【noteでBL】お題お借りしました終

こちらの企画にお邪魔させていただいてました。お題で話を書くの、頭の体操になって楽しかったです。

お題は。「ルマンド」「初雪と一目惚れ」「シングルベットの組み立て推奨人数が2人だった」



​21時を回った頃、坂木は夜の散歩に出かけようと玄関のドアを開けた。

外は、ふわりとした雪が降っていた。
地方に移住して、初めての夜だった。

​「……星はさすがに見えないか…」

田舎の空は星が綺麗なのだと、移住前に聞いていた。しかし、今は空が白んでいて星は見えない。春が来たら見れるだろうか。

​田舎の夜は暗い。
地方に移動してきたばかりの坂木にとって、まだ心細い夜道だったが、隣家の明かりだけがこうこうと夜道を照らしてくれている。

​(あ、しまった……)

​近所の石井宅の前を通りかかり、坂木は慌てて顔をそむけた。

坂木と同時期に引っ越してきた石井の家は、まだカーテンが取り付けられていないようで、中の様子が丸見えだった。

​進むのをためらい、坂木の足が止まる。
二重窓の向こう、少し曇った室内では、石井が腕を組みながら何かに向き合っていた。床に散乱しているのは、無機質な鉄の骨組み。

​(どうしよう、声をかけてもいいものか……)

​きっと、石井は困っているのだろう。
そう思った坂木はスマホを取り出してはためらい、またポケットに戻す。

(見られたのがイヤかもしれないし…)

石井の背中は、どこか途方に暮れているように見えた。

(​チャイムを鳴らして、手伝うと言ってこようかな。たまたま見えてしまったってことで…)

そうと決めて窓を見た時だった。
室内の石井が視線に気づき、顔を上げた。

「あっ…」

気まずさに固まる坂木をよそに、石井はパッと顔を輝かせ、笑顔でぶんぶんと手を振ってくる。どうやら、中が丸見えな事は問題ではないようだ。

Gemini作。ベッド完成しとる


坂木も笑顔で手を振り返す。

石井の笑顔を見ていると、実家で飼っていた柴犬を思い出す。名前は『おもち』という、5歳のオスだ。

おもちの顔を浮かべながら、坂木は玄関のチャイムを鳴らす。
そのまま玄関で出迎えられると思ったが、ガラリと重いガラス戸が開けられた音がすぐ横で聞こえた。

「どうぞ!散らかっていますけど!」

夜なので抑えてはいるが、石井の声はよく通る。窓から顔を出して手招きしている。

「お邪魔します」

ニコッと会釈して、坂木がドアノブを回したが開かない。
しっかりと鍵が門番してくれている、硬質な音が中から聴こえてきたのであった。


石井が組み立てようとしていたのはシングルベッドだったようで、辺りには説明書、ネジとパーツ、雑に開けられた箱が転がっていた。

説明書を読みながら、二人で協力して組み立て作業を進めていく。

あとは板を置くだけで完成という所で石井は「休憩にしましょう」と言って、麦茶と、一部が粉々に砕けたルマンドを出してきた。
「いただきます」と、粉が散らばるのを気をつけて坂木はルマンドの袋を開けた。

ルマンドはこんな食感だっただろうか?

幼い頃、祖母が出してくれたルマンドの味を思い浮かべながら、坂木はモソモソと湿気た食感のルマンドを咀嚼した。
(次の日、職場で石井が謝ってきた。賞味期限が二ヶ月ほど切れていたらしい)

「まだ片付いていなくて…」

と、石井が恥ずかしそうに言った。

「うちもまだまだです」

坂木はそう言ったが、彼の方はダンボールから荷物を出すだけであった。

謙遜ではなく、石井宅は本当に片付いていないようで。照明は一部のみ、家電は冷蔵庫とポータブルストーブ、湯沸かし器と掃除機が床の上に雑然と転がっているだけだった。

(手伝いましょうか)

と提案するのは失礼だろうか。
石井さえよければ、手伝ってあげたい。

本棚とかも置くのだろうか?
一人で大丈夫かな?
明日には誰か手伝いに来てくれるのかもしれないけど。僕でよければ───

そんな事を考えながら、坂木は中を見回す。

「配置のイメージとかあるのかな?」

つい、心の声が出てしまったようだ。
それに石井が返事をする。

「まだ考えてなくて」
「あ、すみません。勝手に」
「いえ、助かります!」

ニコッと石井が笑う。
「明日、またよろしくお願いします」
「えっ?あっ、はい」

そういう流れとなった。


役場の仕事が終わり、夕食を済ませてから隣人の家へ向かおうと、炊飯器の蓋を開けた時だった。

着信音が静かな部屋に鳴り響く。
見れば、石井だった。

「蕎麦食べに行きませんか?」



車は石井が出してくれる事になり、坂木は助手席に大人しく座っていた。

(組み立ては……?)

と思わない事もなかったが、坂木もこの町の外食事情には興味がある。
町の事をもっと知れる、良い機会だとも思っていた。

「いらっしゃいませ〜!あらあら!お若い二人がようこそ!」

蕎麦屋の女将が、田舎は退屈でしょ〜?などと言いながらお冷やを持って並べる。

「オススメはありますか?」

メニューを広げて、石井が女将に訊く。

「うちはね、厚焼き玉子が自慢なの」
「お蕎麦屋さんなのに!?」

石井が思ったままを言う。
坂木は飲んでいた水を吹き出しそうになって口を押さえた。

「あとね、茶碗蒸しも美味しいの」

一向に蕎麦の名前が出てこない。
二人のやりとりはコントを見ているようで、坂木は俯いて震えている。

そこへ後から入ってきた客が「女将さん、カツカレー」と言うので、石井は声を上げて笑い、坂木は耐えられなかった。


「………お蕎麦もおいしかったですね」

助手席で、坂木が言った。
結局、石井は盛りそばを大盛りで頼み、坂木は天そばを頼んだ。

サービスで厚焼き玉子の小皿が添えられて、石井が「やったー!」と無邪気に喜んでいたのを思い出す。
みっちりと玉子の層が締まっていて、甘めで丁度良い塩気もあり、醤油をかけなくても美味しい厚焼き玉子だった。

「また食べに行きましょうね」

と、ハンドルを操作しながら石井が言う。

このまま石井の家に向かい、組み立て作業を始めるものと思っていたのだが、坂木の家の前で車は止まった。

「えっ?」

戸惑いながらも、坂木は助手席から降りて車のドアを閉める。

「また行きましょう!おやすみなさい」

爽やかに挨拶を残して、石井はそのまま自宅へと戻って行ってしまった。

「ベッドは……いいのかな…?」

さすがにカーテンはつけたようで、ベランダからは、もう中も見えない。分かるのは、照明が点灯した事だけだった。



───あれから何度か『手伝い』として石井の自宅に向かうも、なぜか映画鑑賞が始まったり、ビールを飲みながら談笑したり、坂木が実家の『おもち』動画を石井にお披露目したりで、シングルベッドの組み立てどころかダンボール開封の作業すら進んでいなかった。

それでも坂木は石井の家に向かったし、石井は「明日もよろしくお願いします」と言って坂木を見送った。

しかし、坂木はそれに疑問を呈する事は無かったし、石井も気が付かない様子だった。


そんなある日、町で停電が起きた。

原因は電柱の断線だった。
人が近寄ると危ないので急ごしらえのバリケードを用意し、現場の確認やら付近の住民らの安否やら、電気で汲み上げるタイプの水道の家を一軒一軒回るなどで町内を走り回り、ようやく帰宅できたのは21時も近い頃だった。

まだ電気は通っておらず、辺りは真っ暗だ。
坂木はスマートフォンの電灯でドアノブを照らして、玄関の鍵を開ける。

隣でもガチャガチャと鍵を回す音が。
ガチャガチャと、
ガチャガチャ……。
暗がりの中、音が響いている。

石井は役場では勤務態度は良く、大きなミスも無い。愛嬌があって人当たりも良い。
自宅に戻ると彼は油断するのだろうか。

足首くらいまで積もった雪を踏みしめて、坂木は石井の元に向かった。
そして、後ろからスマホの電灯で照らしてやる。

「ヒィッ!!」

と、石井は驚いて飛び上がった。

「あっ、無言でびっくりしましたよね。ごめんなさい」 

何度か顔を合わせるうちに、坂木の口調もだいぶ砕けてきていた。

「ハァ……ハァ…ッ、ぼ、ぼく、暗い所が苦手で…ごめんなさい!」

胸を押さえ、荒く息をつきながら途切れ途切れに石井が言う。
そんな石井を見て、坂木は(おもちも怖がりだったな…)と思わず頬を緩ませていた。
石井はそれどころではないのだが。

「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。……あぁーっ!!!怖い!」

ガチャリと、鍵が開く音にすら怯えている。
放っておけない。

「僕がついてますよ」

背中に手を添えて、自宅に入るのに腰が引けている石井を坂木が後ろから支える。

「はぁ……っ、やだなぁ………コワイッ」

一歩、一歩と足を踏み出すたびに石井が何やらぶつぶつと呟いている。
励ますように、坂木は優しく背中を押してやった。

「坂木さん!」
「はい」
「居ますよね!?」
「居ますよ」
「ハァ…ッ、ハァ……」

どうも進みが遅いと思ったら、目を硬く瞑って石井は前を進んでいる。
大丈夫なのだろうか。

片手で坂木は玄関も押さえてやる。
転ばないよう、気をつけないと。

「あっ」

しかし、うっかり石井の背中を押すのに意識が向いて、ドアを押さえていた手を離した途端、坂木を外に置いて玄関が閉まってしまった。

中から悲痛な叫び声が聞こえた。

「石井さん、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶです……」

語尾が消え入りそうになっているが、無事のようだ。ドアの外から坂木が声をかける。

「それでは僕は戻りますが、何か困ったことがあったら………」
「帰らないでぐだざい!!!」

必死の形相で石井が飛び出してきて、坂木の腕にしがみつく。彼の手はガタガタと震えていた。

石井はホラーや暗い所は怖くて苦手なのだと、映画鑑賞をしている時に聞いてはいたが、ここまで怯える人を坂木は見たことが無かった。

今までこの人はどうやって生きてきたんだろうか。ここに来る前は誰かにこうやって…─────

「?」

胸の内で一瞬、淀んだ何かが広がった気がした。

今のは何だったのだろう?
とぼんやりしていると、震える手で両手にしがみつかれて、坂木は視線を戻す。
そっと、優しく石井に声をかけた。

「……石井さん、懐中電灯とか用意はしているんですか?」
「………どこかに、入って、ると、思い……ます…」
「そうですか。良かったら、家に来ませんか?僕も心細いので」

おそらく、ダンボールの箱山のどこかに懐中電灯は眠ったままなのだろう。

坂木からの提案に、石井は荒く息をつきながら、唾を飲み込んでコクコクと首を振った。

石井が低く身をかがめているので、暗がりでも頭頂部が目に映る。

(……撫で回したい)

不意にそんなことを思いながら、そういえば、と坂木は呑気に思い出す。

新任の挨拶回りをしている時も、石井に対して同じ事を思っていた気がする。

ハキハキとよく通る声、
快活な笑顔、
黒縁眼鏡の奥に見える黒目がちな瞳、
握手をしたまま、
石井はこちらを真っ直ぐに見ていた。

綺麗な目をしていると思っていたら、
脳内に『おもち』が飛び込んできたんだった。

(撫で回したい)


そう思った事に、もっともらしい理屈を後付けしただけだったのかもしれない。


今は、可哀想な程に怯えきっている石井を安心させてやりたい。

玄関に辿り着くまでに声をかけ続けてやり、転ばないよう気をつけて石井を導く。
 
静かな冬空の下、ドアの閉まる音と施錠の音がカチリと鳴る。
それからまた、辺りは静けさを戻していた。



◇◇◇


作中ではベッドは組み立てられていないままで、果たしてベッドは無事完成するのか、骨組みのまま年を越すのか、おもちは元気にしているのか。
ルマンドメインに持ってくるリベンジまたもや敗北しました。難しい!

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。新参が飛び込んでも受け入れて下さり、企画元様にも感謝です。

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