁寧に


私は、大切にされていい。
自分に言い聞かせた。

優しさを受け取る器を作り直した。
丈夫に、丁寧に。


仲間内の飲み会。
帰り方向が一緒の彼は、
必ず帰り際聞いてくる。
「今日家行っていい?」

最初は「いいよ」と応えてしまう。
迷いを吹き消して。

でも今日も聞かれる、「今日もいい?」
私が欲しい彼。

もう物体は欲しくない私。

一瞬の迷いもなく、
「今日は遅いから、またね。」とあしらう私。

大切にするってこういう事だったんだね。



OSは書き換えられる。


でも、1人ではやらなくていい。


▶ 前の話
「私のOSは母が作った」

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「私なんてと思っていた頃の話」マガジン

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