ハッピーライティングマラソン#52 | 最近、思わず笑ってしまった出来事は?
こんにちは、みゆです🌿
会社員でフルリモート、フルタイム勤務をしつつ、二人の子育てをしています。
考えすぎてしまう日々の中で、少しずつ整えてきたことを書いています。

日常では、子どもや高齢の家族と関わりがあります。
時々、思いもよらない言葉が飛び出してきて、思わず笑ってしまうことがあります。
「さっきも聞いたよ?」と思いながら、また同じ会話を繰り返していたり。
真剣な顔で、少しズレたことを言っていたり。
以前の私は、そんなやり取りに余裕を持てないこともありました。
「また同じこと?」と思っていた頃
祖父との会話する時に必ず出てくること。
「今日は何曜日だ?」
私は、
「今日は○曜日だよ」
と答えます。
「そうか。」と祖父が納得した顔する。
そして、
「今日は仕事の日だな。」
「今日は休みなのか?」
と続きます。
話題は他に移り、しばらくすると…
「今日は何曜日だ?」
また、聞かれます。
さらにそのあと、
「今日は休みなのか?」
と。
このやり取りを、1度の会話で2回はあります。
明らかな認知症というわけではありません。
母もにも言えることですが、高齢になるとこういう場面は少しずつ増えていくようです。
実は、うちの上の子も少し似ています。
気になることがあると、何度も同じことを聞いてきます。
子どもと高齢者との会話では、これが普通。
この生活に、だいぶ慣れました。
昔の私は、こういう“繰り返し”が好きではありませんでした。
「さっきも言ったよね?」
「また同じこと?」
そう思ってしまっていたのです。
同じやり取りを繰り返すことが、“無駄な時間”のように感じていました。
効率よく進めたい。
時間を奪わないでほしい。
そんな気持ちを強く持っていました。
“また同じこと”なのに、笑っていた
でも、最近は違います。
祖父に、また同じことを聞かれる。
今は、「あ、また聞いてる」
そう思いながら、心のなかで、ふっと笑ってしまいます。
毎日のことなのに。
「今日は何曜日だ?」
「今日は仕事の日か?」
いつもの同じ会話の繰り返し。
だけど、そのやり取りが、なんだか少し愛おしく感じる。
“会話の内容”よりも、“会話できる時間”を大切に思える。
“話せていることそのものが、ありがたい”
そう、感じるようになったのです。
同じ会話を、何度でもする
最近は、祖父に同じことを聞かれても、
「今日は○曜日だよ」
「今日は休みなんだ」
と、その日に初めて話すように答えます。
すると祖父は、
「そうか、○曜日か」
と納得した顔をする。
そしてまた少しすると、
「今日は何曜日だ?」
私はそのたび、「また聞いてるなぁ」と思いながら、笑ってしまいます。
人と過ごす時間は、効率では測れない。
ひとつひとつのやり取りを、大切にしたい。
最近、よくそう感じます。
笑える時間を、大切にしたい
この記事、書こうか迷いました。
実は先日、祖父は急遽、入院しました。
状態があまり良くありません。
何度か心臓が止まって、なんとか留まっている状態です。
昨日も、「危ないかもしれない」と言われ、朝から病院にずっといました。
なんとか持ち直してくれて、また会話ができています。
いつもどっしり構え、私を愛してくれていた祖父。
かけがえのない存在である祖父。
あと何度、祖父との会話ができるのだろう。
そう考えると、今のこの時間を大切にしたいと心底思います。
「今日は何曜日だ?」
そう何度も聞かれる。
今のわたしは、「また聞いてるなぁ」と笑える。
それは、一緒に過ごせる時間の尊さを、以前より、感じられるようになったからなのだと思います。
会話ができること。
顔を見られること。
「またね」と言えること。
それは、決して当たり前ではない。
今日もきっと祖父との会話で、
心配をしつつも思わず笑ってしまうでしょう。
こういった時間を過ごせていることこそ、幸せなのだと思います。
今日も、家族と過ごせる時間に感謝します。
そして、“精一杯の限り”大切に過ごそうと思います。
「ハッピーライティングマラソン」に、3度目の企画参加です😊
他の方の記事も是非読みたいのですが、今は余裕がなくて読めてないなくて😢
もう少し家の方が落ち着いたら、読ませていただこうと思います。
祖父を話せるうちに、どうしても書いておきたかった。
なので、急遽、書くことにしました。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました☺️

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