あの子の声が、聞きたかったはずなのに
4歳になる娘は、まだ言葉が話せない。出せる言葉は「あーーーーー」といった形にならないものばかり。
生まれてきてくれてありがとう。それは毎日思っている。君が大好きだよと、毎朝声をかけている。すると娘はいつも、にこにこしながらギュッと抱きついてくれる。その瞬間が、たまらなく嬉しい。
今の状態でも、充分満たされてはいるけれども。欲を言えば、キリがないのはわかっている。けれどやっぱり、いつか娘から「お母さん」と呼ばれたい。
いつになったら、その日は来るのだろう。
◇
娘が生まれて初めて、義実家に預けることになった。理由は、TASAKIが主催する観劇ツアーに参加するためである。
ツアーには観劇も含まれていたため、小さな子どもを連れていけないという決まりがあった。思い起こせば、今まで娘を預けたのは療育か、保育園のみ。義実家は少し距離もあるので、今まで一度も預けたことがない。
今後自分がもし病に倒れたり、手術などすることがあれば義実家のお世話になることだって考えられる。今のうちから、いざという時のために義実家へ預けて慣らしておくことも大事かもしれない。
そう考えた私たちは、初めて義実家に娘のお世話をお願いする。義父母は、快く承諾してくれた。
◇
義実家に向かう先で、ある事件が起きた。車で家に向かう途中、娘が突然「キィヤァァァァ!!!」と、言葉にならない声を上げ始めたのである。
いつも「あーーー」とか「まーーー」しか言わないあの子が、聴き慣れない言葉を発している。非常事態かもしれない。チャイルドシートに座っていた娘は、背を大きく反り、自ら逃げ出そうとしているようにも見えた。
娘は言葉に出さないけれど、本当は理解しているのだ。自分は私たちの手を離れて、義父母の元へ預けられることを。
いつもと様子の違う娘を見るなり、ツアーへの参加をどうしようか思い悩む。ツアー費用は先払いだし、今更断ったところでキャンセル費用が発生してしまう。
でも、尋常じゃない様子の娘を放置したまま、義父母に預けてもいいのだろうか。そうこうしているうちに義実家につくと、娘は途端にニコニコと愛想を振り撒きはじめた。義父母も、孫の姿を見るなり頬を綻ばせる。
その様子に安堵した私は、義実家へ預けることにした。
◇
ツアーの最中には、何度も義父母から娘の写真や動画が届く。どうやら娘は最寄りの公園へ連れて行ってもらったらしく、滑り台などの遊具で楽しく遊んでいたらしい。

楽しそうな様子を見て、私は改めてホッとする。
◇
ツアーが終わるなり、そそくさと私たち夫婦は義実家の元へ戻った。夫婦水入らずの時間は楽しかったけれども、娘のことは頭の片隅にずっと残っていたからだ。
「この子、凄いのよ。蝶々も素手で掴むし。お父さんの手を引っ張って、ぐんぐん進むの。びっくりしちゃった」
孫の様子を嬉しそうに話す義母の話を聞くなり、私は目を丸くする。娘は、いつも一緒に歩く時、片手をさっと出してサポートを求めてばかり。
このままでは駄目だと思って、時にはサポートを拒否することもあるけれど。すぐにぐずり始めるのを見て、結局手を差し伸べてしまう。
義父母の前では、どうやら違う姿を見せているらしい。義母からもらった動画には、義父の手を引いてぐんぐん突き進む娘の姿があった。
娘は言葉を話せなくても、ちゃんと成長しているんだ。
どうやら、娘は義実家で「他所行きの顔」をして、いつもと違う振る舞いをしていたらしい。嬉しいけれど、少し寂しいような。けれど、娘の成長にはきちんと向き合わなければ。いつかは娘も自立して、親の元を離れることとなるのだから。
◇
今後、娘が話せるようになるかどうかはわからない。もしかしたら、ずっと話せないかもしれないけれど。言葉で話せない分、娘は表情やジェスチャー、行動で自分の意志をそれとなく伝えられるようになった。
保育園や療育の先生によれば、私が見えない場所では、いつもと違う素振りも見せているらしい。きっと私の知らない娘は、まだまだいっぱいあるのだろう。
「今日、どうだった?楽しかった?」
娘に、そう聞ける日はまだ先になりそうだけれども。娘の気持ちを、少しでも汲み取れるように。そして、私の知らない娘をより理解するためにも。これから先も、日々観察を続けていきたいと思う。
(本文 1776文字)
【完】
ことばと広告さんが主催している #モノカキングダム2024 に参加しています。
⭐︎この記事を書いた人

【フリーライター】
フリーライター。マイナビウーマン、うれぴあ総研mimot、女子SPA!、arwebなどのメディアで執筆中 。
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