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紙の魚

うねうねと銀の背中を光らせながら、紙の魚が目の前を横切っていった。

引っ越しをした。
子どもにとって引っ越しは良くないらしい。
とはいえ、家を買ったら転勤を言い渡されるのが日本の社会だ。あちらを立てればこちらが立たない。持ち家に縛られたくない私は賃貸を選択している、にも関わらずまたもや夫の転勤に付き合った。

新しい家でもやはり紙魚は出現した。本と一緒にやって来てしまったようだ。

本の多い暮らしを送ってきた。
昭和生まれの私にとって自分の部屋にテレビがないことはスタンダードだったし、スマホもない子ども時代の無聊を慰めるのは本か漫画かしかなかった。一緒に公園で遊ぶ友人は不足しがちだった。

紙の魚と書いて、シミ。
シミ、と言えば服のシミのことだったので、この銀色の虫をシミだと教えてもらってもなかなか理解が追いつかなかった。

そして紙魚でシミと読むのはおかしいではないかと思った。本に挟まっている魚のような虫だから紙魚と書くのは分かる。なぜシミと発音するのだろうか。紛らわしいではないか。

噛むことも刺すこともなく、本の糊を食す害虫。うすくグレーがかった銀色に光る背中を見つけたら、潰すようにしている。

蜘蛛はなるべく逃すようにしている。ゴキブリとムカデと紙魚は退治する。黒カビも退治したい部類に入る。

共存できるものと、できないもの。その線引きはどのあたりにあるのだろう。

私からすれば、蜂よりゴキブリの方がマシだ。これは危険性の差異。というより、実は私はそこまでゴキブリを目の敵にしていない。蜂に2回以上刺されたら死ぬかもしれないと幼少期に母に脅されてから、私は蜂が怖くて仕方ないのだ。

紙魚はごめんねぇ、と思いながら潰す。さすがに素手は抵抗があるので、ティッシュや紙を使う。しっかり圧力をかけないと死なないし、すばしっこいので時々仕留め損ねてしまう。

本を減らしたいと思っている。
部屋を軽くしたい。身軽になりたい。いつでも思い立ったら引っ越せるくらいの自分でいたい。

本は私のアイデンティティなのだろうか。私を作り、私に寄り添い、私を慰め、私を混乱させ、精神的にも物理的にも重荷となる。

その紙の隙間にそっと息を潜めて生きる紙の魚。うねうねと薄い身体を泳ぐように滑らせる。

紙の海を泳ぐ魚。

少しだけ親近感を覚えつつ、糊を食べられて本がバラバラになってしまわぬよう、ティッシュで押さえつけて捻り、息の根が絶えたことを確認した。


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みみずくの耳 なんと!いいんですか!? ありがとうございます😊 あなたにいいことがありますように✨