「繊細さん」という言葉に、わたしはずっと背を向けてきた
「わたし、HSPなんです」
その一言が、どうしても言えない。
まるで自分の生きづらさをブランド品のように持ち歩き、周囲に「配慮してくださいよ~。わたし、生きづらいんで」と強いているようで、ものすごく抵抗があるから。
「普通の人」のふりをして、無理な社交をこなし、平気な顔でノイズに耐える。
それが大人としての、そして、社会人としての「正解」だと信じて疑わなかった。
けれど、周囲には隠し通せても、自分からは目をそらすわけにはいかなくなってきた。
「非HSS型HSP」という、内向的で刺激に敏感な自己診断の結果……。
わたしを突き動かしていたのは、この3つの切実な反応だった。
「感情の飽和」による強制終了
誰かの機嫌や場の空気を4K画質で拾い続け、一日の終わりには思考が泥のように重くなる。これは「疲れ」ではなく、システムの限界をあらわす。
「静寂」という名の生存戦略
賑やかな場所や華やかな交流を避けるのは、内向的な自分を恥じているからではない。そうしないと、自分を保てないからだ。
「変化」への過剰な警戒心
環境が変わる時期特有のざわめきが、肌を刺すように痛い。ワクワクする周囲との温度差に、ただ立ち尽くす。
「繊細さん」と言いたくなかった本当の理由は、自分が「傷つきやすく落ち込みやすく扱いにくい人間」だと認めるのが怖かったから。
弱さを免罪符に、HSPという言葉でコーティングして、戦うことから逃げていると思われたくなかった。
でも、その拒絶こそが、わたしを追い詰めていた。
自分を騙して「普通」のフリをするほど、存在は薄っぺらくなり、誰の目にも留まらなくなっていく。
新年度。
この「強めの繊細」をもっと自覚し、対峙する機会が増えるだろう。
それでも、わたしはこれからも「非HSS型HSPです」と積極的に声をあげることはしない。
ただ、自分の内側にあるこの過敏さを、静かに、執拗に、言葉に変換し続けるだけ。
旗を振って仲間を集めるのではなく、たった一人で暗闇を歩く誰かの足元を、小さな灯火で照らすような……。
そんな「静かな抵抗」を、新年度の始まりに誓いたい。
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