境界の向こうへ。

あの夜、
境界に立つと言いました。
そして、今日。
向こう側に、立ちました。
物語は、二部で完結します。
上巻は「呼ばれた山で、父の声を聞いた」。
そして本日、
第二部が公開になりました。
終わっていない感覚の正体は、
ここにあります。

決めたわけではないのに、
戻れない場所に立ってしまう夜がある。
それは、大きな決断の瞬間ではない。
劇的な出来事が起こるわけでもない。
ただ、気づいたときには、
前にも後ろにも、同じ距離で立っている。
境界は、
越えるための線ではありません。
立つための場所です。
主人公・森川つむぎは、
父を失ったあとも、
「終わった」という実感を持てないまま日常を生きてきました。
泣き続けたわけでもない。
強くなれたわけでもない。
ただ、どこにも区切りがない。
上巻で描かれたのは、
その「終わっていない」という感覚でした。
下巻では、その感覚を抱えたまま、
恐山という場所に立つ夜が描かれます。
【目次】
はじめに
第4章 山で出会った、知らない人 (第1節~3節)
第5章 いたこが語らなかったこと (第1節~3節)
第6章 今を生きるということ (第1節~3節)
おわりに
読者特典について



第4章 山で出会った、知らない人
第1節 音の少ない場所
恐山に着いたとき、
最初に気づいたのは、静けさでした。
完全な無音ではありません。
風が吹き、砂利が擦れ、
遠くで、どこかの扉が閉まる音がする。
それでも、
日常の音が、ここにはない。
車のエンジン音も、
人の話し声も、
時間を急かす気配も。
私は、足を止めました。
止めた理由は、はっきりしません。
ただ、ここでは、
立ち止まるのが自然な気がした。
空は、思ったよりも低い。
雲が近く、
手を伸ばせば触れられそうで、
でも、触れられない。
地面からは、
硫黄の匂いが、かすかに立ち上っている。
強くはない。
でも、確実に「ここが違う場所だ」と伝えてくる。
私は、息を吸って、吐きました。
――ここまで来た。
そう思った瞬間、
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
父のことを考えていないわけではありません。
考えすぎているわけでもない。
ただ、
父の不在が、
この場所では、少し形を変えている。
悲しみでも、思い出でもなく、
気配に近いものとして。
私は、ゆっくり歩き始めました。
歩く速さを、
周囲に合わせるように。
誰かに合わせているわけではないのに、
ここでは、急ぐことができません。
恐山は、
何かを見せる場所ではなく、
何かを削ぐ場所なのかもしれない。
そう思ったとき、
私は、人影に気づきました。

霧は、答えを隠しているのではなかった。
ただ、急がせないだけだった。
足を踏み出すたびに、
父の声が遠くではなく、内側で響いた。
物語は、静かに閉じます。
けれど、消えません。
境界の向こうに立つ夜を、
どうか見届けてください。
Kindle Unlimited対象作品です。
📘 著書
『呼ばれた山で、父の声を聞いた ―境界に立つ夜― 』
(二部完結/喪失と境界の物語)
🔗 Kindle商品ページ
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