比べていたのは、他人ではなかった
こんにちは、みゆです🌿
会社員でフルリモート、フルタイム勤務をしつつ、二人の子育てをしています。考えすぎてしまう日々の中で、少しずつ整えてきたことを書いています。

「何がそんなに苦しいのだろう」
毎日を必死に過ごしている。
大きな不幸があるわけでもない。
それなのに、心のどこかが満たされない。
その理由はなにか。
たどり着いた答えは、思っていたものとは少し違うものでした。
幸せなはずなのに苦しかった
子どもが生まれ、仕事に復帰し、忙しい日々をこなす。
その忙しさから来る苦しさとは別の、
薄っすらとした心の苦しさを抱えていました。
日々をこなす大変さはある。
だけど、大きな問題があるわけではない。
仕事がある。
住む家がある。
家族もいる。
それなのに、心は満たされない。
子どもを保育園に迎えに行くと、周りのお母さんたちは穏やかに見えました。
子どもたちと笑いながら話し、忙しそうなのに余裕があるように見える。
友人と会えば、
「この前、家族で旅行に行ってね」
「子どもがこれが好きで、一緒に楽しんでいるよ」
そんな楽しそうな話を聞きます。
結婚する前に入っていた、社会人サークル。
そこは年代、職業が異なる人たちの集まりでした。
その中で繋がった関係は、とてもかけがえのないものでした。
私は結婚、出産と共に、その日々を手放しました。
そのサークルにいた同世代の何人かは、活動を続けている。
そのどれも、私は持っていない。
🌿 🌿 🌿
「どうして私は、こんなに余裕がないのだろう」
いつも、思っていました。
早起きをしているのに、なぜか時間がない。
仕事と家のことをこなしていたら、ヘトヘトになる。
自分のための時間はほぼなく、一日が終わる。
「自分のやり方が悪いか」
「何がいけないのか」
振り返る時間もなく、日々は過ぎていく。
自分以外のために時間と労力を使い続ける毎日。
「この苦しさは、いつ終わるのだろう」
毎日、そう考えていました。
子どもが大きくなれば楽になるのだろうか。
仕事を減らせば自由になるのだろうか。
けれど、
その先の自分を想像しても、心は晴れることはなかった。
私は何を求めているのだろう。
何を楽しみに生きていけばいいのだろう。
その答えが分からなかったのです。
「いつか」の人生を追いかけて
以前、休職していた時、
自分を整えるため、いろいろなことをしました。
読書をする。
散歩をする。
ゴミ拾いをする。
どれも突然、人生を変えるようなものではありません。
それでも少しずつ、心は落ち着いていきました。
そのうち自分に問うようになりました。
「私は何をそんなに求めているのだろう」と。
少しずつわかってきたこと。
それは、自分が作り出した
「理想の人生」
に縛られていたことでした。
毎日子どもと笑って過ごしたい。
自分の時間を持ち、好きなことを楽しみたい。
あちこち旅行に行きた。
友人とも気軽に会いたい。
ずっと「いつかはこうなりたい」、と思っていました。
でも、
もし今、その「いつか」が来たら、本当に満たされるのだろうか、と。
そう自分に問いかけた時、答えは「はい」ではありませんでした。
もっと時間があれば。
もっと余裕があれば。
もっと自由になれたら。
そうやって、いつも「理想の未来」を見ていた。
だから苦しかった。
比べていたのは他人ではありませんでした。
いつか訪れるはずだと信じていた理想の自分と、今の自分だったのです。
今ある幸せを見失っていた
「今、本当に不幸なのだろうか」
もちろん悩みがないわけではない。
子どもの将来。
親の介護。
自分の残りの人生。
不安が消えるわけではない。
でも、それは不幸なのか。
そう考えた時、私は「今ある幸せ」が見えていなかったことに気づきました。
「足りないもの」を探すことに慣れすぎていました。
もっと時間が欲しい。
もっと自由になりたい。
もっと余裕が欲しい。
もっと認められたい。
気づけば私は、いつも未来を見ていました。
今より少し良い場所。
今より少し楽な状態。
今より少し理想に近い自分。
そこへ行くことばかり考えていました。
だから、「今ここにあるもの」が見えなくなっていたのです。
本当はたくさん持っていたのに、それが見えていなかったのです。
幸せは未来ではなく、目の前にあった
気づいたからと言って、現実が大きく変わったわけではありません。
うまく行かない日。
疲れて気力がない日。
イライラして抑えられない日。
生きていれば、何か心に引っかかることがあります。
それでも、前より苦しくなくなりました。
理想を持たなくなったわけではありません。
ただ、理想になれない自分を責めることをやめました。
すると、
心が軽くなりました。
子どもと笑い合う時間。
何気ない会話。
朝日を見て「きれいだな」と思う瞬間。
季節の移ろい。
以前は見過ごしていたものが、どれも愛おしく大切に思えてきたのです。
私が探していたものは、遠くではなく、ずっと目の前にありました。
「足りない」より「ある」を見てみる
理由は分からないけれど苦しい。
なんとなく満たされない。
そんな気持ちを抱えたら、
一度、自分に問いかけてみます。
「私は何を求めているのだろう」
そして、
「それが全部手に入ったら、本当に満たされるのだろうか」と。
「ないもの」を探すのが、私たちはとても上手。
だからこそ、今日は「あるもの」を探してみる。
誰かと笑えたこと。
空がきれいだったこと。
今日も生きていたこと。
小さなことでも十分。
一度きりの人生。
先のことを考えて悩でいるほど、時間の余裕はない。
今しかないこの瞬間を味わいながら生きる。
私は最近、そんな毎日を大切にしたいと思っています。

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