【#創作大賞2026/#エンタメ原作部門】応募作品『無償の愛』
~無償の愛 ―自由奔放だった私が、本当の『重力』を知るまで~
あらすじ
自由奔放に生きていた18歳の「私」は、ある雨の深夜、捨てられたばかりの小さな子犬を拾う。口周りと耳の先だけが黒いその子犬を「久麻(くま)」と名付け、家族として迎えた。
仕事の失敗や恋人との時間など、多忙な日々の中で「私」とくーたんの距離が開く時期もあった。しかし、どんなに遅く帰っても、くーたんだけは何も聞かずに寄り添い、無償の愛を注ぎ続けてくれた。やがて「私」は結婚し、母となる。実家を離れても、くーたんは「私」の子供たちを優しく見守る守護神のような存在であり続けた。
また、くーたんを母のように慕って育った猫の「あゆ」との種族を超えた絆も、家族の形をより深いものにしていく。 出会いから13年。老いたくーたんの黒い毛には白いものが混じり、病魔がその体を蝕んでいく。目が見えず耳も聞こえなくなった最期の日、くーたんは「私」の気配を察した瞬間、奇跡のように立ち上がる――。
一匹の犬と一人の女性が共に歩んだ13年間の軌跡を通じ、形を変えながら受け継がれていく「無償の愛」を描いた、エッセイ風小説。
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登場人物紹介
**私(りり:天真爛漫でまっすぐな性格。18歳で久麻と出会い、共に過ごす13年間の中で、母となり、一人の大人として精神的な成長を遂げていく。
**久麻(くま/くーたん):雑種のメス犬。**口の周りと耳の先が黒い。凛々しい顔立ちのため、赤い首輪で女の子アピールをしないとオスに間違われることもあるが、性格は非常に温厚で、特に子供や弱い者に対して優しい。
**母(ななこ):面倒見が良く、生き物をこよなく愛する優しい女性。久麻の世話を献身的に支える。
**父(たかし):子供が大好き。りりが結婚してからは、孫の子守りを積極的に引き受ける。
**あゆ:雑種のメス猫。**くーたんが家族になって2年後、保護猫を子猫から迎えた。くーたんの乳を吸って育った、くーたんを母のように慕う存在。
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第1章 雨の夜の贈り物、運命を変えた小さな鼓動
十代後半の年。バイトが終われば、夜の静寂を切り裂くように、女友達と街へ繰り出すのが常だった。
露出の多い派手な色のトップスに、流行りのミニスカート。厚底のブーツを鳴らして、海沿いの道を走る車の窓から、潮風を頬に受ける。カラオケで喉が焼けるほど歌い、深夜のファミレスで意味のない会話に花を咲かせては、腹を抱えて笑い転げる。
その頃の私は、自由こそが幸福のすべてだと信じて疑わなかった。どこにも根を下ろさない「根無し草」のような軽やかさだけが自慢で、誰にも縛られず、気ままに夜を泳ぐ猫のような
生き方に憧れていた。親の小言も、ぼんやりとした将来への不安も、すべては「今」という熱狂の中に溶かしてしまえばいい。
浮ついた足取りで夜の街を泳ぐ私にとって、責任や絆なんてものは、自由を奪う重荷でしかないと思っていた。犬のように真っ直ぐな愛情を向けられることさえ、当時の私には少し重たすぎたのだ。
そんなある日の深夜、激しい雨が世界の輪郭を曖昧に溶かしていく夜だった。
遊び疲れて車を走らせていた私は、街灯の乏しい海岸沿いの道端に、闇よりも深い色をした小さな「塊」が、まるで星の欠片のように震えているのを見た。
ブレーキを強く踏み、ドアを開けると、叩きつけるような雨音に混じって、銀色の糸を引くような、消え入りそうな鳴き声が聞こえた。
アスファルトに反射する街灯の鈍い光が、雨粒を宝石のように輝かせ、その中心で小さな二つの瞳だけが、迷子の星のようにまたたいている。
「……え?」足元にいたのは、ずぶ濡れで震える、手のひらに乗るほど小さな子犬だった。
捨てられたばかりなのだろうか。段ボールもなく、ただ冷たい地面にへばりつくようにして、助けを求めるように私を見上げていた。
その瞬間、胸の奥を鋭い痛みとともに、言葉にできない衝動が突き抜けた。 「大丈夫、大丈夫だよ」
私は迷わず、着ていた派手な色のカーディガンを脱ぎ、泥だらけの子犬を包み込んだ。
ショッキングピンクの布地が、雨に濡れて夜の闇に鮮やかに浮かび上がる。それはまるで、冷たい世界からこの小さな命を切り離す、魔法の幕のようだった。
腕の中に伝わってくる、壊れそうなほど細かく、でも必死に刻まれる鼓動。それは、冷たい雨の夜に灯った、たった一つの小さな命の灯火だった。
自由奔放に生きてきた私の世界に、自分以外の「命」という名の重力が、初めてずしりと入り込んできた瞬間だった。
私は、その温もりを離さないよう、カーディガンの上からさらに強く抱きしめた。雨音はまだ激しく世界を叩いていたけれど、私の耳には、腕の中の小さな寝息だけが、何よりも力強く響いていた。
この子を、絶対に死なせない。
根拠のない、けれど揺るぎない決意が、冷え切った私の身体を内側から熱く焦がした。
私は子犬を助手席に乗せ、震える手でハンドルを握り直し、家へと急いだ。
その夜、私は一睡もできなかった。
タオルで拭き、段ボールに毛布を敷いて作った急ごしらえのベッドの横で、ただじっと、その小さな胸が上下するのを眺めていた。時折、子犬が夢を見ているのか、小さく「くぅ……」と鼻を鳴らすたび、私の心臓も同じリズムで跳ねた。
窓の外が白み始め、雨が霧雨に変わる頃、ようやく私は、この子が私の人生に舞い降りたという現実を、静かな高揚感とともに受け入れていた。
次の朝、私は短大の講義に出るため、いつも通り朝早く起きて朝ごはんを食べた。
子犬のためにミルクを温め、浅い皿に入れて部屋に置いた。 「ちゃんと飲んでね。すぐ帰ってくるから」と声をかけて、ベッドの中に潜り込ませ、そのまま学校へ向かい、放課後はそのままバイトへ出かけた。 講義中もバイト中も、ふとした瞬間に子犬のことが頭をよぎった。ちゃんと飲めただろうか。寂しがっていないだろうか。 夕方、仕事を終えると、誰よりも早く家に急いだ。玄関を開けると、リビングから母の声が聞こえた。
「りり、おかえり。ちょっと、これを見なさい」
母の手元には、白い紙にセロハンテープで一匹ずつ丁寧に貼り付けられた、おびただしい数のノミがあった。黒く小さな粒が整然と並ぶその光景に、私は思わず顔を背けそうになった。 「この子、身体中にノミが数十匹もいたのよ。あなたが学校やバイトに行っている間、ずっと鳴いていたから……。放っておけなくて、一日中こうして取ってあげていたの」
母の言葉は静かだったけれど、そこには命を預かることへの覚悟が滲んでいた。ただ「可愛い」と拾ってきた私への叱責以上に、目の前の弱った命を放っておけない母の、不器用で深い慈愛が胸に刺さった。
母は仕事に行く前に洗濯物を干そうと私の部屋の前を通りかかり、聞いたことのない「くうーん、くうーん」という弱々しい鳴き声を耳にしたという。恐る恐る布団をめくると、そこに小さな子犬が丸まって震えていた。驚きながらも、お腹を空かせた子犬にミルクを与え、体を優しく拭きながら、私の帰りを待っていてくれたのだ。
「どうするつもりなの?」
母の問いに、私は迷わず答えた。
「この子、絶対に幸せにする。私が、この子の世界になるんだ」
「りり、本当に面倒見られるの? 責任は一生ものよ」
母の言葉は、命を預かることの過酷さを知っているからこその警告だった。でも、私はこの子をもう離したくなかった。
第2章 家族の名前、守護神の誕生
その夜、家族会議が開かれた。
母はあれほど手を尽くしてくれたが、それはあくまで目の前の命を放っておけなかっただけで、飼うことには別問題として反対だった。 父、母、私、弟の四人がリビングのテーブルを囲む。 重い空気の中、選択肢が挙げられた。
1. 元いた場所に戻す
2. 保健所に連れて行く
3. 家族で飼う
意外だったのは、普段は生き物に優しい母と弟の反応だった。二人は現実的な厳しさを持って、ずっと「元いた場所に戻すべきだ」と主張した。
「お母さん犬が探しているかもしれないし、勝手に連れてくるのは誘拐と同じよ」母の言葉に、弟も「そうだよ、自然のままがいいんだよ」と頷く。
父も決して賛成ではなかった。けれど、昔から私に甘い父は、私の必死な形相を見て最後には折れた。
「……りりがここまで言うなら、責任を持って飼わせるしかないだろう」 そう言って席を立った父だったが、ふと子犬の入った段ボールを覗き込み、誰にも聞こえないような小さな声で「……腹、減ってないか」と呟いたのを、私は見逃さなかった。
母は「お父さん、りりをいつもそうやって甘やかすんだから!」と憤慨し、リビングの空気はさらに険悪になった。
それでも、私の意志は微塵も揺らがなかった。 「元いた場所に戻したって、この子はおそらく野良犬よ。母親の元に返したところで、いずれは保健所に通報されて回収されるだけ。今、目の前で出会ったこの子だけでも、人間のエゴから守りたいの」
普段は口下手なはずなのに、こんな時だけはもっともらしい理屈が、次から次へとスラスラと言葉になって溢れ出した。
私は必死に懇願した。この出会いは偶然なんかじゃない。 運命が、私の人生にこの子を届けてくれたんだと、心の底から信じていた。 長い議論の末、結果は「飼う」方向で決まった。 その瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。 安堵と、喜びと、これから始まる責任の重さ。すべてが混じり合った涙が、思わず目頭を熱くした。 名前はもう、私の中で決まっていた。「久麻(くま)」。 口の周りと耳だけが黒く、それ以外は柔らかなベージュ色。 まさに小さな熊の赤ちゃんのような風貌だった。
しかし、これが家族の間で一悶着を生んだ。「かわいい顔してる女の子なのに、なんて名前なの! かわいそうだし、恥ずかしくて呼べないわ!」と母が猛反対。
父も「もっと女の子らしい、可愛い名前がいいんじゃないか」とフォローする。弟は「クマじゃなくて、モコとか、みるくとかどう?」と次々に案を出した。でも私は譲らなかった。
この子を見た瞬間に、「久麻」以外の名前が一切浮かばなかった。

その名前が、一番しっくりと、心に響いたのだ。結局、正式名称は「久麻」として、日常では「くーたん」「くーちゃん」と呼ばれるようになった。 叱るときや真剣な話をするときだけは、「久麻! ちゃんと聞いてるの!」と、家族みんなが真面目な声で呼ぶようになった。こうして、くーたんは私の家族になった。
第3章 揺れる心と、変わらぬ重力
生後数ヶ月を過ぎた頃から、その学習能力の高さには家族全員が驚かされることになった。人の話を理解しようと首を斜め45度に傾けて聞き入る仕草は、まるでもっと詳しく教えてとせがんでいるようだった。


基本的なしつけは初日で完璧にこなし、「お手」や「伏せ」はもちろん、遊び半分で教えた「死んだふり」まで、三日目には前足をピクピク動かすアレンジを加えて披露するようになった。
一方で、柴犬らしい本能も鋭かった。自宅の敷地内に野良猫が近づこうものなら、低く唸って一瞬で追い払う完璧なセキュリティ。それでいて、近所の赤ちゃんや子供には、地面に伏せてお腹を見せる「にこ顔」で接する優しさも持ち合わせていた。
くーたんは、言葉を覚えることで私たちとの距離を縮めようとしているようだった。その賢さと忠実さは、私にとって唯一無二の誇り高き相棒の証だった。 しかし、そんな日々は徐々に変わっていった。二年生の短大を卒業し、アパレルショップの店員として社会人になった私は、理想と現実のギャップに打ちのめされる日々を送ることになる。
華やかな服に囲まれて笑っていればいいと思っていた仕事は、実際には売上ノルマと在庫管理、そして複雑な女社会の人間関係に神経をすり減らす過酷な場所だった。
仕事終わりに飲み会が続き、週末は恋人——
当時の彼氏——の家に泊まることも珍しくなくなった。
玄関を開けるたび、くーたんが期待に満ちた瞳で駆け寄ってくる。その姿を見るのが、次第に苦しくなっていった。

「自由」を謳歌しているはずの私の足首に、見えないリードが繋がれているような感覚。可愛いはずの彼女の存在が、時折、私を不自由にする「重荷」のように感じられてしまったのだ。

ある金曜日の夜、遊びに行く準備を整えて玄関に向かうと、くーたんがすでにリードを口に咥えて待っていた。尻尾を床に叩きつけ、「バタバタ」と乾いた音を鳴らして喜んでいる。しかし、私は、彼女の頭を軽く押し戻した。

「ごめん、今日は無理。明日お母さんに行ってもらって」 私がドアを開けて外に出ようとした瞬間、背後で「クゥ……」と、空気が漏れるような小さな鳴き声がした。振り返ると、くーたんは咥えていたリードをポトリと床に落とし、首を傾げて私を見つめていた。その瞳には、怒りも責める色もなく、ただ「どうして?」という純粋な困惑だけが浮かんでいた。
その瞳を振り切るようにしてドアを閉めた瞬間、心臓の奥が冷たく縮むのを感じた。 彼氏の車に乗り込み、都会のネオンの中を走り抜けても、その「冷たさ」は消えなかった。
カクテルグラスの縁で踊る光や、大音量の音楽に身を委ねていても、ふとした静寂にあの「バタバタ」という尻尾の音が蘇る。 「りり、どうしたの? 飲み足りない?」
友人に笑いかけられ、「全然! 飲もう!」とグラスを空ける。けれど、喉を通るアルコールよりも、家で私の脱ぎ捨てた部屋着の上に丸まっているであろう、あの小さな背中の感触の方が、ずっと生々しく私を追いかけてきた。
私は自由になりたかった。誰の期待にも応えず、ただ自分のためだけに時間を使いたかった。それなのに、くーたんの無言の信頼は、楽しんでいる私の背中に「裏切り者」というラベルを貼り付けてくるようだった。
散歩に行けないまま、申し訳程度に頭を一撫でして自分の部屋にこもる夜。壁一枚隔てた廊下で、くーたんが小さく鼻を鳴らす音が聞こえる。私は「ごめん、疲れてるの」と心の中で自分に言い訳を重ね、ヘッドホンをしてその音を遮断した。
そうして彼女を「後回し」にすればするほど、私の心はどこか空虚な場所へと滑り落ちていった。
そんな荒んだ気持ちで実家に立ち寄った時のことだ。リビングの扉を開けると、そこにはいつものように、くーたんがいた。 ある日、私は大きな在庫発注のミスをしてしまった。店長からバックヤードに呼び出され、一時間にわたって冷徹な声で叱責された。「あなたの代わりなんていくらでもいるのよ」という言葉が、鋭いナイフのように胸に突き刺さった。
逃げ出したい衝動を抑えて店に戻り、引きつった笑顔でお客様に応対する。けれど、心の中は土砂降りの雨が降っているようだった。
そんなボロボロの状態で、深夜にようやく実家の玄関を開けた時のことだ。
「りり、どうしたの? そんな顔して」
母が心配そうに声をかけてきたが、私は首を振るのが精一杯だった。
「ただいま……」
絞り出すような私の声に、くーたんは激しく飛びつくことはせず、ただ静かに歩み寄り、私の膝にそっと大きな頭を乗せてきた。
「……ごめんね、遅くなって」
床に座り込み、彼女の首筋に顔を埋める。伝わってくる温かい鼓動。店長に否定された自分も、ミスをした情けない自分も、くーたんの前ではどうでもよくなった。彼女だけは、どんな私であっても、ただ「私」であるというだけで、無条件に受け入れてくれる。

条件のない愛に触れ、私は張り詰めていた心を解きほぐされ、声を上げて泣いた。 この時、私はハッとした。仕事や遊びに追われ、彼女を「後回し」にしていた自分を、彼女は一度も責めていなかった。私がどれほど身勝手でも、彼女の愛の重力は一ミリも揺らいでいなかったのだ。 同時に、猛烈な恥ずかしさが込み上げてきた。私は「自由」を気取っていたけれど、その実、くーたんの優しさに甘えきり、彼女を都合のいい感情のゴミ箱にしていたのではないか。私が外でどれだけ奔放に振る舞っても、帰れば彼女がすべてを許してくれる。その安心感にあぐらをかき、彼女の大切な一生の時間を、私の気まぐれで削り取っていたのだ。 (このままじゃいけない。私は、くーたんに甘えすぎていた) 彼女は私がいなければ生きていけない存在だと思っていたけれど、本当は逆だった。私こそが、彼女の無償の愛がなければ、自分を保てないほど脆かったのだ。 私は、彼女に「親離れ」をさせなければならないと感じた。いや、正しくは私自身が、彼女を「都合のいい癒やし」として消費する自分から卒業しなければならなかった。 「ごめんね、くーたん。これからは、もっとちゃんとあなたを見るから。あなたの飼い主として、恥ずかしくない私になるから」 彼女の柔らかな毛並みに指を沈め、その温もりに抱かれながら、私は誓った。

それからの私は、意識的に生活を変えた。深夜まで遊び歩くのをやめ、仕事が終われば真っ直ぐ家に帰るようになった。
散歩は「義務」ではなく、彼女と同じ時間を共有する「特権」になった。彼女が道端の草の匂いを嗅ぐ時間、夕日に目を細める瞬間、そのすべてを隣で見届けたいと思うようになった。私が変わると、くーたんの瞳は以前よりもさらに穏やかな光を宿すようになった気がした。

くーたんが成犬としての凛々しさを増し、出会いから五年という月日が流れた頃、実家にも新たな変化が訪れた。
私が社会人として数年を過ごし、結婚を意識し始めた頃のことだ。
### 父の退職と、もう一人の親友
あれほど仕事人間だった父が早期退職を決めた。同時期に、我が家にはもう一つの大切な命が加わった。保護猫の「あゆ」だ。
生後間もないあゆを迎えた時、私たちは犬と猫の共同生活に不安を感じていた。しかし、くーたんの反応は意外なものだった。
震える子猫を前にしたくーたんは、獲物を追うような鋭さは微塵も見せず、むしろ慈しむように体を低くした。あゆが恐る恐る近づき、くーたんの懐に潜り込んで出ないはずの乳を必死に吸い始めた時、くーたんは驚くこともなく、ただ静かに目を細めてあゆの小さな体を大きな舌で毛繕いし始めたのだ。

その瞬間、くーたんは「守護神」から「母」になった。
冬の寒い夜、リビングの隅で大きな茶色の塊と小さな三毛の塊が一つに溶け合うように眠る姿は、種族を超えた絆そのものだった。あゆが庭で野良猫に威嚇されていれば、くーたんが静かに背後に立ち、その威厳で追い払う。あゆにとって、くーたんは絶対的な安心の象徴であり、くーたんにとってあゆは、守るべき小さな命だった。
くーたんは、私に「無償の愛」を教えてくれただけでなく、父の孤独を埋め、あゆに母性を注ぎ、バラバラになりがちな家族の心を一つの「重力」で繋ぎ止めてくれていた。
あゆが来てからというもの、我が家のリビングはさらに賑やかになった。
朝の散歩、昼間のトイレの世話、夜の最終チェック。母親は文句一つ言わず、淡々とこなしていた。私はというと、「とにかく甘やかす係」だった。家にいる時は徹底的に可愛がった。ソファにくーたんを上げて一緒にテレビを見たり、冷蔵庫のチーズをこっそり少しだけ分けてあげたり、叱ることはほとんどなかった。「ダメ!」と言う代わりに、「まあいいか」と笑ってしまう。好き放題に振る舞う私を、くーたんは決して嫌がらなかった。
それどころか、私が帰宅した瞬間、猛スピードで駆け寄ってきて前足を私の胸にかけ、顔中をペロペロと舐め回す。母親がどれだけ丁寧に世話をしても、くーたんにとって「一番」は私だったように思う。半分は私の思い込みかもしれない。でも、この子が私にだけ見せる従順さと甘え方は、本物のように感じられた。くーたんの見た目は、成長するにつれてますます堂々としたものになっていった。
ドーベルマンと柴犬の間くらいの体格——引き締まった筋肉質の体躯に、短めの毛並み。顔立ちは凛々しく、近所の人からは「ちょっと怖いね」と言われることも多かった。特に成長過程で垂れ耳がピーンと立派な三角形に立ち上がった時は、まるで本物の守護神のような威厳を放った。夕方、近所の子供たちがくーたんを見かけて「わあ、怖い!」と道の反対側に避ける姿を、私は何度も目にした。
しかし、その見た目を裏切るように、くーたんは子供や赤ちゃんが大好きだった。家の前で近所の幼稚園児が遊んでいるのを見つけると、くーたんは尻尾を低く振り、耳を少し後ろに倒し、目を優しく細めて近づいていく。威圧感ゼロの「にこ顔」になるのだ。小さな手が恐る恐る伸びて頭を撫でると、くーたんは微動だにせず、じっと耐えながらも嬉しそうに目を細める。赤ちゃんの泣き声が聞こえると、首を傾げて心配そうに様子をうかがう仕草まで見せた。ある夏の午後、近所のお母さんがベビーカーを押しながら通りかかった時のこと。生後半年くらいの赤ちゃんがぐずり始めると、くーたんはフェンス越しにじっと見つめ、鼻をヒクヒクさせながら小さく「クーン」と喉を鳴らした。お母さんが驚いて立ち止まると、私は笑いながら言った。
「大丈夫ですよ、くーたんは赤ちゃんが大好きなんです」。お母さんが恐る恐る近づけると、くーたんは地面に伏せてお腹を見せ、完全に降伏ポーズ。赤ちゃんが小さな手を伸ばして毛を掴んでも、ただ優しく舐めるだけだった。その光景に、お母さんは「こんなに優しい犬、初めて見た」と目を丸くしていた。
一方で、くーたんは子供と私以外には極めて厳しかった。自宅警備員としての責務を、日々忠実に全うしていた。敷地内に一匹の猫も入れない完璧なセキュリティ。夜中に近所の野良猫が忍び寄ろうものなら、低く唸って一瞬で追い払う。宅配便の人が来ても、フェンスの内側から鋭い視線を向け、怪しい動きがあれば即座に吠え立てる。その声は低く響き渡り、近所の人たちからも「くーたんがいるから安心」と評判だった。
母は「今日はくーたんがまた頑張ってくれたわよ」と報告してくれるのを聞くと、少し申し訳ない気持ちと、誇らしい気持ちが混じった。私がいない夜、仕事で疲れて帰り、くーたんの散歩をサボって彼氏の家に行ってしまう自分を、くーたんは決して責めなかった。
ただ、久しぶりに家に帰った時、玄関で私を見上げてくる瞳は、どこか寂しげで、それでいて嬉しそうで、私は胸が締めつけられる思いがした。

それでもくーたんは、私を一番に好きでいてくれた。

夜遅く帰宅した時、母親がすでに寝静まった家の中で、くーたんだけが起きていて、静かに尻尾を振って待っている。暗い廊下で光るその瞳を見ると、言葉にできない愛おしさが込み上げてくる。
「ごめんね、待たせちゃったね」
と抱きつくと、くーたんは大きな体を預けるように寄りかかってきて、温かい息を私の首筋にかけた。見た目はりりしくて怖がられるのに、心は子供のように純粋で、私にだけは甘えん坊。成長するにつれて体は大きくなり、力も強くなったけれど、私との距離感だけは、最初に迎えた頃のまま変わらなかった。
いや、むしろ、離れる時間が増えた分だけ、再会した時の喜びはより深くなっていったのかもしれない。
無償の愛——それは、くーたんが私に教えてくれたものだった。忙しい日々の中で、少しずつ距離が開いていっても、くーたんは変わらずに私を待っていてくれた。その事実が、私の心のどこかを、静かに、しかし確かに温め続けていた。
ある雨の日の夕方、母親がため息をつきながら「今日は散歩無理ね。くーたん、ごめんね」と呟いた。するとくーたんは耳を少し落とし、窓の外を眺めて小さくため息のような息を吐いたのだ。まるで「分かったよ、雨だから仕方ないね」と返事しているようだった。賢さはしつけだけにとどまらなかった。くーたんは問題解決能力も高かった。
玩具をソファの下に落とした時、ただ吠えるのではなく、前足を伸ばして必死にかき出そうとする。出せなければ、私の足元に来て「クーンクーン」と訴え、視線で「取って」と誘導する。冷蔵庫のチーズの匂いを嗅ぎつけて、冷蔵庫の前で座ってじっと見つめ続ける「無言アピール」も得意だった。母親が「今日はダメ」と言っても、私が帰宅すると特別に少しだけ分けてもらえることを、くーたんはちゃんと学習していたらしい。
本能の部分も非常に強かった。見た目通り、警戒心と縄張り意識は抜群だった。自宅の敷地内に野良猫が近づこうものなら、低く唸りながら一瞬でフェンス際に移動。決して無駄吠えはせず、必要最低限の威嚇で追い払う。まさにプロのセキュリティ犬だった。
一方で、狩猟本能も強く、近所の公園で落ち葉や小さな虫を見つけると、柴犬らしい低姿勢の「ストーキング歩行」で忍び寄る。まるでドーベルマンのような俊敏さで飛びかかる寸前まで行って、結局は優しく鼻で突っつくだけ。獲物を傷つけないところが、くーたんの優しさでもあった。子供たちとの関わりでは、学習能力と本能が融合した面白い行動を見せた。近所の子供がボールを投げると、ただ取ってくるだけでなく、わざとゆっくり転がして子供が追いやすい位置に戻す。まるで「一緒に遊ぼう」と誘っているようだった。
赤ちゃんが近くにいるときは、一切の粗相をせず、優しい目でじっと見守る。母が「くーたん、優しくね」と言うと、まるで理解したように耳をピクッと動かして、距離を保ちながらあやすような仕草をするようになった。
ある日、家族で小さな旅行に出かけた時のこと。ペットホテルに預けたくーたんは、最初は少し不安げだったが、スタッフの指示をすぐに理解し、問題行動を一切起こさなかった。帰宅した私たちを見た瞬間の喜びようは、まるで「ちゃんと待ってたよ!」と報告しているようだった。
その賢さと忠実さに、ペットホテルのスタッフからも「こんなに理解力の高い子、珍しいですね」と言われた。くーたんは、私にとって唯一無二の、誇り高き相棒だった。教えたことはほぼ100%吸収し、時にはこちらが予想しない方法で応用までする。言葉を理解しているかのような反応、状況判断力、そして生まれ持った本能。すべてがバランスよく備わっていた。
もちろん、賢いゆえの困った面もあった。おやつの隠し場所を完璧に記憶していて、ちょっと目を離すと椅子を押して登り、カウンターの上のおやつ箱に前足をかけるようになったり。母親が「くーたん、ダメ!」と叱ると、すぐに伏せて目を逸らし、申し訳なさそうな表情を作る。完全に「悪戯がバレた」と理解している顔だった。そんなくーたんを見ていると、犬という生き物がどれだけ人間と深く繋がれる存在なのかを、改めて思い知らされる。
学習能力の高さは、ただの「芸」ではなく、私たち家族への愛情の表れだったのかもしれない。くーたんは言葉を覚えることで、私たちとの距離をより近く感じようとしていたように思う。無償の愛をくれるくーたん。その賢さと本能は、私の日常を何倍も豊かで、温かいものにしてくれた。忙しい日々の中で、くーたんの「首をかしげる聞き耳姿」を見るだけで、心がふっと軽くなるのだった。
# 第4章 受け継がれる愛、新しい家族と守護神の絆
それから数年の月日が流れ、私も一人の女性として人生の大きな節目を迎えることになった。
アパレルショップでの多忙な日々を経て、私は結婚が決まった。
結婚が決まった時、私は一番にくーたんのことを考えた。
「これから離れて暮らすことになるね……」と、
大きな体を抱きしめながら囁くと、くーたんはいつものように耳をピクッと動かし、私の顔をじっと見つめ返してきた。あの瞳には寂しさなど微塵も感じさせず、ただ変わらぬ信頼が宿っていた。
結婚後、私は夫の仕事の都合で少し離れた街に新居を構えた。実家から車で約40分の距離。物理的には近くても、毎日一緒に過ごす関係ではなくなった。
それは、私の結婚が決まり、実家を離れることが決まった日の夕暮れ。 「これから離れて暮らすことになるね……」
そう告げて、私がくーたんの大きな体を抱きしめた瞬間を、父はレンズ越しに切り取っていた。
リビングで、私と肩を並べるくーたんと、泣き出しそうなのを堪えて彼女の首筋に顔を埋める私。二人の間に流れる、言葉を超えた絆と覚悟が、一枚の紙の中に永遠に閉じ込められていた。

「いい写真だろう。お前たちの絆が、全部ここにある気がしてな」 父が照れくさそうに渡してくれたその写真は、「父が撮ってくれたベストショット」として、今も私の宝物だ。
朝起きて散歩に行き、夜に温かい体を寄せてくるくーたんの存在が、急に遠いものになった。最初のうちは寂しさが胸に込み上げ、仕事から帰る車の中で涙ぐむこともあった。でも、くーたんはそんな私の気持ちを察しているかのように、久しぶりに会った時にはいつも以上に激しく尻尾を振り、飛びついてきてくれた。
やがて第一子となる長女が生まれた。里帰り出産だったため、出産前から産後しばらくまで私は実家で過ごした。生まれたばかりの小さな赤ちゃんを、くーたんは初めて見た瞬間から特別扱いした。病院から連れて帰ったその日、赤ちゃんの泣き声が聞こえると、くーたんは静かに近づき、ベビーベッドの横に伏せてじっと見守った。耳を優しく後ろに倒し、目を細め、決して大きな動きはせず、ただ温かい息をそっと吹きかけるように寄り添う。
赤ちゃんが小さな手を伸ばしてくーたんの鼻を掴もうとすると、くーたんは微動だにせず、優しく鼻先でくすぐり返すような仕草をした。母が「くーたん、優しくね」と言うと、まるで理解したように小さく「クーン」と返事をする。生後1ヶ月になると、くーたんが自らベビーベッドの近くに行き、落ち着くまでそばにいてくれるようになった。母が「くーたんがいるだけで安心するわ」と言っていたのを、今でも鮮明に覚えている。
第二子の長男が生まれた時も、同じだった。里帰り出産で実家に戻った私は、くーたんがまた新しい家族を迎え入れる姿を微笑ましく見つめた。長男は特に活発で、ハイハイを覚えると真っ先にくーたんの元へ這っていった。くーたんは大きな体を低くして、子供が安全に寄りかかれるようにしてくれた。毛むくじゃらの尻尾をゆっくり動かし、子供の小さな手に自分の耳を触らせたり、優しく顔を舐めたり。
長男が歩き始めた頃のことだ。実家に里帰りしていたある午後の出来事が、くーたんの「賢さ」と「深い愛」を家族全員に知らしめることになった。
その日、私は母とリビングで夕食の支度をしていた。庭では、父が見守る中で、長男とくーたんが遊んでいたはずだった。しかし、父が少し目を離して物置へ道具を取りに行った、ほんの数十秒の間に異変は起きた。
「ワン! ワンワン!」
突然、リビングの網戸越しに、くーたんの切迫した鳴き声が響いた。普段、無駄吠えを一切しない彼女の鋭い声に、私と母は顔を見合わせた。
網戸の向こうに、くーたんが立っていた。彼女は私と目が合うと、すぐに庭の奥へと視線を投げ、また私を見て「クゥーン」と鼻を鳴らす。まるで「早く来て!」と叫んでいるようだった。
慌てて庭へ飛び出すと、そこには庭の隅で地面に突っ伏して泣きじゃくる息子の姿があった。くーたんを繋いでいた長いロープが足に絡まり、派手に転んでしまったらしい。
駆け寄って息子を抱き上げると、くーたんは吠えるのをやめ、私たちのすぐそばで深々と頭を下げ、伏せの姿勢をとった。
「くーたん、教えてくれたのね。ありがとう」
母が声をかけると、くーたんは顔を上げ、言葉を話すかのようにじっと母の瞳を見つめた。その瞳には、助けを呼べた安堵よりも、深い「申し訳なさ」が滲んでいた。自分のロープのせいで、大切な小さな家族に怪我をさせてしまった――彼女はそう理解しているようだった。
息子が泣き止むまで、くーたんは決して近づきすぎず、けれど離れもせず、心配そうに耳を後ろに倒して寄り添っていた。
「この子は、本当に全部わかってるのね」 母が感嘆の声を漏らした。くーたんは、ただのペットではなく、家族の危機を察し、自らの非を悔いることさえできる、魂を持った守護神なのだと確信した瞬間だった。
子供たちはくーたんを「くーたん」と呼ぶようになり、言葉を覚える前から「くー!くー!」と呼んでは笑っていた。結婚後も、私は実家に頻繁に顔を出した。週末はもちろん、平日の夕方でも「くーたんに会いたい」と夫を誘って車を走らせた。玄関を開けると、子供たちが「くーたーん!」と叫びながら駆け出し、くーたんは嬉しそうに大きな体をくねらせて出迎える。

庭で一緒にボールを追いかけたり、くーたんの背中に乗ってお馬さんごっこをしたり。子供たちの笑い声とくーたんの嬉しそうな息遣いが混じり合う光景は、私にとって何よりの癒しだった。特に印象的だったのは、私が働くようになってからの託児所・幼稚園のお休みの日だ。台風やインフルエンザの流行、職員の研修日などで預け先が閉まる時、私は迷わず子供たちを実家に預けた。朝、子供たちを連れて実家に到着すると、祖父母とくーたんが三人(四人?)で出迎えてくれる。
その中には私も知らない成長もたくさんあった。 特に父は、孫たちの顔を見るなり目尻を下げて「おじいちゃんと遊ぼうな」と抱き上げ、慣れた手つきで子守りを引き受けてくれた。退職してからの父は、あれほど大好きだったお酒もタバコも一気にやめ、くーたんとの散歩を日課にし、カメラを手に孫やくーたんの写真を撮ることを本格的な趣味にしたのだ。 いつの間にかジャングルジムに上れるようになっていたり、怖がらずシカに餌をあげていたり、驚くことばかりだった。
もともと子供が大好きな父にとって、孫の世話は何よりの楽しみだったようだが、実はそれ以上に、父とくーたんの間には私や母も知らない「種族を超えた絆」のようなものがあったらしい。
母から聞いた話では、私が家を空けている間、父は「責任を持って飼えと言ったのは俺だからな」と独り言を言いながら、くーたんに高級なジャーキーをこっそり分け与えたり、仕事の愚痴をくーたんにだけこぼしたりしていたそうだ。
「なあ、くーたん。会社ってのは理不尽なもんだよな」
「お前はいいよな、いつも真っ直ぐで。俺も、りりにはあんな風に笑っててほしいんだよ」
母が台所からそっと覗くと、父はくーたんの隣に座り込み、大きな手でその背中を何度も何度も撫でていたという。普段、家族の前では決して見せないような、柔らかく、どこか心細そうな表情で。
「お前だけだよ、俺の情けない話も黙って聞いてくれるのは」 そんな風に、父は自分の中の孤独や弱音を、くーたんにだけは預けていた。私が結婚して家を出た後、一番寂しがっていたのは、実は厳格だった父だったのかもしれない。くーたんは、そんな父の心の隙間も、黙って埋めてくれていたのだ。
母は笑いながら、「お父さん、あなたがいなくなってから、くーたんにだけは本当にデレデレなのよ。私にさえ言わないような本音を、あの子には全部話してるみたい」と教えてくれた。 父にとってくーたんは、孫の遊び相手である以上に、誰にも見せられない素顔をさらけ出せる、唯一の親友だったのだ。
母は「今日はくーたんと一緒に一日遊ぼうね」と言い、父は庭の準備をしてくれる。くーたんは子供たちの遊び相手として完璧だった。
特に印象的だったのは、庭のプールで水遊びをする子供たちを、くーたんが影になる場所からじっと見守っていた姿だ。水しぶきが飛んでも逃げず、子供が滑って転びそうになると素早く近づいて体で支える。昼寝の時間になると、くーたんは子供たちの布団の横に横たわり、優しい目で寝息を聞きながら一緒に休む。夕方迎えに行くと、子供たちは「ママよりくーたんと遊んだ!」と無邪気に報告する。
確かに、私が仕事で忙しい時間、子供たちはくーたんと祖父母に囲まれて、存分に愛情を浴びていた。
ある秋の日、長男が熱を出して幼稚園をお休みした時もそうだった。私はどうしても外せない会議があり、朝早くに子供を預けに行った。夕方迎えに行くと、長男はくーたんの前足を枕にして眠っていたという。 「くーたん、ずっとそばにいてくれたのよ。まるでお医者さんみたいだったわ」 母がそう言って、その時の様子を嬉しそうに教えてくれた。
そんな風に、私がいない時間もくーたんは家族の中心にいた。父が遺してくれた膨大な写真の中には、そんな日常の断片が溢れている。
子供たちにとって、くーたんはただの犬ではなく、家族の一員であり、遊び相手であり、守護者でもあった。 私のいない時間に、くーたんは子供たちの笑顔を引き出し、時には小さな怪我や寂しさを癒してくれていた。私よりくーたんと過ごす時間の方が長い日も少なくなかっただろう。それでも私は嫉妬するどころか、心から感謝していた。
離れて暮らしても、くーたんは変わらずに家族をつないでくれていたから。時折、夜遅くに一人で実家を訪れることもあった。夫と子供たちが寝静まった後、「くーたんに会いたい」衝動に駆られて車を出す。暗いリビングでくーたんと二人きりになると、私は大きな頭を膝にのせ、結婚後の忙しない日々や子育ての大変さ、仕事のストレスをすべて話した。くーたんは静かに聞いてくれ、時々鼻を私の手に押しつけて「大丈夫だよ」と慰めてくれるようだった。離別生活の中で、私は学んだ。 物理的な距離はあっても、心の距離は決して離れないということ。
くーたんが教えてくれた無償の愛は、結婚し、母親になり、忙しく生きる私を、静かに、しかし確かに支え続けてくれていた。
# 第5章 最後の奇跡、そして永遠の重力へ くーたんは静かに老いていった。
私が二人目の子供を育て、ようやく生活が落ち着き始めた頃、父の退職後の穏やかな日々とも重なるように、彼女の体には少しずつ「老い」の影が忍び寄っていた。
体格の良い中型犬として、平均よりかなり長生きをしてくれた方だと思う。13歳。歩く速度がゆっくりになり、階段を上るのをためらうようになった。最初は「年かな」と軽く考えていたけれど、定期健診で病気が見つかった。腎不全と心臓の弱り。投薬治療を始めたが、効果は限定的で、次第に老衰に近い状態になっていった。
病院の先生は静かに言った。「目もほとんど見えていないでしょう。耳もかなり聞こえにくくなっています。それでも家族の気配は感じ取っているようです」。
その言葉を聞いた時、私は胸が締めつけられる思いがした。 かつてはピーンと立派に立っていた三角の耳も、今は力なく垂れ下がり、凛々しかった瞳は白く濁っていた。
何より胸に迫ったのは、その毛並みの変化だった。チャームポイントだった口の周りと耳の先の「黒」が、いつの間にか雪が降り積もったように白く混じり、淡いグレーに変わっていた。
ふと、リビングの壁に飾られた一枚の写真に目が留まる。それは、くーたんが三歳の頃、ドッグランで撮ったものだ。カメラに向かって口を大きく開け、笑っているような表情。その口元は、まるで上質な墨を塗ったかのように真っ黒で、艶やかだった。

今のくーたんの、白く乾いた口元をそっと撫でる。13年という歳月の残酷さと、共に歩んできた時間の愛おしさが、その白い毛一本一本に刻まれているようだった。この白い毛は、私たちが一緒に生きてきた証なのだ。
それでもくーたんは、家族の声や匂いだけを頼りに、精一杯生きようとしていた。実家を訪れる私の足は、自然と頻繁になり、そして永遠の重力となっていった。
仕事と子育ての合間を縫って、週に2〜3回は車を飛ばした。ある冬の夕方のことだった。高速を降り、実家までの最後の信号で待っている時から、胸騒ぎがした。 到着まであと1分くらいというところで、母親からLINEが来た。「りり、くーたんが急にソワソワし始めたわ。今日は来るの?」。私はアクセルを少し強く踏んだ。
玄関の鍵を開ける音がすると、奥の部屋からガサガサと音がした。母親の話では、数日前からほとんど起き上がれず、水も飲めない状態が続いていたという。 それなのに、私が一歩足を踏み入れた瞬間、部屋の空気が一瞬だけ止まったような不思議な静寂が訪れた。
くーたんは私の到着を魂で察知したかのように、フラフラになりながらも前足を踏ん張って、震える体を起こした。

後ろ足は力なく折れ曲がり、立っているだけでやっとの体勢。それでも、白く濁り、何も見えないはずの瞳に、かつての輝きが一瞬だけ宿ったように見えた。
二人の間にだけ流れる透明な糸が、彼女を奇跡のように立たせている――そんな神聖な光景だった。
彼女は必死に玄関の方へ顔を向け、耳を少しだけ垂らして、ちぎれんばかりに尻尾を弱々しく左右に振った。
「くーたん……!」
駆け寄った私の腕の中に、彼女は崩れ落ちるように体重を預けてきた。骨が浮き出るほど痩せてしまったその体は、驚くほど軽くなっていた。けれど、首筋に顔を寄せると、あの懐かしい、お日様のような匂いが微かにした。

「ごめんね、頑張らせちゃって。もういいよ、寝てていいんだよ」 私が泣きながら抱きしめると、くーたんは私の頬を、最後の一滴の力を振り絞るようにして、ゆっくりと一度だけ舐めた。ザラリとした舌の感触が、かつて深夜の玄関で私の涙を拭ってくれたあの夜と重なり、胸が張り裂けそうになった。
目が見えず、耳も聞こえなくても、彼女の魂はまっすぐに私を見つけ出し、全身全霊で「おかえり」を伝えてくれていた。その無垢な愛の深さに、私はただ、彼女の温もりを離すことができなかった。
母も隣で一緒に泣いていた。「数日間、ほとんど動かなかったのよ。ご飯も水も……。でもあなたが来ると、こんなに頑張るんだから」。二人でわんわんと声を上げて泣きながら、くーたんの頭を交互に撫でた。くーたんはただ、静かにそこにいてくれた。頭を撫でられるのも、痛いはずなのに、苦しいはずなのに、けなげに尾を振り続け、私たちを安心させようとしてくれているようだった。子供たちもくーたんの変化を感じ取っていた。長女は「おばあちゃんくーたん、痛い?」と小さな手で優しく撫で、長男は「くーたん、がんばれ」と元気のない声で励ます。
昔のように元気に庭を走り回ることはもうできなかったけれど、子供たちがそばにいると、くーたんは弱々しくも目を細めて喜んだ。かつて赤ちゃんの頃から守ってきた大切な家族が、今は逆にくーたんを守ろうとしてくれている。その光景が、愛おしくて、切なくて、胸が張り裂けそうだった。私が会いに行った翌日の朝、母から電話が来た。 「くーたん……今朝、静かに息を引き取ったわ」。 声が震えていた。私は電話を握ったまま、言葉を失った。痛みから解放された安堵と、突然訪れた別れの現実が交錯して、涙が止まらなかった。夫に事情を話し、子供たちを連れて急いで実家に向かった。
リビングのいつもの場所に、くーたんは穏やかな顔で横たわっていた。昨日の頑張りが嘘のように、力尽きた体は静かで、でもどこかほっとした表情に見えた。
ふと横を見ると、あゆがくーたんの体のすぐそばで、じっと座っていた。いつもなら「おかえり」と寄ってくるはずのあゆが、一歩も動かず、ただ静かにくーたんの冷たくなっていく体に鼻を寄せていた。
くーたんがいなくなってからの数日間、あゆは彼女がいつも寝ていたクッションの上から動こうとしなかった。時折、玄関の方を向いて短く鳴くその声は、まるで自分を育ててくれた大きな「母」を呼んでいるようだった。種族は違えど、あゆにとってもくーたんは、この世界で一番安心できる重力そのものだったのだ。

その小さな背中が、家族の喪失感を代弁しているようで、私の涙はさらに溢れた。
私はその大きな頭を膝に抱き、「よく頑張ったね。ありがとう。ずっと大好きだったよ」と何度も囁いた。子供たちは「くーたん、おやすみ」と小さな声でお別れを言った。長女は涙をぽろぽろ零しながら、くーたんの耳を最後に優しく撫でていた。家族みんなでペット霊園へくーたんを連れていった。青空の下、白い花に囲まれた小さな棺。父が、母が、私が、夫が、そして子供たちが順番に手を合わせた。号泣しながら見送った。風が吹き、木々の葉が優しく揺れる中、私は心の中で呼びかけた。「くーたん、無事に天国にたどり着けたかな? あそこでは目も耳もよく聞こえて、痛くなくて、たくさん走り回れるよね。私たちのこと、ずっと見守っててね。また会える日まで……」。
別れは突然で、でもくーたんらしい最期だった。最後まで私を喜ばせてくれ、最後まで家族を想ってくれた。無償の愛を、命が尽きるその瞬間まで、変わらずに注いでくれた。葬儀の後、霊園から帰る車の中で、子供たちが「くーたん、また会おうね」と言った。私は頷きながら、窓の外の空を見上げた。どこかでくーたんが、元気な三角耳を立てて、尻尾を激しく振って待っていてくれるような気がした。

かつて18歳の私は、派手な服に身を包み、自由こそが幸福のすべてだと信じて疑わなかった。けれど、動きやすいカットソーにジーンズという母親の装いが板についた今、くーたんと過ごした13年が教えてくれたのは、別の答えだった。
誰かを守り、誰かに必要とされ、ただ隣にいる体温を慈しむこと。そんな不自由で、けれどかけがえのない繋がりの中にこそ、本当の幸福は宿っているのだ。
あの日、雨の中で拾った小さな命は、私に「重力」という名の人生の手応えを教えてくれた。それは私を縛り付ける鎖ではなく、浮ついていた私の足をしっかりと大地に着かせ、この世界で生きていく意味を教えてくれる、温かな錨のようなものだった。
今ならわかる。無償の愛を注いでくれたのは、くーたんだけではなかった。厳しくも育ててくれた母の背中、そして言葉にせずとも全力で私を肯定し続けてくれた父。


自分も母になり、当時の母の余裕のなさを理解できるようになった今、家族全員から受け取っていた愛の大きさに改めて気づかされる。
「父がレンズ越しに見つめていたのは、私たちが気づかなかった日常の奇跡だった」
くーたんが遺してくれた無償の愛は、今も私の胸を温かく満たしている。

『無償の愛』に言葉は要らない。
肌で感じて記憶に残す、美しく儚いもの。 (了) ✧• ──────────── •✧
----------------------------------#創作大賞2026 #エンタメ原作部門
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あとがき
私は猫が大好きです。犬と猫の2種派閥で区分けするなら、断然猫派です。
幼少期も含めると、過去に犬を6頭、猫は3頭、ハムスター4匹、うさぎ2羽、十姉妹2羽を飼っていた記憶があります。生き物って話だと、熱帯魚や金魚、メダカ、ザリガニ、カメ、カブトムシも飼育していたと思います。もちろん私個人の所有ではなく家族との共有飼育です。
今回、猫派である私が犬の物語を綴ったのには、理由があります。 それは、犬という生き物が持つ「寄り添う力」の強さゆえです。本当はワンちゃんがとっても大好き!!犬は、私たちがどんな状態であっても無条件に信じ、隣にいてくれます。その絆が深いからこそ、失ったときの喪失感は計り知れず、私自身、感受性が強く「もう二度とあの悲しみを味わいたくない」と、どこかで犬を飼うことを躊躇してしまう自分もいました。
しかし、その悲しみさえも、共に過ごしたかけがえのない時間の証です。生き物を飼うとはどういうことか、命を預かる責任がどれほど人を成長させるのか。かつての私と同じように、自由と責任の間で揺れ動く方や、大切な存在を見送った経験のある方へ向けて、この「重力」の温かさを伝えたいと思い、筆を執りました。
18歳のりりが感じた「重力」という言葉。それは単なる負担ではなく、自分以外の命を慈しむことで得られる、人生の「手応え」のようなものだったのだと、書き終えた今改めて感じています。今、皆さんの隣には誰がいますか?
もし、かつての、りりのように「重い」と感じる何かを背負っている方がいたら、それはあなたが誰かにとっての「かけがえのない世界」である証拠かもしれません。
便利な世の中になり、何でも簡単に手に入る時代だからこそ、ままならない命と向き合い、最期まで見届けることの尊さを、この物語を通じて少しでも共有できれば幸いです。そしてこの物語が、大切な存在を見送った経験のある方や、今まさに命と向き合っている方の心に、そっと寄り添う一編になればこれほど嬉しいことはありません。
猫派の私が描く、最高に不器用で愛おしい犬の物語。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。くーたんという一匹の犬が、皆さんの心の中でも小さく尻尾を振ってくれたなら幸いです。では、ごきげんよう(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)👋´-°・*:.。.☆
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一話読み切りの大人の心を癒やすための童話を書いています。 ── **Author's Information** ──
※以下は著者による作品案内です。 森の小さな哲学者ムーンが主人公の、不思議な楽しい物語です。
お話は哀しみや不思議な切なさが散りばめられています。ほっこりする優しい世界観が、あなたの心にお届けできれば嬉しいです。
興味を持っていただけた方は、宜しければお立ち寄りいただけますと幸いです(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
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詩も書いています。詩の世界は、哲学に似てるなぁと思います。お嫌いでなければ是非、ご覧ください。また、興味を持っていただけた方は、詩に触れてみていただけましたら幸いです。°・*:.。.☆
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小説を書いています。私の大好きな妄想、空想の世界で一緒に楽しんでみませんか。お嫌いでなければ是非、ご覧ください。また、興味を持っていただけた方は、お立ち寄りいただけましたら幸いです。°・*:.。.☆
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面白いな、好きだな、素敵だな、と思った素敵なクリエイターさん達の記事をまとめてます。宜しければお立ち寄りください。
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