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「プライドが高い」は悪口じゃない。それは、不条理な世界で私たちが「自分」として生き抜くための、最強の武器だ。

「プライドが高い」

 この言葉を聞くと、皆さんはどんなイメージを持ちますか?

 おそらく、多くの人が「傲慢」「扱いにくい」「鼻につく」といった、ネガティブな悪口として受け取ってきたのではないでしょうか。私もかつてはそう思わされていました。

 でも、はっきりと気づいたんです。
 それは大きな間違いだと。

 むしろ今のこの世の中において、「プライド」こそが、私たちが「私として」生きるための最後のとりでなのです。


誰かのための「謙虚」なんていらない

 これまでの私の記事でも触れてきた通り、日々のニュースやマスコミが垂れ流す情報の多くは、突き詰めれば「既得権益を持つ金持ちや権力者にとって都合の良いストーリー」であることがほとんどです。
「身の程を知れ」「空気を読め」「自己責任だ」――。
 そんな言葉の暴力によって、多くの善良な人たちが自信を奪われています。自分を小さく見せ、システムの一部として大人しく振る舞うことが「美徳」だと刷り込まれているのです。
 でも、もうそんな欺瞞に付き合う必要はありません。
 社会が勝手に決めた「勝ち組・負け組」の物差しなんて、放り捨ててしまえばいい。誰に否定されようと、誰に不当に扱われようと、あなたという人格は、宇宙にたった一つしかありません。

あなたは、あなたのままでいい

 今、自信を失いかけているあなたへ伝えたい。
 あなたは、そのままで十分素晴らしい。何かができるから偉いわけではない。お金を持っているから価値があるわけでもない。
 喜び、悲しみ、悩み、そして今日を生きている。その「あなた自身」であること、それだけに、絶対的な価値があるのです。
 私がここで言う「プライド」とは、他者を見下すことではありません。
「私は私である」ということを、誰にも譲らないこと。
 自分の人生の主導権を、他人の誰にも明け渡さないという気高さのことです。

今井美樹「PRIDE」が教えてくれること

 このことを考えるとき、ふと今井美樹さんの名曲『PRIDE』が心に浮かびます。
 優しく、けれど芯の強いあのメロディと歌詞。

 この歌で歌われる「プライド」は、決して見栄や虚勢ではありません。自分の愛するもの、信じるもの、そして自分自身の生き方を大切にするという、静かで熱い決意です。
 私自身もそうありたいと思うのです。
 世の中がどれだけ殺伐としても、理不尽なニュースが溢れていても、自分の内側にある「自分への愛」や「人間としての誇り」だけは、決して汚させてはいけません。

どこまでも高く、誇りを持って生きて行こう

 だから私は提案したい。
 これからは、堂々と「プライドを高く」持って生きていきましょう。
「私は私だ。文句あるか」と心の中で笑ってやればいい。
 そのプライドは、あなたを孤立させる壁ではなく、あなたを不当な扱いから守るよろいとなり、明日を切り拓く剣となります。
 私たちが一人ひとり、自分の価値を認め、胸を張って生き始めたとき。
 それこそが、権力者が最も恐れる「個の自立」であり、本当の意味で豊かな社会への第一歩になるのです。
 誰にも代えがたい、あなたとして。
 そして、私として。
 今日を、最高のプライドと共に生きていきましょう。

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