「絶対にこの子を幸せにする」と誓った日
※はじめに、この記事では妻の妊娠中の様子から、陣痛、出産までの出来事について書いています。できるだけ正直に当時の気持ちを残しているため、出産に関する内容を読むことに不安を感じる方は、どうか無理をせず、ご自身の気持ちを優先してください。
子どもが生まれるまでの時間は、うれしいことばかりではありませんでした。
もちろん、妻のおなかが少しずつ大きくなっていく姿を見ながら、「もうすぐ家族が増えるんだ」と楽しみにしていた気持ちはあります。
ただ、それ以上に強く覚えているのは、妻が苦しそうにしていた姿です。
少し散歩をしただけでも息が上がり、妊娠前なら何でもなかった距離を歩くだけで、ぐったりと疲れてしまいます。
日に日に体力が落ちていくのが、そばで見ていても分かりました。
できることなら代わってあげたい。
けれど、僕にはそれができません。
だからせめて、自分にできることをやろうと思いました。
仕事が終わったあとは、家に帰ってご飯を作り、洗濯や掃除などの家事をする。
特別なことではありません。
ただ、妻が少しでも横になって休めるように、目の前のことを一つずつこなす毎日でした。
正直に言えば、僕自身も仕事を終えたあとは疲れていました。
それでも、つらそうな妻を見ていると、「疲れた」とはなかなか言えませんでした。
僕がしんどいと感じているものとは比べられないくらい、妻は毎日、自分の体の中で起きる変化と戦っていたからです。
予定日を過ぎても、陣痛は来なかった
やがて出産予定日を迎えました。
けれど、予定日を過ぎても、なかなか陣痛は始まりませんでした。
今日かもしれない。
明日かもしれない。
そんなふうに思いながら過ごす日が続きました。
楽しみな気持ちがある一方で、少しずつ不安も大きくなっていきます。
赤ちゃんは大丈夫だろうか。
本当に無事に生まれてきてくれるだろうか。
考えても仕方がないと分かっているのに、気づけば悪い方向に想像してしまいます。
そんなある日、仕事中の僕に、妻から連絡が入りました。
「陣痛かもしれない」
その言葉を見た瞬間、すぐに仕事を切り上げ、家へ向かいました。
職場から自宅までは遠く、帰るまでに30分から40分ほどかかります。
車を走らせながら、何度もスマートフォンを確認したくなりました。
でも運転中なので見ることはできません。
今、痛みは強くなっていないだろうか。
一人で不安になっていないだろうか。
もし急に何かあったら、僕は間に合うのだろうか。
いろいろな思いが頭の中を回っていました。
急いで帰宅したものの、そのときはまだ本陣痛ではありませんでした。
少し安心した気持ちもありましたが、同時に、強い不安が残りました。
もし次に仕事中に陣痛が始まったら、僕はすぐに戻ることができません。
いざというとき、そばにいられない。
その不安がどうしても消えず、妻には早めに産婦人科へ入院してもらうことになりました。
妻からの連絡を待ち続けた数日間
入院してからも、すぐに陣痛が始まったわけではありませんでした。
妻は仕事中の僕に、体調の変化を逐一連絡してくれました。
「少し痛みが強くなった」
「今は落ち着いている」
「また間隔が短くなった気がする」
連絡が来るたびにスマートフォンを開き、何度も同じ文章を読み返しました。
仕事をしなければいけない。
頭では分かっているのに、まったく集中できません。
通知が来ていないか気になって、何度も画面を見る。
連絡が来たら来たで、今度は内容が心配になって、また仕事が手につかなくなる。
そんな落ち着かない日が、何日か続きました。
病院にいるから大丈夫。
何かあれば、先生や助産師さんが対応してくれる。
そう自分に言い聞かせていました。
けれど、妻が一人で痛みや不安に耐えていると思うと、そばにいられないことが申し訳なく感じました。
「痛い。不安。近くにいてほしい」
ある日の夜、23時ごろでした。
妻から連絡が届きました。
「痛い」
「不安」
「近くにいてほしい」
その言葉を見た瞬間、迷うことなく病院へ向かいました。
病院に着いて妻のいる部屋へ入ると、そこには、僕が知っている普段の妻とはまったく違う姿がありました。
いつもは温厚で、感情を大きく表に出すことの少ない妻が、
「うゔゔゔ……!」
と声を漏らしながら、痛みに耐えていました。
その姿を見た瞬間、胸が締めつけられました。
こんなにも痛い思いをしていたのか。
助けてあげたい。
できることなら、その痛みを全部肩代わりしてあげたい。
でも、僕にできることはほとんどありません。
「腰をさすって」
そう言われ、僕はひたすら妻の腰をさすり続けました。
どのくらいの強さがいいのかも分かりません。
ここで合っているのか。
少しは楽になっているのか。
不安になりながらも、妻に言われるまま、手を止めずにさすり続けました。
泣きそうになる気持ちは、ぐっとこらえました。
僕まで不安そうな顔をしたら、妻をもっと不安にさせてしまう気がしたからです。
不思議なことに、僕が到着して腰をさすり始めてから、わずか2、3分ほどで破水しました。
まるで、妻も赤ちゃんも、僕が来るのを待っていたかのようでした。
そこから、本陣痛が始まりました。
8時間の戦い
本陣痛より数日前から、眠れないほどの前駆陣痛が続いていたようで、体力的にもきつそうな妻。
そんな状態から、出産までは約8時間かかりました。
初めてで、終わりの見えない、すごく長く感じた時間でした。
何度も強い陣痛が来るたびに、妻は苦しそうに体を丸め、必死に痛みに耐えていました。
僕は横で声をかけ、腰をさすり、水を渡すことくらいしかできません。
「頑張って」
何度もそう声をかけました。
でも、途中からは、その言葉を言うことすらためらいました。
もう十分すぎるほど頑張っている人に、さらに頑張ってと言っていいのだろうか。
何と声をかければいいのか分からず、ただそばにいて、妻の手を握ることしかできない時間もありました。
出産は、決して順調なことばかりではありませんでした。
赤ちゃんは回旋異常だったらしく、うまく体の向きを変えられない状態だったそうです。
おなかに付けられたモニターから聞こえていた赤ちゃんの心拍音が、何度も途切れました。
それまで聞こえていた音が、急に消える。
そのたびに、心臓を強くつかまれたような感覚になりました。
大丈夫なのか。
このまま無事に生まれてきてくれるのか。
考えたくないのに、嫌な想像ばかりが浮かんできます。
先生や助産師さんの表情を見ながら、何か悪いことが起きているのではないかと、勝手に不安を膨らませていました。
それでも妻は、最後まで耐え続けました。
弱音を吐きながらも、何度も力を振り絞っていました。
あの姿を見て、女性が子どもを産むということが、どれほど大変なことなのかを初めて知った気がします。
もちろん、僕が経験したわけではありません。
だから、本当の痛みは分かりません。
ただ、そばで見ているだけでも、これまで想像していたものとはまったく違いました。
小さな産声が聞こえた瞬間
長い時間のあと、ようやく赤ちゃんが生まれました。
小さな産声が聞こえた瞬間、張りつめていたものが一気にほどけました。
無事だった。
生きている。
ちゃんと泣いている。
それまで何時間も押し寄せていた不安が、その声を聞いた瞬間に涙へ変わりました。
生まれたばかりのわが子は、本当に小さくて、かわいくて、そして何より、一生懸命に生きていました。
妻も無事でした。
赤ちゃんも無事でした。
その当たり前ではない事実が、ただただうれしかったです。
「生まれてきてくれてありがとう」
心の中で何度もそう思いました。
そして、妻にも心から感謝しました。
長いつわりに耐え、体力が落ちていく中でも赤ちゃんを守り、最後はあれほどの痛みを乗り越えて産んでくれた。
僕には到底できないことです。
あの夜、僕は妻の隣にいただけでした。
腰をさすり、手を握り、声をかけただけです。
それでも妻は、僕が病院へ着くのを待っていてくれました。
そして赤ちゃんも、僕が来るのを待っていたかのように、その直後から生まれる準備を始めました。
そう思うと、僕も少しだけ、家族になれたような気がしました。
絶対に、この子を幸せにする
生まれたばかりのわが子を見ながら、僕は心の中で誓いました。
僕たちが、絶対にこの子を幸せにする。
この先、きっと思いどおりにならないこともあると思います。
親として迷うことも、夫婦で意見がぶつかることもあるかもしれません。
きれいごとだけでは、子育てはできないと思います。
それでも、この子が生まれた日の気持ちだけは忘れたくありません。
心拍音が途切れるたびに感じた不安。
無事に産声が聞こえたときの安心。
小さな体を初めて見たときの、言葉では表せない気持ち。
そして、命が無事に生まれてくることは、決して当たり前ではないということ。
これから大変な日が来たときも、あの日のことを思い出したいと思います。
妻とわが子が命をかけて頑張った、あの8時間を。
無事に生まれてきてくれて、本当にありがとう。
僕たちのもとに来てくれて、ありがとう。
これから家族3人で、少しずつ歩いていこう。
そしていつか、この子が大きくなったときに伝えたいと思います。
あなたが生まれた日、僕たちは泣きそうなくらい不安で、泣いてしまうくらいうれしかった。
あなたの産声を聞いた瞬間から、僕たちにとって、かけがえのない毎日が始まったのだと。
