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【英語の話58】 〜LAで食べたもの 後編〜

カレッジに通い始めて、食生活が少し変わった。

語学学校時代はヤオハン周辺に引き寄せられていたけれど、
カレッジに入ると、キャンパスの周りにある食べものと
向き合う機会が増えた。英語も、少しずつ度胸がついてきた頃だ。

カレッジのキャンパスには、ケイタリングトラックがやってきた。
メキシカンのご夫婦がやっているトラックで、
ブリトーやタコスなどのある程度のメニューが揃っていた。
ブリトーといえばビーンズが定番なのだが、
私はどうもビーンズが得意ではなかった。
「ビーンズ抜きで」と注文したときの、奥さんの顔が忘れられない。
「……ビーンズ、抜き?」
という、なんとも言えない微妙な表情だった。
顔を覚えられてからは、
「あ、アレね!」という感じで接してくれた。


モンゴリアンビーフのときのお店の人といい、私はどうも、
現地の人に微妙な顔をされる注文をしてしまうだろうか…。
でも、ビーンズ抜きのブリトーは美味しかった。

ナチョスにも、すっかりはまった。
とろとろのナチョスチーズソースをたっぷりかけたナチョスは、
カレッジ時代の定番おやつだった。
映画館に行けば、もちろんナチョスにチーズソース。
ポップコーンもバターよりチーズ派だった。

アメリカに来て、チーズというものの存在感を思い知った気がする。

ある日、黒人のお客さんが多いダイナーに行った。
ラスコー、たぶんそんな名前だったと思う。店内は落ち着いた感じで、
でもフレンドリーな雰囲気だった。
隣のグループに声をかけられて、しばらく話した。
その中に、
黒人文化をこよなく愛していると見受けられる白人女性がいて、
同じね、というような目線で話しかけてきたのが印象的だった。

わかる人にはわかると思う。

オムレツか、そんな感じのものを食べたような気がするが、
正直なところ料理の記憶より、お店のあの落ち着いた、
ちょっとかっこいい空気のほうが記憶に残っている。


家での食事は、なかなかにバラエティ豊かだった。
ラザニアを買ってきてオーブンで焼いたり、
缶入りのシェフボヤディーのラビオリを温めたり。
マルちゃんの袋麺やカップ麺にも、ずいぶんお世話になった。
日本から来た留学生が太平洋を渡ってまで
マルちゃんに頼っているという事実は、
マルちゃんの偉大さを証明していると思う。

ピルズベリーのクッキードウも、よく買った。
あのぽよぽよしたマシュマロマン
みたいなキャラクターの会社の商品で、
ちぎってトレーに並べてオーブンで焼くだけでクッキーができる。
簡単で、焼きたては最高に美味しかった。
TVディナーも相変わらず活躍していた。

ドミノピザやピザハットも、カレッジ時代の食卓によく登場した。
マクドナルドにも、もちろん行った。
吉野家とカールスジュニアにも、引き続き通っていた。

In-N-Outバーガーにも、一度だけ行った。
LAではカルト的な人気を誇るハンバーガーチェーンで、
熱狂的なファンが多い。
ただ、ちょっと遠くて車で行かなければならなかったこともあり、
正直に言うと、それほど刺さらなかった。
一度きりで終わった。
あの熱狂の理由が、いまだによくわからない。

こうして振り返ると、LA時代の食生活は、
日本食の安心感と、
アメリカのジャンクフードの気軽さ、
その両方に支えられていた気がする。

チャイナタウンにもコリアンタウンにも日本街にも行かなかった
私の食の冒険は、意外と狭いエリアで、でも十分に豊かだった。


次回はいよいよNY編。LAとはまた違う食の記憶が待っている。

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