小さき暴君、0時に覚醒せよ
4歳の娘は、0時を過ぎた頃に覚醒する。娘の自我が目覚める瞬間は、いつも唐突だ。
夜中にぱちっと目が覚めた娘は、私の体の上に乗り、両手をばたつかせて「ケハァァァ」「ウキャァァァ」などの奇声を発しながら、にこにこと大喜び。目をビー玉みたいにキラキラと輝かせた娘は可愛いし、とても楽しそう。
白昼なら、いくらでも付き合ってあげるのに。そんな時に限って娘はすまし顔で、黙々と絵本を読んでいたりする。
普段はクールに装う娘の笑顔が見られるのは、親としても嬉しい。もちろん娘が甘えてくるのは、決して嬉しくない訳じゃない。
けれども。流石に深夜0時は、体がだるくて眠い。娘が覚醒する瞬間が、もっと早ければいいのに。あるいは事前に予測ができたら、他の時間に睡眠時間を取って準備できるはず。けれど人間——とくに子どもの動きはいつだって予測不可能で、いつも曖昧に終わっていく。
娘が落ち着いた頃には、嵐が起きたことすら、まるで嘘みたい。子どものお世話で躍起になっていた事実さえ、消しゴムでかき消されたかのように濁りを残し、薄れていく。育児はずっと、この繰り返しだ。
◇
娘が覚醒すると、私は鉛のように重い手で、兎のように飛び跳ねる娘の腕を掴み、
「寝よう」
と、何度も声をかける。娘は、耳が決して聞こえない訳ではない。一度覚醒すると「興奮する気持ち」の方が優ってしまうため、その声が届かないのだ。私が娘の体に触れるほど、より一層興奮が止まらないといった様子だ。
娘は私の体の上へ馬乗りになり、どすんどすんと音を立てて飛び跳ねたのち、今度は廊下に向かって走り始める。
薄暗い廊下の奥は、暗闇に包まれている。
娘は一抹の不安を感じることもなく、スタスタとした足取りで前に進んでいく。私ですら夜中にトイレへ向かう時でさえ怖いのに。闇を——そして、恐れを知らないことは脅威でもある。
けれども、だからこそ「恐れ」を感じることなく一歩前に進めるのかもしれない。知りすぎないことも大切なのだろう。前に進むためには。
◇
娘は歩くのが遅く、2年前から靴の中に中敷きタイプの「歩行具」を入れている。
歩行具は土踏まず部分が丘のように膨らんでいて、歩く負担を和らげる作りになっている。理学療法士の訓練も受け、階段の上り下りも手摺があればできるようになった。
もうあんなに、歩けるようになったんだと思いつつ、私はふらふらした足取りで娘の後ろをついていく。
娘はキッチンにつくなり、冷蔵庫を開けて中をじっと凝視している。しばらくすると、食材に向かって「ウギャーーー」と、涙を浮かべて叫び始めた。
お腹が空いたけど「私、これが食べたいの」が言えないのだ。
どの食べ物が欲しいのかがわからないので、抱っこして冷蔵庫の中に娘を近づける。すると、娘は欲しいものを自分で手に取り、私に渡そうとする。
バター。麺つゆ。生のピーマン。
掴みやすいものや、ジュースによく似た形状のものを手に取ろうとする。そこから私は、何を娘が求めているのか推理し始める。
バターの容器はチーズに似ている。麺つゆはボトルが似てるという理由で、いつものオレンジジュースかもしれない。ピーマンに関しては、推理不可能。普段よく遊ぶ「積み木」に形状が似ているからだろうか。
娘にチーズを差し出したのち、哺乳瓶にジュースを入れて娘に手渡しする。すると娘は嬉しそうにチーズを口に含み、にこりと笑みを浮かべる。その後、口直しといった風に哺乳瓶を素早く手に取ると、勢いよくごくごくと飲み干す。
これが、深夜0時に娘が覚醒した時のルーティンだ。
◇
娘は只今4歳。今年の8月で5歳になるが、まだ日本語らしき言葉は話せずじまい。
語彙は「マンママンマ」から「ダッチダッタ」「ハヘフォォ」と少しずつ増えた。僅かだけれども、成長はしている。
できないことが多いと、少しできたことが嬉しくなる。逆にできることが多い子だと、求めることがぐんと増えるのだろうか。教育熱心な親御さんと先日お話しする機会があり「もっと、うちの子はできたはずなのに」という話があった。
「できたことを褒めてあげてください」
……というのは、私の「育児」における目線であり、それは娘が話せなかったからできた価値観じゃないのかと思う。
私自身、子どもが生まれる前からディズニー英語知育セットのパンフレットを求めたし、子どもが1才になるまでは、他の英語知育教材を契約していた。
ABCDの前に「あいうえお」の「いうえお」が言えないことに気づき、2割しか日本語話せないのに、英語なんてもっと無理だろうと感じた私は途中で退会した。厳密には、2割どころか「あ」と「まんま」しか言えなかったので、話せる言葉のパーセンテージはもっと低いはず。
他の親御さんと私は、きっとゴールが違う。女子会を開いて子どもの教育ネタになっても、私は「わかる」といったニュアンスではなく「そうなんですね」という形で、首を頷けていく。
娘が言葉を話せるようになるかは、まだ未知数。ずっとこの調子で「これが食べたい」が言えないままかもしれない。その度に、私が補佐(サポート)できる時間も限られている。
せめて、私が生きている間に、娘が意思を誰かに伝えられるように。
「たすけて」
……と、誰かの手を掴んで言えるように。困った時に、この4文字が言えるだけでも、生きるのはぐっと楽になるはずだから。
◇
深夜0時に覚醒すると、娘の気持ちが全開になる。娘は保育園に通い始めてから、周りの様子を伺うようになった。私の顔色も確認して、どう立ち回ったらいいかを小さな暴君なりに判断している。
先生からも、「見ていて可哀想になるくらい、凄く頑張っています」と言われることも増えた。
本人も気づいている。自分が周りと少し違うのだと。保育園に行った時、他の子たちから「ゴリラの真似をして」と言われて、戯けた様子で胸元を小さく叩く娘の姿を何度か見かけたことがある。
愛嬌のよい娘は、保育園でも人気者だ。遠くからチラリと覗く娘は、笑顔の友達に囲まれて嬉しそう。でも、表面で「そう見えているだけ」なのかもしれない。
好奇心で囲まれた時の虚しさも、小学校を4回転校してきた私には少しだけ理解できる。
本当はゴリラの振りなんかしたくないし、友達と話したいと思っているのかも。けれど自分には、友達の要求に応えて胸を叩き、戯けて見せるしかなす術がないのだと。
幼いながらもあの子は理解しようとしている。生きるための術を、小さいなりに考えて、実践しているのだ。
生きるって、時に残酷だ。でも、戯けることは惨めなんかじゃない。生きようと懸命に振る舞う娘の姿を見て、私も小さな勇気をもらう。自分が夜中に叩き起こされ、眠れないからって苛立ってる場合なんかじゃなかった。
そんな時くらい、娘の弱音を、甘えを。包んであげなきゃ。あの子の「本当」の居場所を作るために。
誰かの手を頼りつつ、強く、逞しく育ちますように。そう祈りながら、ゴリラに扮装した娘に向かい、私はそっと手を振る。娘は満足そうな表情を見せたのち、再び友達に目を向けて、今度はお猿の真似をし始めた。
娘はもう、私の知らない「世界」を見つけて、懸命に溶け込もうとしている。
◇
娘は普段、私にも遠慮がちでおとなしい。そんな娘が甘えてくれるのも、深夜0時と早朝の「起きた瞬間」くらい。時には、ぎゅっと抱きついてくることも、腕を掴んで離さないこともしばしば。
夜中叩き起こされるのきついけど、「まあいいか」と思える瞬間もある。人生で悪くない時間かもしれない。
只今、7:40。
娘が寝室からとことこと出てきて、冷蔵庫を開ける。よろよろとした足取りでジュースを私の前に差し出すので、いつものように哺乳瓶へ入れ、娘に渡す。
娘は右手で哺乳瓶を持ち、左手で私の腕をぐっと掴む。飲み終えた後も、なかなか離そうとしない。
困った時も、誰かの手を掴めるように。そして、助けを求められる子に育ちますように。
そう祈りながら、娘の手にそっと私は手を重ねた。
【完】
