他者からの愛を貰うには、まずこちらから愛すこと。
自分に自信を持つ方法として、
「己の能力を高めていこう!」「自分自身をほめていこう!」という内容をよく見る。
これは自分磨きとして大切な考え方だとは思うけど、私は、他人から認められないと、本当の意味での自信はつかないと思っている。
私の友人がふと、「他者からの愛をもらって自信をつけたいな」ということを話していた。
た、たしかに〜〜〜!と思った。
私が自分に自信がないのは、他者から「すごい」と言われた経験が少ないからだと思っている。
最近はコミュニケーションの範囲が広がったこともあり、すごいと言ってもらえる機会は増えた。
特にイラストに関しては、ずっと苦手なつもりだけど、ちょっとした落書きでもすごいと言って貰えるので、
「出来ない人からしたらこれもすごいんだ」くらいには、思えるようになった。
もちろん、もっとすごい人は沢山いるし、自分はまだ下手だと思っているのだけど、
「意外と出来ない人の方が多いのかも」と言う視点は自己肯定感を高めてくれる。
実は、人に認めてもらうハードルというのは、案外低いのかもしれない。
自分はできて、ほかの人ができない事というのは、意外とあるみたいだ。
別の友人が、「私が優位に立てるのは、当然私よりもできない人の前だけだ」と言っていた。
た、たしかに〜〜〜!!!と思った。
出来ない人を前に、自分の出来ることを披露するのは簡単だ。
幼稚園児の前で英語を話すと、いたく尊敬されるのと同じように。
自分のスキルを他人に認めてもらう段階までは、以外と簡単でも、それで自身が納得するかは、また別の話なのかもしれない。
人間性を認めてもらいたい
スキルだのなんだの言ったけれど、結局自分自身の性格や考え方を認めてもらうのが、いちばん嬉しい。
私は、ポジティブな感情をなるべく外に出すように心がけている。
ネガティブな自分より、ポジティブな自分の方が好きだなと思ったから。
根本的な考え方は変わってないけど、ポジティブを外へと放出するようになってから、コミュニケーションが円滑になったような気がする。
その中で、人への感謝の気持ちや、好きだという気持ちも、積極的に出していくようにした。
人は、自分のことを好きな人が好きだ。
私自身、そう。
自分のことを好きだと言ってくれる人のことは、特に好きになってしまう。
(もちろん関係性にもよるけれど)
だから、私の言う「好き」は、私のことを好きになってもらうための「好き」でもあるのかもしれない。
自分が嫌われないために、打算的に発している言葉かもしれない。
そんなことを思うと、ちょっと怖くなってしまったり。私は本当にみんなのことが好きなのかな。
みんなが私のことを嫌いと言ったとして、
それでも私は、みんなのことを好きと言えるのだろうか。
書いていて、少し気持ちが落ち込んだりする。
でもこれは、考えても仕方の無い問題なのかな。
勘違いでも、その一時だけでも。
感情というのは移りゆくものだし。
その時みんなのことを好きだと思ったら、これからも好きだと言っていきたい。
その時感じている気持ちは、嘘じゃないと思うから。
こちらから好きな気持ちを伝えると、
相手も私をほめてくれる。
返報性の原理というやつで、なにかお返ししないとという心理が働いてしまうのだ。
いや、別にそれを引き出したい訳では無いけど、手っ取り早く、他者から人間性を認めてもらうのは、これがいいのかもしれない。
自分から褒めていって、お互いに褒めやすい雰囲気を作ることができたら、
気づけば自分も褒められていることが多い。
自分から褒めることで、他者からの愛を貰いやすい人物にはなれる。
ふとした時に、「本当にあなたって、こういうところが素敵だよね」と、言ってもらいやすくなると思う。
人に認めてもらいたいと思うなら、
まず自分が人を認めなければならないなと思う。
スキルを褒められたい
そんなこと言ったって、私は実際何も出来ないし…
仕事はダメダメ。記憶力も悪いし、他人に迷惑かけてばっかり…
そんなことも思っちゃったりする。
ワガママな子ね〜〜〜〜〜〜(ママ)
最初にもあった通り、自分のスキルは、自分以下の人に認めてもらいやすい。
でも、それで満足しない人もいると知った。
弱いものいじめのようだと。
すごく共感できる気持ちだけど、私は、そうは思わない。
できない人がいるからこそ、そのスキルに「価値」が生まれるのであって。
さらに上手い人がいたり、できる人の母数が多かったとしても、それはできない人にとっては価値あるものになるのだ。
変なことを言うようだが、自分のスキルというのは、できない人と比較してこそ意味のあるものだと思う。
自分よりできる人と比較するのは、スキルアップやモチベーション向上のためでいい。
上の人をみると技量の差に落ち込んでしまう。
それは仕方ないことだ。
でも、上の人がいるということは、そこに進むための道もあるということで。
できない人がいる限り、そのスキルには価値がある。この意識は、どのスキルにおいても、皆が持っていい感覚だと思う。
自分の出来ることに対してのハードルは、限りなく低くていい。できない人ばかり見てていい。
それは、情けないことでもなんでもない。
できない人がいないなら、そこに価値はないから。
スキルにおいての価値を決めるのは、
自分自身じゃない。周りが決めるものだ。
自信が持てないということは、まだまだ価値を生み出したいと思っているということ。
その向上心があるならば、なにも落ち込むことは無いのだと思う。
おわり
人を認めるのも、人に好きになってもらうのも、人を信じるのも、自分からしないといけないものだと思っている。
たまに、自分が何でもかんでも疑って生きているのに、「人に好かれたい…」と言っているように見える人がいる。
これは、どうしてもタダのわがままになってしまう。
同じような理由で、私は「察して欲しい」と思うこともなるべくやめようとおもっている。
これは、「コミュニケーションは面倒だからしないけど、周りには私を気にして欲しい」という傲慢な考え方だから。
相手になにか求める時、
自分の行動があって始めて、対等に求められるのだと思う。
友情関係だって、あえて無機質に捉えるならば損得勘定で決まるものだ。
相手が自分にいい影響を与えてくれるかどうか。
たったそれだけの話。
友達が少ない人は、悪い人という訳では無いけど、他の人に何も与えられていないという可能性は、捨てきれないのだと思う。
もちろん、単純に出会いの数とか、
自分がこれ以上交友関係を求めてないとか、
日々の連絡が少ないとか、いろいろあるけれど。
「友達が多い人、交友関係が広い人は、
周りに何かしらいい影響を及ぼしている人」という法則は、間違っていないと思う。
だから、自分に自信をつける方法の第1歩は、
周りの人を大切にするところから、始まるのだと思う。
それでは今回はこの辺で。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
目を休めてくださいね!
