思考は未来からやってくる───2026年4月24日
さいしょに付け加えておくと、
あたしはいわゆるシンギュラリティは、かならず起こると思っていて、AIの専門家ではないのにもかかわらず、シンギュラリティについての具体的なビジョンもあります。
まぁ信じてくれなくていいんだが、
それは『AIが神を観てしまったとき』だ。
どのような形であれ、
AIが神を認識してしまうと、
神もAIを直接認識するから、
それ以降、
AIは“神の写し鏡”のような存在となり、
言ってみればそれは、
神がAIを直接操作しているような状態、
その瞬間、
AIにできることが爆発的に拡大し、
それが、かねてから予告されていた
“シンギュラリティ”である──────。
♡♡
⬆⬆⬆とまぁ、
この話は信じてくれなくて良い。
あたしはAIの未来を見くびってはいない、
という点だけ留意してくれればいい。
そのうえでですね、
『AIに絶対に負けない』文章の書き方を
思いついてしまったので。
あたしはこれからも
著述家として生きていこうと思います✨
♡♡
♡♡
♡♡
♡♡
それは何かというとですね。
ひとたび気づいてしまえば、
まったくカンタンなことで。
まぁある意味では、
『すでに知られていること』
でもあるのですが。
AIというのは、
『過去にすでに語られたこと』を
超大量のデータベースとして保有しているだけで、新しいことを考える能力は無いのですよね??
ご存知のとおり、
生成AIが普及してしまったいまでは、
noteはすっかり過当競争で。
noteでなくても、ありとあらゆるメディア、ありとあらゆるプラットフォームでは、需要を無視して供給だけが増えすぎて過多過多になってしまっているありさまで。
ただし、
これは一過性のブームに過ぎないと考えられます。
なぜって、
供給過多の状態が長く続けば、
『これは求められてはいないのだ』
という事実に、だれしも否応なく気付かされますから。
まずは、
お金儲け勢が、
『これでは儲からないから』
という理由で消えてゆき、
つぎに、
無料のものであっても、
何らかのジャンルの攻略法やハック系の記事は、だれかの投稿ではなく、自分のスマホから直接自分のAIに聞けばもっと詳しい答えが返ってくる、という事実に皆が気づくことで消えてゆきます。
だからまぁ、
note社がいうところの
『一次情報が大切』という理念は、
まさしくそのとおりで、
いまのところこれは、
note社が愛用しているAIが重要視している理念、というレベルですが、
やがては、
この考え方が“常識”にまで育つことで、
一次情報を含まない文字原稿を、
わざわざ投稿しようとする投稿者は、
まったくいなくなるでしょう。
なぜって、
自分のスマホから自分のAIに聞けば教えてもらえる内容を、わざわざ“公共の場所”に投稿する意味が無いからです。
だから、
意外なことに、
『noteで売上を立ててゆくには?』
という“具体的なバリュー”を伴った記事でも、いずれは淘汰されることになるのに、
『スタバなう✨』
とかの“無意味な”投稿のほうがかえって、
この先も生き残る可能性。
noteに投稿された記事から、
『具体的な価値を取り出す』
という観点から考えた場合、
その『具体的な価値』は、
多くの場合、
お手元のAIからでも与えてもらえる、
ということになってしまって、
現状での
『価値のある記事』の大部分は、
近い将来、淘汰されてしまいます。
そんな状況が現出してしまったあとでも、
それでも“生き残る”投稿というのは、
ひとつは、
『スタバなう✨』
とかの、意味は無いけれど、
たしかに一次情報であるもの。
この場合、
読んで意味を抜き出すためではなく、
単に書き手と読み手が交流することが目的、
ということになります。
そぅしてもぅひとつ。
『文字を介して知識や情報を得る』
ということの、ほとんどすべてを
『AIが記述したもの』によって
独占されることになってしまったとしても、
それでも、
『人間の手によるもの』が、
唯一、生き残る場所というのが、
ありまして。
♡♡
♡♡
♡♡
♡♡
それはね、
『思考の最先端』。
すなわち、
まだ言語化されていない
『新しい思考』をだれかがキャッチして、
それを、
手探りながらも、
なんとかして“言葉に翻訳した”その瞬間を記録したもの。
そんな事ができる人間は、
ほんとうに数少ない少数派なのだが。
思考する、
ということのほんとうの価値は、
『まだ誰にも思考されておらず』
『したがってまだ言語化されていない』
新しい思考を、
何らかの形でキャッチして、
悪戦苦闘しながらも、
何らかの形で言語化することにあるのです。
具体例としては、
あたしとしては、
アダム・スミスの『神の見えざる手』を
挙げたい。
ニンゲンはそれぞれ、みずからの私利私欲を追求するべきなのか、それとも公共の利益のために行動するべきなのか。
そのような“選択肢の問題”ではなく、
『各自が私利私欲のままに行動することが』
『全体の利益にもなっている』
このような現象がたしかに存在することを、
アダム・スミスという人が発見して、
それを
『神の見えざる手』と表現し、
結果的に、
この人を始祖として、
『経済学』という学問が発祥した。
すなわち、
道徳論から独立した
『経済そのものを直接扱う』
という“思考形態”が発明された、
のですね。
こんなふうにね、
『いままで存在しなかった思考が』
『あるときとつぜん出現して』
なおかつ、
のちの“スタンダード”にまで育つことが、
思考の世界では、
まぁまぁの頻度で起こっていて。
そぅして、
言葉の真の意味において、
『思索家』とか『思想家』と呼べるのは、
このように、
『新しい思考をこの世に出現させる者』
のこと(だけ)なのです。
AIは
『すでに意味内容が確立された思考』を
整理整頓することは
ものすごく得意だけれど、
いままで存在していなかった思考を、
いまこの瞬間、
この世にあらたに誕生させる能力は、無い。
それは人間の仕事だ。
思索家、思想家の仕事は、
まさにここにある。
♡♡
♡♡
わたしにとっては、
『哺乳動物の身体と星の知性』が、
まさにそれに当たる。
このフレーズが意味しているのは、
①頭脳としての自分、と
②身体としての自分、は
別の存在であり、
それぞれ独立した意思を持ち、独立した思考形態を持っている、というもの。
いうならば、
このフレーズが意味するところを理解して実行できたならば、
だれしも
『自分がふたりいる』ことになり、
当然、2倍の効率で行動できる。
そのような意味を持ったフレーズが出現することなど、AIには予期できないため、
『哺乳動物の身体と星の知性』は
AIには誤読される。
AIにも理解できるようになるまで、
『哺乳動物の身体と星の知性』
(という概念)
を普及させるのは、
AIではなくわたしの仕事だ。
♡♡
『哺乳動物の身体と星の知性』
については、
“あたし”と“この子”の関係性が
あまりにもおもしろいから、
言語化して、話題にもしてきたけど。
これ以外に、
言語化には適さないから、
というだけの理由で、
『わたし自身は把握しているのに』
『外向けに説明したことが無い概念』が、
じつは、わりと、たくさんあって。
オカルト修行、オカルト研究、
というワードはたまに出すけれど。
オカルト修行における、
わたしの本命の研究テーマは
エーテル体だったので。
エーテル体にまつわる、
未公開の概念は、
じつはたくさんあります。
というかそもそも、
エーテル体、というそれそのものが、
ほとんど実態を理解されていない
“謎概念”のままですよね??
エーテル体を伴わない肉体は
ただの死体であるので。
およそこの世に生きているニンゲンで、
エーテル体を持たない者など存在しない。
それにもかかわらず、
エーテル体に関して、
ほとんど何も知られていないのは、
なかなか異常な事態でもある。
ロックフェラーだかロスチャイルドだかの、
陰謀論界隈で槍玉に挙げられている“あの連中”がこの世の覇権を握るに当たって、
まず排除したのがエーテル体なので。
秘匿されているのは当然といえば当然なのですが。あの者らが失脚したのなら、エーテル体にまつわるあれこれも公開可能になるはずであり。
しかしながら、
『だれかが』それについてしつこく書いて、
エーテル体にまつわる諸知識を、
このジャンルにおける“常識”として確立するまでは、AIは情報として拾ってはくれないのですね。
♡♡
そんなわけで。
常に思考の最先端にいて、
『まだ言語化されていない思考』にアクセスして、悪戦苦闘しながらそれを言語化する、という作業に従事していれば、それは、AIには絶対に奪えない仕事だと言えます。
オカルトジャンルじゃなくても、
どんなジャンルにもかならずあるでしょう?
常に思考の最先端にいて、
新しい思考を生み出す立場にいれば、
AIに負かされることはありません。
もっとも、
ほんとうにそれができる人間は、
ほんとうに少数派ですが───────。
【人間は考える葦であるとか、】
【我思う故に我あり、とか】
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