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市川沙央著『ハンチバック』を読んで

コンビニ人間』『地球星人』を読み終えた。どちらも短編ということもあり、通勤の合間に読むにはちょうどいい長さだった。

バスの中では、次に読む本をどうしようかと、Geminiに相談してみた。『コンビニ人間』が芥川賞受賞作ということもあり、いくつか候補を挙げてくれた。その中で、タイトルが妙に明るく、Kindleでも手頃な価格だった市川沙央の『ハンチバック』を選んだ。

読み始めてすぐに、なかなか際どい描写が続き、周囲の学生の目が気になる。が、読み進めると、深みに入っていく展開。
主人公は、背骨の湾曲により右肺が圧迫され、人工呼吸器などの医療機器に頼る重度の障害を持つ女性。記事ライターでもある彼女の日常、そして視点から、障害者としての意識や社会との摩擦、強烈な怒りと熱を帯びている作品だった。

私が感じ取れたのは、まだ表層だろう。
描写の解像度が非常に高く、私には見えないもっと深い層が文字の中に含まれているに違いない。どれほど理解できたのか、自問してしまう。
芥川賞作品は、短編から中編の純文学とされているが、私のようなアラカン世代が抱く「純文学」のイメージとは少し違う。むしろ、非常に前衛的で、現代社会の矛盾や痛みを鋭くえぐり出す、新しい文学の形を感じる。

『コンビニ人間』が「普通」という言葉を軸にしていたように、『ハンチバック』もまた、社会が当然とする「普通」との対峙を描いている。
現代社会では、「多様性の尊重」や「共感」といった言葉が頻繁に語られる。

後書きに収められた市川沙央氏と荒井裕樹氏の書簡による対話は、作品の理解を深めるものだった。特に『ハンチバック』の解説とともに語られた〈健常者優位主義〉という視点には、はっとさせられた。
この中で、「健常者、障がい者」という名称、ラベリングが「健常者=強い」「障がい者=弱い」といった構図を前提に物事が捉えられていると語られる。また、「誰の権利も守られるべきだ」という一見正しそうな言葉でさえ、受け取る人々には、「誰が誰を守るのか」という構造的な力関係への指摘にも、深く考えさせられた。
(作品には、もっともっと多くの意味が含まれているのだろうが)

読む者の価値観を揺さぶり、問いを突きつけてくる力があるように感じられた。





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