【エッセイ】いつまでも着られる浴衣
若い頃、ほんの数年間だけ小さな会社に勤めていた。
朝、お掃除にきてくれるおばあさんと仲良しだった。
怠け者で世間知らずの私と違って、キビキビ働く、小柄で親切で働き者のおばあさん。三角巾をかぶってフロアや階段を掃除し、ゴミをまとめて片付けてくれていた。誰かがボタンがとれて困ったりしたら、さっと縫い付けてもくれた。
そのおばあさんは着物で自転車を颯爽と漕ぐ人だった。その姿を知っているということは多分、私の勤務先のお掃除を終え、着物姿になり自転車で帰っていったのだろう。もう遠すぎる日々で記憶がはっきりしない。
結婚するから会社を辞めることになった、と告げると、良い人を紹介しようと思っていたのにと残念がってくれた。その良い人とはお医者さんらしかった。早く紹介してくれたら良かったのに、と今でもかすかに残念に思っている(笑)
そして私に浴衣地を贈ってくれた。
年を取ってからでも着られる柄にした、とグレーに花柄の素敵な浴衣地だった。私はお礼を言って頂戴し、後日浴衣に仕立てた。
四十代を過ぎた頃から、その柄の浴衣はほんとうにずっと着られると実感し、贈られた時の言葉を何度も思い出す。
あの頃、あのおばあさんは何歳だっただろう?聞いたかもしれないがもう覚えていない。あれから三十年以上経ったからきっともう亡くなっているだろう…。
会社を辞めた後、手紙を出し、お返事を頂いたことは覚えている。
でも徐々に親しかった同期や同僚との連絡も途絶え、そのおばあさんとの連絡も絶えてしまった。
手のかかる息子たちを育て終え、花火大会には浴衣を着る余裕もできた。着るならあの浴衣だ。そして私の人生の先まで考えて色柄を選んでくれたあのおばあさんとの連絡を途絶えさせてしまった自分を責めて悔やむ。
「私もう五十代になったんですよ!
あの浴衣、今の私にぴったりです。
素敵な柄を選んでくださって、本当にありがとうございました!
この先もずっと着ます。ずっと」
そんなふうに浴衣を着て見せて、笑顔で再会できたならどんなに嬉しいだろうと、厚い眼鏡をした小柄なおばあさんを思い出す。
きっと「良く似合うね」と言ってくれるだろう。
そんな想像の中のおばあさんも、着物姿だ。
かぜの帽子さんの「言葉の庭」の今月のテーマ、
「会いたいけど、もう会えないあの人」でエッセイを書きました。
