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真犯人は校長先生第16章 二学期の新入生 3

しかし。

私はゆっくりと目を閉じ、それから大きく息を吐き出した。

跳ね上がろうとした心拍数を、六十の深海へと引きずり下ろす。
私の脳細胞の奥深くで、全ての情報が、新たな盤面として再構成されていく。

私は目を開け、如月瞬の顔をまっすぐに見つめた。
今度は、ポーカーフェイスの裏側にある「大人の狡猾さ」を隠すことなく、完全な支配者の笑みを浮かべて。

「……如月君。君のプロットは実に見事だ。父親の法的な権力を盾にするというのは、子供としては最高の段取りだよ。だがね――君は一つ、致命的な『社会のルール』を勘違いしている」

「何ですか?」如月瞬が不快そうに眉をひそめる。

「君のお父様、如月最高法務顧問はね。確かに素晴らしい弁護士だ。だが――彼は『完璧な正義の味方』ではない。ただの、組織に雇われた大人の一人に過ぎないんだよ」

私は胸ポケットから万年筆を抜き取り、デスクの上の「一枚の書類」を彼に向けて滑らせた。

「これは……?」如月瞬の目が、その書類に釘付けになった。

「君のお父様が、過去五年間にわたって、教育委員会の特定の天下り団体から受け取っていた『裏の顧問報酬』の完全な流出データ(ログ)だ。……高坂君が君のワームを解析する過程でね、君のお父様が君に与えていた『教育委員会の認証パスワード』のログを逆に辿ったんだよ。そうしたら、お父様の個人PCの隠しフォルダから、これが出てきてね」

「な……嘘だ……! 父さんが、そんな……!」

如月瞬の顔から、初めて絶対的な自信が消え、動揺が走った。

「大人の世界というのはね、如月君。君が思うよりも遥かに汚く、そして脆い『段取り』でできているんだよ。君が私を法的に破滅させようとした瞬間、このデータが検察庁の特捜部へ自動送信される。君のお父様は一瞬で逮捕され、君の言う『法的な盾』は木っ端微塵に砕け散る」

『あはは! チェックメイトだよ、如月君!』

イヤホンから健太君の、勝ち誇った大笑いが響く。

『高坂君が、君のワームの主制御権(マスターキー)をお父様の裏口座の暗号データと紐付けし直したんだ。君が今そのエンターキーを押したら、国家がハッキングされる前に、君のお父様の犯罪が世界中に大拡散されるよ。さあ、押しなよ。君の言う「初期化」とやらを、自分の父親の人生で試してみるといい!』

「あ……、あ……」

如月瞬はスマートフォンを握りしめたまま、その場に立ち尽くした。
彼が絶対の安全を信じていた「大人の力」は、彼自身が持ち込んだ認証データのノイズによって、完全に自らを縛る鎖へと変わっていた。

「如月君」

私は彼の前に立ち、その震える小さな肩に、そっと優しく手を置いた。

「君の負けだ。だが、絶望する必要はない。君のその圧倒的な知性は、こんな汚い大人の復讐劇のために浪費されるべきではないんだ。これからは、高坂君や佐藤君と一緒に、この学校の日常を、そして子供たちの未来を守る『調律師』として、その力を正しい段取りのために使ってみないかね」

私はポケットから白いハンカチを取り出し、彼の冷えた手に握らせた。

如月瞬は、しばらくの間、スマートフォンの画面とハンカチを見つめていたが、やがて小さく「……わかりました」と呟き、深く頭を下げた。

彼の瞳から、あの冷酷な虚無が消え、生まれて初めて「信じられる大人」に出会ったことへの、微かな光が灯っていた。

事務室の窓の外では、二学期の始まりを告げる美しい夕焼けが、校庭を赤く染め上げていた。

三人の天才少年を裏方に迎えた、私の完全犯罪の日常。

緑ヶ丘中学校という舞台の裏側で、大人の被る完璧な仮面と、少年たちの紡ぐ新たな論理は、これからさらに完璧な、誰にも破れない絶対的な聖域へと進化していくのだ。

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