やるべきことは、“からだを整える”、それだけ
2025年12月、翠山大学のZINEに寄せたコラム。
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なにをやっても、うまくいかない気がする。
なにをどうしたらよいのか、もうわからない。
こんな気持ちになったことって、今まであったっけな。
そういえばこういうのを「スランプ」というのかな?
「スランプ」と検索したら…
「壁にぶつかったら、少し休んでみるとよいでしょう」
って、書いてある。
そうです、私は今、本当はしばらく休みたい。
でも、休めないんだよねえ…。
2024年6月、私はSNSに上記のような投稿をしている。
休みたいけど、休めない。それは、常勤スタッフを雇用しているために、事業を止めるわけにはいかないという意味だ。しかしそれから約1年の間に常勤スタッフはゼロになった。そして2025年春、私は、「休む」すなわち「立ち止まる」ことができる状況になった。
何が正しいのか、何をしたいのか、何もわからなくなった。今までやってきたこと、それは「成功」と呼ばれるのかもしれないが、それらすべてが混沌としたドロドロの液体になったような感じ。
「これは蛹から蝶になる過程なのかな。」
ぼんやりと、そんな風に思っていた。
思えば、2003年に渡邉格(イタル)と結婚し、同時にパン修行が始まってから、「田舎でパン屋を生業として社会起業家として成功する」という目標に向かって、ガムシャラに進んできた。ただ単にパン屋として有名になりたいというわけではなく、社会的意義のある仕事をしたいから、知名度を上げて発言権を得たいと望んでいた。
そして思いがけず、2013年に出版されたイタルの著書「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」(講談社)がヒットして、私たちは大きな渦に巻き込まれていった。さらに同著が韓国でベストセラーになり、「タルマーリー」という店の名前が国内外で多くの人々に知られるようになった。
しかし今思えば、それから私たちは『腐る経済』という成功体験に居着いてしまった。「勝ちに居着く」ということについて、武道家の内田樹先生はこのように書かれている。
競争を通じてのみ人は能力を高めるという命題は真ではない。(略)それは私が「競争する人」ではなく、「修行する人」だからである。
武道修行では「勝負を争わず」ということを最初に教えられる。(略)負ければ負けに居着き、勝てば勝ちに居着く。そして、「居着き」こそは、修行上の最大の禁忌だからである。
修行というのは連続的な自己刷新のことだ。だが、「勝ちに居着いた人」はもう成功体験を手離せなくなる。「勝ちパターン」を繰り返し、他人にも「成功するにはこうしろ」とうるさく教えるようとする。そうやって「勝ちに居着いた人間」は成長を止める。
(信濃毎日新聞2025年7月31日)
『腐る経済』の出版以降、店への来客数は格段に増え、日々がお祭り騒ぎになった。しかしその舞台の岡山県から鳥取県智頭町へ移転するという、だいぶ異常な行動に出たタルマーリーはさらに世間から注目を集め、移転後もかなりの頻度でメディアに取りあげられた。
そんな中で勝ちに居着いた私たちは、事業規模が身の丈を超えていくことを止められなかった。スタッフを増やし、それに見合う売上げを上げるためにパンの製造量を増やし、「地域社会の発展のために」という外側からの要請にも応えようと気負っていた。さらに『腐る経済』でマルクスの視点から掲げた理想的な労働条件を整えようと努力したが、それは労働者にとって押し付けがましいものでしかなかったのかもしれない。
それからパンデミックを経て来客数はぐっと減り、お祭り騒ぎは終了した。それでも従業員と彼らの製造技術を維持しなければならない。そのために卸売と個人通販の事業を必死で拡大した。
それまでに築いた“パン屋”としての高い知名度のお陰で、そのまま“パン屋”を事業の主軸にしていれば、恐らく経営は継続できただろう。しかし、地域の農産物と野生の菌で丁寧に作った田舎のパンを、都市に住む人々に宅急便で送る…ということが、本当に私たちがやりたかったことなのだろうか?
何かおかしいと感じても、勝ちに居着いたまま既存の状態を維持できていると、自ら立ち止まることは非常に難しい。けれど私たちの心身が「ちょっと休んだ方がいいよ」と教えてくれた。イタルが糖尿病で入院し、そして私もかなりしんどくなり、最終的には「イタルとマリコ」という核だけがぽつんと残った。
今になって思えば、いつの間にか私たちは「競争」の中で、いかに多くのパンを売って売上げを増やすか…というマーケティングに労力を費やすようになっていた。そしてタルマーリーは若い人々の「修行」の場でありたいと思っていたはずが、結局は「競争」の場でしかなくなっていたのかもしれない。
人間はその渦中にいると、何が苦しみの原因なのかさえ見えなくなる。イタルの病が悪化していく中で、私たちは夫婦の信頼関係まで失いかけた。苦しさをお互いのせいにしてしまったのだと思う。結局、崩壊まであと一歩のところで辛うじて「家族」という一番大切な存在を守ることができた。
こうしてやっと「勝ちに居着く」状態から抜け出した。これはこれまでのやり方を強制終了せざるを得ない状況になったからこそ可能だったが、ここから生涯抜け出せない人も多いかもしれない。
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