【ショートショート】俺の優雅な一日(#せりふ三題噺)
さて、と。
今日はゆっくりと朝の時間を過ごすぞ。待ちに待った、休みの日だからな。いつもみたいに、始発に乗って通勤する必要もない。
優雅にコーヒーを飲んで、最近できていない、水回りの掃除なんかもして、それから⋯⋯カフェにでも出掛けてみるか。だって他にやらなきゃいけないことなんて。
⋯⋯あったな。確定申告があったわ。
うわー、忘れてた。副業、頑張りすぎるのも考えものだな。収入が増えるのはいいけど、ややこしい手続きがな⋯⋯。
しゃーない、やるか! 先延ばしにしてもどうしようもないしな⋯⋯っと、電話だ。
「おう、どうした?」
「あ、お兄ちゃん? いま暇?」
「暇じゃねぇよ」
「この時間に電話出るってことは、今日休みでしょ。あのさー、駅前の新しいケーキ屋さん、毎日すごい行列ができてるらしいんだけどね」
「⋯⋯嫌な予感がするが、まさか」
「お兄ちゃん、家近いでしょ。お願い、並んで買って来て!」
「やだね、何で俺が」
冗談じゃない。何が悲しくて、貴重な休日を妹のケーキのために費やさねばならんのだ。
「お兄ちゃんの分も奢るから。あと、この前言ってた友達の友達、紹介するし」
「わかった買ってこよう」
俺はなんて妹思いな男なんだ。断じて、友達の友達を紹介してほしくて快諾したわけではない。あと、確定申告から逃げたわけでもない。
さて、ケーキ屋が見えてきたぞ。たしかに、けっこう並んでるな。一時間くらいは覚悟した方がいいか。しかし、寒いな。コートを着ていても、隙間から冷気が入り込んでくる感じがする。カイロでも持って来ればよかったか。
「はい、カイロ」
「あ、すんません、ありがとうござい⋯⋯」
タイミングよくカイロが目の前に差し出されたから、つい受け取ってしまった。けど、知らない人から急にカイロをもらうのって、変だよな?
「あ、あの⋯⋯」
「あなた今、カイロ欲しいって思ったでしょ?」
「⋯⋯思いました、けど」
目の前の人物に見覚えはない。俺と同じ年齢くらいの女性だ。外見はけっこうタイプ。しかし、見知らぬ男にカイロを押し付ける変わり者。俺の心を読んだみたいに。⋯⋯いや、まさかそんな。俺、そんなにカイロが欲しそうな顔してたのか?
「そのカイロを受け取ったからには、私のお願いを聞いてね」
「え!? そんな怖いカイロいらない、返す!」
「返品不可! 私のお願い、そんなに難しくないよ。迷子の猫を一緒に探してほしいの」
「なんで⋯⋯」
「なんで俺がそんなことしなきゃいけないのか?」
「⋯⋯」
俺の言葉にかぶせるように、女性は言葉を紡いだ。ちょっと怖い。逃げよう。
「ええと、俺、この後用事が」
「ケーキを買うんでしょ? 大丈夫、猫が見つかったら全てうまくいくから。ケーキも込みで」
全部言い当ててくる。怖い。そして、猫が見つかったら全てうまくいくって、どういうことなんだ?
「⋯⋯なんで今日なんだよ⋯⋯」
なんでこんな訳の分からない事態が、今日に限って起こるんだ。俺の優雅な休日はどこ行った?
「たしかに、なんで今日なんだろうね。あなたの貴重な休日を奪ってしまって、申し訳ないんだけれども。でも、今日じゃないとダメらしくて」
意味不明な言葉を繰り出す目の前の女性から、じりじりと距離を取る。しかし、脇をすり抜けダッシュを決めようとした瞬間、女性が俺の服の裾をはっしと掴んだ。
「とにかく、猫を一緒に探して。お願い」
申し訳ないが、そんなのに付き合う義理はない。女性を振り切ろうとした俺の目が、ふと女性の持つスマホの画面を捉えた。
「⋯⋯え? それ⋯⋯」
「あ、バレちゃった」
そこには、俺と妹が写った家族写真があった。俺は、自分のスマホを取り出しす。俺の待ち受け画面も同じ写真だ。
「私、あなたの妹さんと共通の友人がいて。この写真も、その友人経由で妹さんから送ってもらったの。あなたも妹さんも、この写真をスマホの待ち受けにするくらい大切にしてるのね」
「⋯⋯妹は何でこの写真をあなたに?」
「あなたを探すときに使ってほしいって。私、妹さんに頼まれたの。ケーキを買いに来るだろうあなたと、理由をつけて接触してほしいって。あなたは寒がりだから、カイロを渡してきっかけを作ればいいって」
「⋯⋯なんで、そんな」
そこに、妹から着信が入った。
「やっほー。状況どんな感じ?」
「どんな感じ、じゃねぇよ! なんだよこの状況! わけわかんねぇよ!」
「まーまー、そんな怒らないで。紹介しようとしてた友人の友人が、その人だよ。素敵な出会いを演出してあげたんだから、感謝してよね。お兄ちゃん、その人タイプでしょ。あ、あとケーキは別口で入手したから大丈夫だよ。お兄ちゃんの分もあるし」
「うるせぇ! 素敵どころか、怖かったわ! 余計なことすんなよな⋯⋯。とにかく、俺は帰るからな。俺の大事な休日を返してもらう!」
「あ、待って⋯⋯」
腹が立って仕方ねぇ。とりあえず妹の電話は切った。あとは、目の前の女性に謝って穏便に立ち去ろう。
「妹がすみません。こんな訳のわからないことに巻き込んじゃって。あんな奴ですけど、これからも仲良くしてやってください」
「⋯⋯あまり、妹さんを怒らないであげて。迷い猫の話は私が勝手に⋯⋯。本当にうちの猫が迷子になってしまったので、探す人手が増えて助かるかなって、ちょっとズルいことも考えちゃって」
「え? 本当に迷子なんですか?」
なんかそれを知ってしまうと、このまま立ち去るのも後味が悪いな。あと、やっぱりタイプの女性には違いないし。
「⋯⋯乗りかかった船ですし、探すの手伝いますよ」
「え!? 貴重な休日なのに⋯⋯」
「大丈夫です。どうせ、ダラダラするだけでしたから。どんな猫なんですか?」
「えっと、色は白で⋯⋯」
確定申告、今日はできそうにないな。そう思いながら、女性が言う特徴に当てはまる猫がいないかと周囲を見回していた俺は、その時知る由もなかった。
妹が自身のスマホを見つめながら、「今度こそ助けるからね」と呟いていたことなど。
こちらのお題で書かせていただきました。このタイプのオチは初めて挑戦しました。けっこう難しい⋯⋯。
画像は、みんなのフォトギャラリーよりお借りしました。
