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改)完璧主義を手放した世界は明るかった

私は病気になるまで、「完璧主義は長所」だと

思っていた。

でも今は違う。

完璧主義を手放した世界の方が、

ずっと明るかった。

私の完璧主義が生まれたのは、中学生。

中学の中間試験・期末試験で100点満点を

取ることを目指した時から始まった。

100点を取ることは、難しかった。

ちょっとのケアレスミスも許されない。

解答用紙に記入後、何度も見直しをする。

私の場合、見直しというよりももう一度

解き直すという方が正しいかもしれない。

そうやって何工程も積み重なって

ようやく100点が手に入る。

こうして、1回の定期試験で何枚もの

100点答案用紙が手に入る。

この用紙をファイルに集め始めた。

ポートフォリオのように。

その工程を繰り返すうちに、

今度は通知表でオール5を取りたくなる。

でも、これはもっと難しい。

これは、1〜3学期の長期戦になるからだ。

いかに、完璧主義を長期的に貫き通せるかで

通知表のオール5を取れる。

主要科目(国数英理社)以外は、先生との

コミュニケーションでいかに気に入られるかが

重要だから。

なぜなら、美術部を辞めただけで成績は

5→4に下がってしまう世界だから。

頑張っているアピールを欠かさずに

3年間で2年間はオール5を取ることができた。

でも、最後の3年目でたった一つの教科を

落とした。

これで、3年間オール5は叶わなかった。

私の敗北だった。

今振り返ると、たった一つの教科だった。

でも当時の私には、それは大きな敗北だった。

ここまでの内容だけを読むと、一人で立ち向かって

100点やオール5を取れた、と思いますよね。
(とねはだからできたんでしょ!
 そう思われても仕方ないな…)
と、ありがたいコメントをいただいて気が付きました。

私は、全く自慢したいとか承認欲求とかそんなことを

思って書いてはいませんでした。

でも、読者の中には地頭が良かったからでしょ

って思いますよね。

私の伝え方が足りなかったな、と反省しました。

成績が良かったのは、決して私の力だけではありません。

中学の時には塾に通わせてもらっていました。

塾の先生は、一人一人の成績が上がるようにサポートする。

定期テスト対策では、過去の傾向から出題頻度が高い問題を

作成してくれ、一枚の試験問題として配布してくれる。

そして、私は人よりも劣っていたから人がすぐに

理解できることも時間がかかった。

だから、人の二倍、三倍は時間がかかったし

その分、頑張る必要があった。

学校から帰宅するとすぐに勉強机に向かっていた。

とにかく、スポーツで言う1000本ノックのように

塾のテキストを何周もした。人よりも勉強に時間を注いだ。

中学でそのレベルだったからこそ、

高校で授業についていけなかったのだ。

これが真実だ。私だけの実力ではない。

でも、努力は惜しまずやった。


恐らく、今も「完璧主義」マインドは

残っているだろう。

だって、中学から何十年と続いた完璧主義だ。

ある意味、癖みたいなものだから無くならない。

でも、私には転機が訪れる。

それは、病気になったことだ。

筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群という病気だ。

この病気は、無理に頑張ったりすると

12〜48時間後に急に動けなくなる病気。

発症当初は、私も寝たきりスタートだった。

頑張りたくても頑張れない病気。

私は、この病気のおかげで「完璧主義」を

貫けなくなった。

人は、完璧主義を持っていても

「完璧」にはなれない。

絶対どこかでヒューマンエラーは起こるし、

完璧な人間は存在しない。

病気になった私も、完璧を求めようとすると

頑張らなければいけなくなる。

そうすると、身体が動かなくなる。

だから、私は物事を完璧にやり遂げることを

手放した。

大体イメージ6割くらいでやめておく・・・

といっても、マインドが無くなった訳じゃないから

時には7、8割くらいに仕上げてしまう。

だから、私には6割くらいと

頭の中に残すのが丁度いい。

6割にすると何が良いって?

それは、物事に手を付け始めるのが

断然早くなった。

そして、物事を仕上げるスピードも早くなった。

つまり、完璧主義を手放すと効率が

段違いで上がった。

どうして、病気になるまで

気がつかなかったのだろう。

もっと早く気がつけたはずなのに。

完璧主義に踏み込むとエンドレスで「完璧」を

求め続けてしまうループに入り、

自分では気がつかずに

やめられなくなってしまうのだ。

完璧主義の怖いところは、

自分だけでは止められなくなることだ。

一つできるようになると、次はもっと。

その次はもっともっと。

気が付けば、自分の限界も分からないまま

走り続けてしまう。

しかし、完璧を求めるがあまりに、

課題に手をつけ始めるのが遅くなる。

どうしてか?

それは、事前に調べなきゃとか、

完璧に仕上げなきゃ、と考えるだけで

課題に取り組むハードルを

自分自身で上げてしまっているからだ。

そこまでのレベルを求められていないことでさえ、

自身がレベルの高さを求めてしまう。

自分で自分の首を絞めているといっても

過言ではない。

実際に私がそうだったからだ。

今は、完璧という鎧は脱いで

今できる自己ベストを目指すことで、

肩の荷は降り、自由になった。

私が私自身を生きづらくしていたことに

ようやく気がついた。

だから、これを読んでくれた人にも伝えたい。

周りは、実はそんな完璧求めてないよって。

自分自身で作り出した幻想に過ぎないんだよって。

昔の私なら、この記事も何度も書き直して

公開できなかったかもしれない。

でも今は違う。

完璧じゃなくていい。

今の私が伝えたいことを、今の言葉で届けたい。

だから今日もこうして書いている。


今日も最後まで読んでくれて

すごく嬉しかったです。

また読みにきてくださいね。

今日は、少しでもお疲れが回復するように!

という想いを込めて写真を載せますね^ - ^

とても素敵な空だったので思わず
シャッターを押していました笑

お空や大自然に癒される、とねはでした〜

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とねは|看護師専門のメンタルサポーター 読んで良かった、そんな記事を目指しています。よろしければ応援よろしくお願い致します。いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!