宇宙は冷たいのに、冷やせない
——軌道上データセンター構想における放熱面積の制約について
1. 序論:晴れた夜に、地面は宇宙へ熱を捨てている
沖縄でも、よく晴れて風のない夜は、明け方にかけて思いのほか冷え込む。放射冷却である。
このとき地面が何をしているかというと、赤外線を出している。そしてその赤外線は、大気の「窓」と呼ばれる波長域(およそ8〜13μm)をすり抜けて、そのまま宇宙空間へ抜けていく。つまり我々が体感している放射冷却の熱の捨て先は、比喩でも何でもなく、**宇宙そのもの**である。
曇った夜に放射冷却が効かないのは、雲が赤外線を跳ね返してしまうからだ。捨てようとした熱が戻ってくる。
この「遮るものがあると捨てられない」という一点だけを握っておけば、以下の話は全部つながる。
最近、宇宙にAIデータセンターを建設するという構想をよく目にする。太陽光は大気に邪魔されず取り放題、冷却は宇宙に捨てればいい——という説明が添えられていることが多い。
読むたびにわくわくする。実現したら本当に面白いと思う。
ただ、後半の「冷却は宇宙に捨てればいい」のところで、いつも少し立ち止まってしまう。建設の現場で、熱をどこへ逃がすかという話には長く付き合ってきた。その感覚からすると、ここはむしろ一番の難所ではないかという気がしてならない。
宇宙工学の専門家ではないので、以下はあくまで公開情報を頼りに、素人なりに手を動かして考えてみた記録である。見当違いがあればご指摘いただきたい。
2. 真空では、熱の逃げ道が一本しかない
熱の伝わり方は、伝導・対流・放射の三つである。
地上のデータセンターは、この三つを総動員している。ヒートシンクへの伝導、ファンによる空気の対流、水冷ループによる強制対流。いずれも**熱を受け取ってくれる媒体**があって初めて成立する。
真空には、その媒体がない。伝導も対流も使えない。残るのは放射だけである。
魔法瓶の中身が冷めないのは、内部を真空にして伝導と対流を断っているからだ。宇宙空間の温度は約3K(-270℃)だが、それは「冷たい水風呂」ではなく「何もない」ということであり、熱をぶつける相手がいないという意味では、むしろ魔法瓶の内側に近い。
宇宙は冷たい。しかし、冷やしやすくはない。
3. 面積の問題:どれだけ捨てられるのか
放射で捨てられる熱量は、ステファン=ボルツマンの法則で決まる。
$$E = \varepsilon \sigma T^4$$
σは5.67×10⁻⁸ W/(m²·K⁴)、εは放射率、Tは絶対温度である。
放熱面が300K(27℃)、放射率を0.9とすると、
$$E = 0.9 \times 5.67 \times 10^{-8} \times 300^4 \approx 413\ \mathrm{W/m^2}$$
ここから後述する外部入熱を差し引くと、実効的に使える値はおおむね200W/m²前後に落ちる。
この数字で割り算をしてみる。
- **1MW級**:片面利用で約5,000m²、両面で約2,500m²
- **100MW級**:片面で約500,000m²(0.5km²)、両面でも約250,000m²
100MWというのは、地上の大規模AIデータセンターとしては特別な規模ではない。それを軌道上でやろうとすると、東京ドーム(建築面積46,755m²)五個分に相当する放熱パネルを、常時展開しておく必要が生じる。
しかもデータセンターは、投入した電力がほぼ全て熱に変わる。つまり**放熱面積は、太陽電池パネルの面積と同等かそれ以上になる**。発電のための翼と、放熱のための翼。軌道上の構造物は、そのどちらでもある。
国際宇宙ステーションが、あれほど巨大なラジエーターパネルを何枚も抱えている理由も、この計算をしてみて腑に落ちた。あの形は意匠ではなく、物理から要求された形だったわけである。先人はとっくにこの問題に突き当たっていて、その答えが「とにかく面積が要る」だったのだろう。
4. 入熱の問題:日向は、灼熱である
さらに厄介なのは、宇宙では捨てるだけでなく、絶えず受け取ってもいることだ。
- **太陽**:太陽定数は約1,361W/m²。大気による減衰がない分、地上より強い
- **地球アルベド**:地球が反射する太陽光。入射の約30%
- **地球赤外**:地球自身が放つ赤外線。およそ240W/m²
低軌道では、視界の半分を地球が占める。曇った夜に放射冷却が効かないのと同じ構造が、常時発生していると考えればよい。
結果として、ISSの表面温度は日向で+120℃、日陰で-150℃程度まで振れる。宇宙は「冷たい場所」ではなく、**日向と日陰の落差が極端な場所**である。
したがって放熱面は、太陽にも地球にも向けず、深宇宙(約3K)だけを見るように姿勢を保たなければならない。**熱設計は軌道設計と不可分**であり、太陽同期軌道のうち明暗境界線上を回るDawn-Dusk軌道が有力視されるのは、太陽電池に常時日照を与えながら、放熱面を常に深宇宙へ向け続けられるからである。
材料側の要求も、ここから素直に導かれる。太陽光は吸わず、赤外線はよく出す表面が要る。太陽光吸収率αと赤外放射率εの比、**α/εを可能な限り小さくする**のが設計目標となり、実際には白色系の熱制御塗料やOSR(光学式太陽光反射鏡)が用いられる。
これは、建物の屋根に遮熱塗料を塗るときの考え方と、原理的に同一である。日射は跳ね返し、自分の熱は放射で逃がす。宇宙服も建物も人工衛星も、同じ物理の上に立っている。
5. 打ち手は三方向ある
面積の制約に対して、取りうる手は大きく三つに整理できる。
5-1. 温度を上げる
放射量は絶対温度の**4乗**に比例する。放熱面を300Kから400Kへ上げれば、
$$(400/300)^4 \approx 3.16$$
同じ面積で3倍以上を捨てられる。面積を3倍にするより、温度を100K上げるほうが構造的にはるかに安い。チップと冷媒を高温側で運用できる設計、すなわち二相冷却(沸騰・凝縮)との組み合わせが鍵になる。
5-2. パネルをやめる
液滴ラジエーター(Liquid Droplet Radiator)という方式がある。冷却液を微細な液滴として宇宙空間へ噴霧し、飛行中に放射で冷やしてから対岸で回収する。剛体パネルが不要なため、面積あたり重量が一桁下がりうる。打ち上げ質量が全てを支配する軌道上では、これは決定的な差になる。
5-3. そもそも発熱させない
そして、最も本命に近いのがこれである。
捨てられる熱に面積という上限がある以上、上限に手が届かないなら、**発生量そのものを削る**しかない。
ここで効いてくるのが光電融合技術だ。AIデータセンターでは、ラック間・ボード間・チップ間を電気の銅配線で結ぶかぎり、配線自体の発熱と損失がGPU本体を上回りかねない。これを光に置き換えると、同じ帯域を消費電力1/5〜1/10で運べる。
NTTのIOWN構想は、この置き換えを段階的に内側へ進める計画である。ネットワーク(APN)から、ボード間(PEC-2)、パッケージ間(PEC-3)、そしてパッケージ内部(PEC-4)へ。PECスイッチは2027年初頭の商用リリースが予定されており、すでに研究段階の話ではない。KDDIも2026年5月に商用環境でのP2MP型APN伝送に成功し、ネットワーク電力の約60%削減を確認している。
ここまで考えてきて、個人的に一番面白いと感じたのがこの点だった。**軌道上の放熱面積という天井が、そのまま光電融合の価値を逆算的に説明してしまう**。地上では「電気代が下がる」という話だった技術が、宇宙では「そもそも成立するかどうか」に関わってくるのかもしれない。もっとも、これは素人の連想にすぎず、実際にどこまで効くのかは分からない。
6. 面積の、もう一つの代償
ここまでは「面積をどう確保するか」という話だった。しかし調べているうちに、この面積が別の意味も持つことに気づいて、少し唸ってしまった。
軌道上には、役目を終えた衛星や破片——スペースデブリが漂っている。秒速7〜8kmで飛んでいるため、数センチの破片でも当たれば致命傷になる。衝突が新たな破片を生み、それがまた衝突を呼ぶ連鎖は、ケスラーシンドロームと呼ばれている。
よく「宇宙に出られなくなるのでは」と言われるが、調べた範囲では、少しニュアンスが違うようだった。ロケットが低軌道を横切るのは数分間なので、通り抜けること自体は当面できる。困るのは、そこに**留まり続ける**ものである。
しかも高度によって事情がまるで違う。高度600km以下ならわずかな大気抵抗が効いて、数年で自然に落ちてくる。ところが破片が最も密集する高度800〜1,000km帯は、大気がほとんどないため、数十年から数百年そのまま居座る。つまり「閉じ込められる」というより、**特定の高度帯が使えなくなっていく**という話に近い。
ここで、前章までの結論と噛み合ってしまう。
放熱のために面積が要る。しかし**放熱面積は、そのまま被弾断面積でもある**。熱の都合で翼を広げるほど、破片に当たる確率は上がっていく。装甲を厚くすれば重量が増し、放熱効率も落ちる。冷やすために広げた面が、そのまま弱点になる。
熱と衝突が、同じ一つの数字を奪い合っている。この構図に気づいたときが、今回調べていて一番面白かった。
そしてこの領域には、日本の企業がいる。
アストロスケールホールディングス(186A)は、2024年6月に東証グロースへ上場した、軌道上サービス専業では世界初の上場企業である。デブリの除去と、現役衛星への燃料補給・修理を手がけている。2026年4月期は売上収益が前期比141.8%増の59.4億円、営業損失99.8億円(前期は187.6億円の損失)と赤字幅を縮め、売上総利益は会社として初めて黒字に転じた。306億円の資金調達にはスカパーJSATとヒューリックが参画している。
追い風は技術より制度の側から吹いているように見える。欧州ではZero Debris Charterが発表され、2030年以降はミッション終了後にデブリを残さない方針が明確になった。**捨て方が義務になれば、片付けは市場になる**。地上の建設業が、廃棄物処理法とマニフェスト制度によって解体・処分を業として抱えることになった経緯と、構造がよく似ている。
もっとも、株価はすでに商業化への期待をかなり織り込んでいるようで、実証の遅れがそのまま失望に変わる種類の銘柄でもある。ここから先は各自の判断の領域なので、これ以上は踏み込まない。
7. 結論
ここまで手を動かしてみて、軌道上データセンターで効いてくるのは、演算能力でも発電量でもなく、**熱を捨てるための面積**ではないか、というのが今の私の見立てである。もちろん、実際に設計されている方々はとうにこの先を考えておられるはずで、私が気づく程度のことは織り込み済みだろうと思う。
それでも収穫だったのは、この制約が地上の仕事と地続きだと分かったことだった。晴れた夜に地面が宇宙へ熱を逃がすこと、屋根に遮熱塗料を塗ること、機械室の排熱経路に頭を悩ませること。どれも「日射をどう避け、自分の熱をどこへ捨てるか」という同じ問いの、条件違いの答えでしかない。
宇宙は特別な場所ではなく、大気という緩衝材を取り払っただけの、我々のよく知る物理が剥き出しになっている場所らしい。そう思えたことが、調べてみて一番うれしかった。
次にああいう構想図を見るときは、ロケットの脇に広がっているはずのパネルを探してみようと思う。そこに何が描かれているかで、構想がどこまで進んでいるかが少し分かる気がしている。
*(本稿の数値は公開情報に基づく概算であり、実機の設計値ではありません)*
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