条文を読んでいて、昔の窓口のことを思い出す
公務執行妨害の条文を読んでいて、少し引っかかる。
公務員が仕事中に殴られたり、強く抵抗されたりしたら、何でも公務執行妨害になる。
何となく、そう思っていた。
でも、どうもそうではないらしい。
ただ公務中であることと、法律上の「公務執行妨害」が成立することは、同じではない。
そこには、自分が思っていたより細い線が引かれている。
公権力の行使。
条文を読んでいると、この言葉の幅は、自分が思っていたよりずっと狭い。
そう考えていたら、昔、役所の窓口で殴られたことを思い出す。
東日本大震災があった次の週の月曜日だった。
窓口で騒いでいる人がいた。
止めに入ったら、殴られた。
窓口の責任者でもあったので、部下と一緒に取り押さえる。
民間人として現行犯逮捕を告げて、そのまま警察に引き渡す。
でも今になって条文を読むと、あれは暴行や傷害にはなっても、公務執行妨害ではなかったのかもしれないと思う。
公務中ではあった。
仕事として止めに入った。
体も張った。
それでも、法律の見方は少し違うらしい。
公務執行妨害になるには、ただ公務員が勤務中というだけでは足りない。
適法な職務を執行していることが必要になる。
しかも、その職務も、ただ現場で頑張っているというだけでは足りない。
公権力の行使として見られるかどうかが大きいらしい。
理屈はわかる。
たとえば、生活保護の決定通知を出す仕事は、一見すると静かな事務作業に見える。
でも、その一枚の通知で人の生活は直接動く。
あれは、まさに公権力の行使なのだと思う。
一方で、窓口で騒ぐ相手をなだめたり、止めたり、現場を何とか回したりする仕事は、ものすごく大変でも、それだけでは同じ意味での公権力の行使とは言えない。
頭ではわかる。
でも、少し違和感も残る。
窓口をうまく回そうとして頑張っている担当者より、決定通知を作っているケースワーカーのほうが、公権力の行使に近い。
理屈としてはそうなのだろう。
でも、現場で受ける緊張感や負荷は、また別の話でもある。
法律は、人の権利義務を直接動かす場面を、かなり冷静に拾う。
その代わり、現場で泥をかぶるような仕事の重さとは、少し違う物差しで動いているのだと思う。
今回の話で、少し身につまされる。
新しい条文に振り回されたわけではない。
前からある条文の、前からある境界を、自分がちゃんとわかっていなかっただけなのだと思う。
そう考えると、なかなか情けない。
しばらく、情けない気分のままでいた。
でも、たぶんこういうことは他にもある。
わかったつもりで通り過ぎてきたこと。
本当は線が引かれていたのに、ちゃんと見えていなかったこと。
そういうことは、法律に限らず、世の中のたいていのことでも同じなのかもしれない。
