この世は無意味で無価値───2025年11月8日
あたしの長い長い人生においては、
ほんとうにほんの最近のこと。
物心ついた時からずっとずっと苛まれてきた自殺願望が、急にどっかに消えてくれたので、あぁ!あたしもずいぶん成長したものだ、自殺なんかしなくてもきっと人生を全うできる、なんて考えていたのだけれど。
今夜は旦那様がいないのですよ???
東京でのお仕事にお呼ばれして、
ひとりで出かけて行っちゃった。
あしたの今ごろには帰ってきているはずだから、ひとりきりで過ごす夜は今夜だけ、なのだけれど。
たったの一晩、いなくなるだけで、
はっきり思い知らされる。
自殺願望が消えてなくなった、のではなく、
あたしの邪念を旦那様が吸い込んでくれるから、見かけの平和が保たれていただけなんだってことを。
♡♡
生きていることが苦痛です、
何もかもが無意味に感じます。
生命とは生老病死に苦しむためのもので、
生命とはつまり地球の悪意。
実在するのは“意識”だけ、
という立場に立つのならば、
生命、などという地球の戯れは不浄のもので
事実それは苦しみしかもたらさない。
♡♡
【哺乳動物の身体と星の知性】
という呼び名で呼んでいるけど、
事実上あたしはふたりいて、
知性=意識体としてのあたしと、
身体=生命体としてのあたし(→→→それを自分自身だとは到底思えないので、こちらは“この子”と呼んでいます。)
意識体としてのあたしは、
物質的な身体を付与され生命体になったことを嫌悪しており、倦んでいる。はっきり言って、こんなものは必要なかった。
実在するのは意識だけ、
ありとあらゆるすべては意識の戯れに過ぎないのなら、生命、というファクターは不要であり、害悪でしかない。
なぜなら、
生命には生老病死(の苦)があるだけだからだ。
つまりね、
『生命とは何のためにあるのか??』
といえば、
意識、という立場からは、
『それが存在することによって』
『生老病死の苦が付与される』
という回答になる。
意識、はただ存在しているだけだが、
生命、には死があり、そもそも生きることそれじたいもかなりの苦痛なのだから、
『ただの意識体』ではなく
『そこに生命が付与された』ことで、
新たに獲得できた性質は何か?
といえば、
それは『生老病死の苦』。
つまり、ありとあらゆる種類の苦しみ。
♡♡
【哺乳動物の身体と星の知性】
という呼び名を考えついたときには、
あたし自身の特殊な“二分割”について
説明するための概念だったのに。
よくよく考えてみれば、
この原稿を読んでいるあなただって、
本来的には魂であり意識であるから、
『その状態のままでいれば』
そこにはいかなる苦しみも存在しない。
なのに、
この世に生まれることで、
『生命』という性質を纏うことになるから、
生老病死の苦に直面させられることになる。
生老病死だけじゃない、
愛別離苦=愛する人と別れる苦しみ
怨憎会苦=気に入らないヤツから離れられない苦しみ→現代人にはこれはかなり凶悪でしょう?嫌いな上司とかね!!!
求不得苦=お金がほしくても手に入らない→もちろんお金じゃなくても恋人でも仕事でも
五蘊盛苦=隣人の声や物音がうるさいとか→五感ぜんぶが苦痛の種になりうる
これぜんぶ合わせて、
四苦八苦、と呼んでいて、
四苦、は生老病死の苦のこと、
八苦、はそこに上記4点を追加したもの。
後代の創作である可能性も、
否定はできないものの。
伝承どおりならば、
いま述べた生老病死やら愛別離苦やらは、
お釈迦様の時代、つまり約2500年前にはすでによく知られていた事実なのであり。
まともな観察力があれば、
この世には苦しみしか存在しない、
という“答え”に、
誰でも到達することでしょう─────。
♡♡
『意識』としてのあたしは、
こんなふうに、
『生命』に対してとても否定的です。
『生命を持つ』ことは、
できることなら回避したほうがいいと、
あたし(=意識)は本気で思います。
『生命を持つ』という言い回しは、
ここでは、
意識体が、意識体のままでいることに飽き足らず、なぜか血迷って地球上の人間になってしまったことについて言っていますが、
ふつうの、一般的な文脈なら、
『生命を持つ』とは
『生命を授かる』
すなわち身籠ることでしょうね。
でね?
それについて考えるとき、
考えてもそもそもムダ、というのか。
生命のことは生命自身が勝手にやるので、
意識があれこれ指図することは、
そもそも不可能なのですね。
───ここでは、意識と生命の二種類しか存在しないものとして議論するとすると───
意識(──の下位存在としての理性や思考)
の思惑とは関係なしに、
生命は勝手に生きたがり、
生命は勝手に増殖したがる。
だからね、
あたし自身のこの組み合わせ、
【哺乳動物の身体と星の知性】
────でいうなら、
『生命』イコール哺乳動物の身体は、
『意識』イコール星の知性を、
どんな方法なのか知らないけれど、
とにかく一方的に捕獲してしまって。
それであたし(=意識体/星の知性)は、
いまこの世にいる。
地球上の人間の不可解なところは、
どんな動物とも異なり、
『生命体』だけでは存在できず、
『意識体(=魂)』をかならず上にくっつけていることで。
とはいえ、
『生命』よりも『意識』のほうが上位の存在だから、
『生命によって捕獲されている』のがイヤなら、力づくで振りほどくこともできる。
(※自殺とか)
でもさ?
『意識は生命よりも上位であるゆえに』
生命に“まとわりつかれた”ままでも、
とくに困ることは無いのですよね。
なので、
あたし=星の知性にまとわりついてきた
この子=哺乳動物を、
“べつにそのままでも困らないので”
そのままにしておくこともできる。
そんなわけで、
死にたい、死にたいと言いながらも、
あたしは、いまだにこの世にいるのです。
意識体と生命体を
正確に分離して認識できるのなら、
あたしは意識体であり、
したがってあたし(=魂)に死は存在せず、
生老病死とも関係ない。
そのことを明確に自覚できていれば、
とくに苦しむことも無いはずなのだが??
(※まだまだそこまで出来ていない)
ところで──────。
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