気づかないうちに、自分を追い込んでいた ― その頑張りに、気づかずに縛られていませんか? ―
こんにちは、みゆです🌿
会社員でフルリモート、フルタイム勤務をしつつ、二人の子育てをしています。考えすぎてしまう日々の中で、少しずつ整えてきたことを書いています。

以前、私は気づかないうちに自分を追い込んでいました。
決めたことを「すべてやる」ことでしか、自分の価値を感じられていませんでした。
そうではない自分だと、不安でした。
認められたい気持ちを隠すため、自分を動かし続けていました。
それを「頑張り」だと信じてました。
でも実際は、自分を縛り続けていただけだったのだと思います。
今日は、頑張りすぎていることに気づいた経験について書きます。
それが「普通」だと思っていた日々
気がつけば一日が終わっている。
そういう毎日を送っていた時、周りからは「一人で抱えすぎじゃない?」と言われることがよくありました。
子どもの急な発熱によるお迎えが予想もせずに起きる。
そんなことが日常の中でよくあります。
子どもが小さい時は、尚更です。
仕事の調整をし、子どもを迎えに行く。
打ち合わせがある日は、「何事もありませんように」と願ったこともあります。
毎回、人に迷惑がかかることを思うと、気持ちが落ち着かず焦っていました。
そんな日は一日中、気持ちが冴えない状態になりました。
子どもの突発的な対応のほとんどを、一人でこなす。
それでも私は、この生活を「普通」だと思っていました。
それどころか、「これくらいはやらなければいけない」と思いこんでいました。
すでに出ていたサイン
頭の中には、ずっと流れていた言葉。
「〜しなければ」
休むことなく、すべてを完璧にこなそうとしていました。
体には強い疲労感がある
食欲もコントロールできない
感情も不安定で、無気力、不安、イライラ…と落ち着かない
それでも、「まだできる」と思い込んでいました。
本当はもう余裕なんてなかったのに、気づかないふりをして。
少し横になれば楽になると分かっていても、「これを終わらせてから」と自分を動かす。
やることが一つ終われば、また次の「やるべきこと」が浮かんでくる。
休む理由よりも、動き続ける理由ばかりを探す。
この状態を抱えたまま、ずっとその生活を続けていました。
「つらい、だから変えないと」
そう思いながら、変えることはできませんでした。
詰め込みすぎることも、「〜しなければ」と思うことも、それが「当たり前」。
そんな気持ちから、やめることができないと思いこんでいました。
体が教えてくれた限界
誰かに「おかしいよ」と言われても、全く疑いもしませんでした。
なにか他人事のような、感覚でさえありました。
「やらないことで誰か変わってくれるわけではない。」
やることがあるのだから、やるのが「当たり前」。
「誰もやらないのだから、自分がやる。」
このような自分の考えが「正しい」と信じていました。
本当は、その考えに自分自身が縛られていたことに、気づかずに。
その生活を続けた結果、私は限界を迎えました。
ついに、疲労はピークに達したのです。
それまでにないくらいの低体重になり病院へ。
仕事を休職するよう、ドクターストップがかかりました。
体が動かなくなっていく。
思うように動けない日が続く。
だけど助けを求められない。
「ここで頼ったら終わりだ」と、どこかで思っていました。
でも、「このまま続けたら、もう戻れなくなる」
そのとき、ようやく「もしかして、おかしいのかもしれない」と気づき始めたのです。
諦める、という選択
そこから私がやったこと。
それは、「諦める」でした。
全部やるのをやめる。
完璧にこなすのをやめる。
「ちゃんとやる自分」でいようとするのをやめる。
ここまできたら無理して続けても、やめてもどちらも同じ。
なら、やめたらいい。
「今日は早起きして、掃除をしなかった」
「今日は昼間、何もしなかった」
「今日は夜ご飯をつくれてなかった」
そんな「何かしないことがある日」が続きました。
すると、その中で少しずつ気づいていきました。
できないものは、できない。
だから、無理してやる必要などない。
力を抜いたとき、変わりはじめた
諦めていくと、少しずつ楽になっていきました。
今までずっと背負っていたものを、一つずつ下ろしていく。
「全部やらなくてもいい」
そう思えたとき、身体も心も軽くなりました。
ぼーっとする時間
散歩する時間
こういったことも、最初は“やること”として取り入れていました。
でも途中から、その心地よさを求めて、自然にやっていました。
「何もしない時間があってもいい。」
「何も生み出していない時間があってもいい。」
やっと「ただいるだけでいい」、そう思えるようになりました。
自分を追い込まないために
誰かに言われたこと。
社会の中でなんとなく刷り込まれたもの。
それを、そのまま「正しい」と信じていただけかもしれません。
でも、それを選び続けていたのは「自分自身」です。
抑え込んだものは、いつか必ず反動として返ってきます。
だからこそ必要なのは、無理に頑張ることではない。
一度立ち止まって見直すことです。
自分に目を向け、問いかけてみる。
・今のそれは、本当にやる必要がある?
・「やらなければ」と思っている理由は何だろう?
・今、このタイミングで休むことは本当にできない?
たった5分でも、何もしない時間をとってみる。
それだけでも、少しずつ変わっていきます。
知らず知らずに自分を追い込んでしまうことは、誰にでもあります。
もし今、少しでも「当てはまるかも」と感じたなら、それはサインです。
ほんの少しだけでもいい。
どうか、自分をゆるめる時間をつくってはどうでしょう。
※読んでくださった方へ
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この文章の背景には、「生きることそのものが苦しかった時期」の経験があります。
その経験を通して得た学びをまとめたのが、
最新作:『不足感から自由になる7つのステップ ― やさしい習慣づくり ― 』
また、過去には、食べることそのものが負担になり、減らすことでしか自分を保てなかった時期がありました。
その原点を綴った
『減らして生きる ― 食べることが苦しかった私の記録 ―』
そしてそれに続く、
『少食に慣れるという選択: ― 慣れていくことで、なりたい自分に近づく―』
いずれも答えを示すための本ではありません。ただ、同じように苦しさの中にいる方が、
「ひとりじゃない」
と感じられる一冊であればと思っています。
良かったら読んでいただけたら嬉しいです🕊️

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