製造業の新任管理職へ|「作るだけに戻りたい」と思った時、本当の管理職が始まる
作っていた頃の方が、分かりやすかった
現場で物を作っていた頃は、今より分かりやすかった。
図面を見る。
材料を確認する。
加工する。
組み立てる。
仕上げる。
納期に間に合わせる。
もちろん簡単な仕事ではない。
寸法もある。
品質もある。
段取りもある。
手戻りもある。
納期のプレッシャーもある。
それでも、今思えば分かりやすかった。
目の前に図面があり、材料があり、製品がある。
自分の手を動かせば、仕事は前に進む。
うまくいったかどうかも、ある程度は目で分かる。
結果が形として残る。
だから、疲れても納得しやすかった。
管理職になると、見たくないものまで見える
管理職になると、見えるものが変わる。
図面だけを見ていればよかった頃とは違う。
なぜ、この図面が曖昧なまま来たのか。
なぜ、この納期で受けたのか。
なぜ、この価格で利益が残ると思ったのか。
なぜ、支給材が遅れているのに、現場だけが急がされるのか。
なぜ、品質を守った人より、無理を通した人が評価されるのか。
そういうものが見えてくる。
現場にいた頃は、自分の部署を見ることが中心だった。
今日の段取り。
自分の担当。
部署内の進み具合。
目の前の品質。
それだけでも大変だった。
でも管理職になると、それだけでは済まない。
人を見る。
部署を見る。
工程を見る。
利益を見る。
納期を見る。
品質を見る。
営業の受け方を見る。
会社の仕組みを見る。
考える範囲が一気に広がる。
そして、見えたからといって、すぐに変えられるわけではない。
ここが苦しい。
昇格した頃、何をしていいか分からなかった
私も、管理職になったばかりの頃は何をしていいか分からなかった。
立場は変わった。
周囲からの見られ方も変わった。
責任も増えた。
でも、自分の中身が急に変わるわけではない。
それまで現場で物を作ってきた人間が、ある日から急に管理職らしく動けるわけではない。
だから最初は、とにかくやるしかなかった。
自分が動く。
自分が拾う。
自分が判断する。
自分が残る。
自分が何とかする。
そうやって何とか回していた。
でも、それは管理職というより現場時代の延長だったのだと思う。
自分が頑張れば何とかなる。
自分が動けば前に進む。
自分が背負えば終わる。
そう思っていた。
ただ、それを続けるほど苦しくなる。
なぜなら、管理職の仕事は、自分が全部を背負うことではないからだ。
役職は“ベスト”ではなく“ベター”で選ばれる
管理職になって精神的にかなり気が張っていた頃、当時の社長に言われた言葉がある。
「役職は、ベストで選ばれるわけではない。ベターで選ばれるものだ」
その言葉で、少し心が軽くなった記憶がある。
管理職になったからといって、急に完璧な人間になるわけではない。
すべての判断が正しくなるわけでもない。
迷わなくなるわけでもない。
部下より常に上に立てるわけでもない。
それでも、その時点の組織の中で、より任せられる人として選ばれた。
完璧だから選ばれたのではない。
任せるならこの人だと思われた。
そう考えると、少しだけ息ができるようになった。
新任管理職ほど、自分にベストを求めてしまう。
完璧に判断しなければいけない。
弱音を見せてはいけない。
迷ってはいけない。
周囲よりできなければいけない。
でも実際には、管理職は完成した人がなるものではない。
その立場になってから、少しずつ管理職になっていくものだと思う。
「作るだけに戻りたい」は逃げではない
管理職になったばかりの頃、こう思う人は多いはずだ。
「現場で作っていた頃の方がよかった」
「自分でやった方が早い」
「図面だけ見て作っていた方が楽だった」
「管理職なんて向いていないのではないか」
私も、そう感じることがある。
ものづくりだけをしていた頃に戻りたい。
そう思う自分が、少しはいる。
でも、それは逃げではないと思う。
それだけ現場に本気で向き合ってきたということだ。
自分の手で作ることに手応えがあった。
品質を作ることに責任を持っていた。
完成した製品を見ることに納得感があった。
だから、管理職の仕事が余計に苦しく感じる。
管理職の仕事は、結果が見えにくい。
すぐに形にならない。
正しいことを言っても、人はすぐには動かない。
数字を出しても、理解されないこともある。
ものづくりとは、疲れ方が違う。
現場の疲れは、体にくる。
管理職の疲れは、頭と心にくる。
どちらが楽という話ではない。
ただ、疲れ方の種類が違う。
でも、一度見えたものは見えなくならない
ただ、完全に作るだけに戻れるかと言えば、たぶん難しい。
一度見えてしまったものは、見えなくならないからだ。
この仕事は、本当にこの価格でよかったのか。
この納期は、誰がどう決めたのか。
この仕様変更は、現場だけが吸収していいのか。
この不良は、人のミスなのか、仕組みのミスなのか。
この残業は、本当に必要だったのか。
このやり方を続けたら、また同じ人が損をするのではないか。
そこまで見えるようになると、ただ作るだけでは済まなくなる。
現場に戻っても、きっと気づいてしまう。
「これは作り方の問題ではない」
「これは受け方の問題だ」
「これは判断基準の問題だ」
「これは評価の問題だ」
「これは構造の問題だ」
そう見えてしまう。
それが、管理職になったということなのだと思う。
管理職の仕事は、全部を自分でやることではない
管理職になると、現場で一番できる人でいようとしてしまう。
自分が動く。
自分が拾う。
自分が判断する。
自分が残る。
自分が何とかする。
最初はそれで回る。
でも、それを続けると現場は育たない。
判断も残らない。
仕組みも残らない。
そして、できる人だけに負担が集まる。
これでは、また同じ構造になる。
やった人が損をする。
責任を持つ人だけが苦しくなる。
判断する人だけに仕事が集まる。
管理職の仕事は、全部を自分でやることではない。
人が迷わず動ける「条件」を作ること。
現場が判断できる「基準」を作ること。
曖昧な責任を「整理」すること。
損をしている仕事を「見える」ようにすること。
品質を守る人が損をしない「構造」にすること。
それが管理職の仕事だと思う。
現場を知っている管理職にしかできないことがある
現場を知らない人は、数字だけで判断することがある。
効率
利益
稼働率
人件費
外注費
もちろん数字は大事だ。
数字がなければ、会社として判断できない。
感覚だけでは、人も設備も仕事も守れない。
でも、数字だけでは現場は動かない。
逆に、現場だけしか見ていないと、会社全体の利益や構造が見えにくい。
だから、現場上がりの管理職には価値がある。
現場の痛みが分かる。
品質を守る苦しさが分かる。
無理な納期の怖さが分かる。
曖昧な図面がどれだけ現場を止めるかも分かる。
そのうえで、数字を見る。
これは、現場しか知らない人にも、数字しか見ない人にもできない。
現場の言葉を、会社の判断に変える。
会社の数字を、現場が納得できる言葉に変える。
その翻訳ができるのは、現場を知っている管理職だ。
作る人から、作れる構造を守る人へ
現場は製品を作る。
でも管理職は、製品を作れる状態を守らなければならない。
人が足りているか。
工程が詰まっていないか。
無理な仕事を受けていないか。
品質を守れる条件があるか。
利益が残る価格になっているか。
判断が属人化していないか。
やった人だけが損をする構造になっていないか。
見るものは多い。
正直、大変だ。
図面だけを見て作っていた頃の方が、分かりやすかった。
自分の部署だけを見ていた頃の方が、楽だった。
でも、それに気づいた時点で、もう視野は変わっている。
作るだけでは見えなかったものが見えている。
自分の部署だけではなく、工場全体が見え始めている。
目の前の作業だけではなく、会社の構造が見え始めている。
それは、少しずつ管理職になっている証拠だと思う。
正論だけでは、人はついてこない
管理職になると、正しいことを言いたくなる。
構造を変えなければいけない。
数字で見なければいけない。
判断基準を作らなければいけない。
曖昧なまま進めてはいけない。
やった人が損をする構造を変えなければいけない。
どれも間違っていない。
でも、正論だけでは人は動かないことがある。
なぜなら、人は構造だけで働いているわけではないからだ。
不安もある。
迷いもある。
疲れもある。
悔しさもある。
自信のなさもある。
昔の自分に戻りたい気持ちもある。
そこを無視して、正論だけを並べても届かない。
だから、管理職には構造を見る力だけではなく、人として感じる部分も必要なのだと思う。
ただし、感情だけで終わらせてはいけない。
感じたことを、構造に落とす。
悩んだことを、判断基準に変える。
苦しかった経験を、次の人が迷わない仕組みに変える。
それができた時、ただの精神論ではなくなる。
構造だけではなく、人間として感じたことも記事になる
これまで私は、構造や数字、改善の話を中心に書いてきた。
それは今でも大事だと思っている。
現場の問題を、根性論で終わらせない。
人のせいだけにしない。
感覚ではなく、数字で見る。
曖昧なまま進めず、判断基準を作る。
この芯は変えない方がいい。
ただ最近、構造だけでは足りない部分もあると感じる。
人は、正しい理屈だけで動くわけではない。
苦しかった経験。
救われた言葉。
見える範囲が変わった戸惑い。
現場に戻りたい気持ち。
それでも戻りきれない違和感。
そういう人間として感じた部分も、現場のリアルだと思う。
大事なのは、感情で終わらせないこと。
感じたことを構造に変える。
悩んだことを判断基準に変える。
苦しかった経験を、次の人が少し楽になる言葉に変える。
それができれば、人間味のある記事も、ただの日記ではなくなる。
正論に血が通る。
体験に構造が入る。
これからは、そういう記事も一つの柱にしていきたいと思っている。
最後に
新年度で管理職になった人へ。
また、管理職になって悩んでいる人へ。
最初から管理職らしくできる人はいない。
何をしていいか分からない。
自分でやった方が早い。
現場に戻りたい。
作るだけの方が向いていた気がする。
そう思う時期はある。
でも、それは間違っているからではない。
今まで見なくてよかったものを、見なければならない立場になっただけだ。
役職は、ベストで選ばれるわけではない。
ベターで選ばれる。
だから、選ばれた時点で完璧である必要はない。
管理職は、なってから少しずつ管理職になっていく。
現場で物を作る仕事は難しい。
でも、物が作れる状態を会社として守る仕事はもっと難しい。
ものづくりだけに戻りたいと思う気持ちは、消さなくていい。
その感覚があるから、現場を軽く扱わずに済む。
その感覚があるから、品質を守ろうとできる。
その感覚があるから、無理な仕事を数字で止めようと思える。
作る人から、作れる構造を守る人へ。
管理職になるというのは、たぶんそういうことだ。
