見出し画像

癒やしから、衝撃の出会いまで。創作大賞の感想を「小説」のように紹介してみた【創作大賞感想】

 創作大賞に参加して、気づけばもう5年目になる。

 1〜2年目は本腰を入れられず、3年目になってようやく本気で向き合いはじめた。しっかり取り組むと、その分だけ、いろんな人と仲良くなれた。創作を通じて人とつながることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。

***

 お仕事小説部門に応募している『僕に、エッセイを書かせてください』が、talesの仕事・人間ドラマ日間ランキングで1位(テイキン=テイルズランキング)になった。

 ランキングがすべてではないことは、もちろんわかっている。それでも、ひとつの目標だったから、素直に嬉しい。

 今回の記事は、「小説『僕に、エッセイを書かせてください』をイメージしながら、感想記事を書いてみたい」という、少し不思議な自分の思いを込めて綴ってみたい。

 自分でも、ちょっと意味がわからないと思う。もしかしたら、重たいかもしれない。けれど、これは私なりの「愛」である。愛とは、実に一方的なものでもある。受け止められないかもしれない。けど、少しでも伝わったら嬉しい。

青空ちくわさんという「光」

今年は、昨年の作品をリライトして応募されています。洗濯機を回す日常が愛しく感じる名作です。

 青空ちくわさんとの出会いは、3年前の創作大賞まで遡る。

 彼女のエッセイには、日常の中で誰もが見過ごしてしまうような「気づき」が、いたるところに散りばめられていた。技術力の高い書き手さんなので、わざとらしさもなく、読みやすく、面白い。凄い人がnoteにいるんだという衝撃を受けた。

 私が初めて読んだエッセイは「脱毛」に関する作品だった。私はあのころ、脱毛に関するSEO記事も書いていた。作品の中に登場する「あまりのパワーワードに、身体中の毛根が震えあがる」という一文に惹かれた。

 「全身の毛」じゃなくて、毛根というワードのチョイス。もう、根こそぎ体ごと震えたって訳か……。すごい書き手さんだと、私の「全毛根」が震えた。


運命だと思った。

彼女には、私のほうから声をかけた。ちょうどその頃、noteで出会った日々木さんから「オンライン飲み会しませんか?」と誘われた時期でもあった。

日々木さんは当時、林業で働いていた。

 落ち着いた文体の人だったので、私は勝手に「同世代かな」と思い込んでいた。そんな流れで、彼のnoteに「やるっきゃ騎士」の話題をつっこんだ。本作は、みやすのんき先生の漫画である。

すると、「世代じゃないのでわからないです」と返事がきた。その後、彼が当時25歳だと知った。

――あ、これ、私……とんでもないセクハラをしてしまったのでは……?

インターネット歴が長いと、いろんな過ちをしでかす。でも、彼らは私を許してくれた。だからちくわさん、日々木さんとは今も3人で仲良くチャットを重ねている。

ちくわさんとの出会い

 日々木さんにオンライン飲み会を誘われたのをきっかけに、ちくわさんに声をかけた。断られたらどうしようか。震える胸で返事を待つと、ちくわさんからOKの返事が届く。

 いつのころからか、何度か彼女と会うようになった。彼女はいつも穏やかで、優しい。けれどただ優しいだけではなく、芯がある。ここぞという時ははっきり自分の意見を述べられる強さもある。私はそんな彼女が好きだ。

 3年前、私はちくわさんと、ゆづさんと3人で「創作大賞打ち上げ」をした。

ゆづさんという透明感

 ゆづさんは透明感のある文体が美しい方だ。小説も書かれている。3年前に出会ったが、読む度に、年々レベルアップされているのをひしひしと感じる。

 今年は恋愛小説部門に、「僕の中心は乾き、凪いでいる」という作品を応募している。ストーリーの中に「マッチングアプリ」が登場するが、アプリの中で展開される会話のやりとりが、とても美しい。

《あぁ、でも。本はよく読むかもしれません》
《読書、するの?》
《はい……小さい頃から本を読むことが好きだったので》

 美しい会話が素敵。私がマッチングアプリを舞台に小説を書いたら、クズ男からきたメールをイメージしてしまうだろう。清水に触れたような美しく繊細な世界に触れて、私の心が少しばかり清らかになる。だから私は、ゆづさんの作品が好きなのかもしれない。

 3人で会ったとき、私は「本田すのうさん、めちゃくちゃ可愛い」「日々木さん、めちゃくちゃ面白い」と、熱量高めに力説していた。今思う。中学生か。

 隣にいたゆづさんが、どう反応していいのかわからず、少し困惑していた様子を今でも覚えている。

 ちくわさんはというと、穏やかな表情のまま、勢いよく語る私をそっと見守ってくれていた。それからしばらくした後、ちくわさんは

「私、大塚ぐみさんのエッセイが好きですぅ~」

と言って、にっこり笑みを浮かべていた。

 私はここで、頭が真っ白になる。そうだ……。文章を書く人たちが集まっているのに、どうして私は

「すのうさんが可愛い」
「日々木さんがおもしれー男」

なんて話を、あんなに熱量高く力説していたのだろう。軽薄にもほどがある。

本田すのうさんの応募作はこちら

 もっと他に、話すことはあったはずだ。「あの方の作品が好きです」とか、「この表現がすごく良かった」とか。創作の話題なんて、いくらでもあったのに。

 実は、ちくわさんに紹介される前から、私はぐみさんのエッセイを知っていた。単刀直入に、「めちゃくちゃうまいなぁ」と思っていた。同時に、あの頃は「遠い世界の人」のように見えた。

 なんというか――私みたいな人が触れてはいけないんじゃないか、そんな繊細さと儚さをまとっているように見えたのだと思う。けれど、それは私が勝手に抱いていた想いであって、もしかしたら声をかけたら喜んでもらえたのかもしれない。

 どのタイミングだったかはもう思い出せない。けれど、何かをきっかけに(私が)話しかけはじめて、気づけば自然とやりとりするようになっていた。

 もしかしたら、人との縁というのは、そんな小さな勇気の積み重ねから生まれていくのかもしれない。そっと差し出した「ひとさじの勇気」が、思いがけない縁をつなげてくれるのだ。

大塚ぐみさんという衝撃

 ぐみさんのエッセイは、頭を殴られたような衝撃を受けることもあれば、そっと寄り添ってくれるような優しい作品もあって、気づけば自然と涙がこぼれることもある。
 
 個人的に好きなエッセイは、「食べ物」へのあくなき情熱や思いが感じられる作品と、旦那様やお子さんたちとのエピソードが綴られたものだ。

今年の応募作「『毎日ハナコ』という、夫しか読者のいない日記連載をしていた話」では、旦那様へ送っている「メールという名の日記」のエピソードが紹介されていた。

 文体を方言でアレンジしたり、書き出しのバリエーションにこだわったり――ひとつの物事に対して、とことん向き合う姿勢がそこにあった。

 思いを届けたい。けれど「まっすぐ伝えるのは、ちょっぴりはずかしい」。

 その「恥ずかしさと情熱のあいだ」の中に、凜とした芯が滲んでいる。それは「愛」なのか、「強い思い」なのか、私自身もよくわからない。ただ、確かにそこにある温度だけは、読み手にもひしひしと伝わってくる。

 ぐみさんは、作品を書くたびに内省を重ねている。その旅はまだ続いていて、歩みの途中だから、だろうか。作品には生々しいリアリティが宿る。
その「生っぽさ」に、私たちはぞくりとさせられているのかもしれない。

 夫婦関係はおそらく、私と逆のタイプなのだろうか。私は夫に対し、直接思ったことをズバリ言ってしまうタイプ。

 ぐみさんのエッセイを読むと、「伝えたいこと」がきっとたくさんあるのに、伝える前にじっくり思考を巡らせる方なのだと感じる。言葉を選び、温度を測り、相手の心にどう届くかを丁寧に考えている――そんな印象がある。

 人と会うと、つい思ったことをすぐ口にしてしまう私には、きっと足りていない要素だ。その「ひと呼吸置く」姿勢に、私はいつもハッとさせられている。

ぐみさんという不意打ち

 ぐみさんのエッセイには、「えっ、ここで?」というところで、不意打ちの「気づき」が訪れる。それも、絶妙なタイミングで。

 私はそのたびに、不意打ちでぶん殴られたような錯覚に陥る。私の中では「ハニトラ現象」と呼んでいる。計算されているのか、そうじゃないのか。試されている感覚を覚えるが、おそらくもの凄ーーーーーく考えて構成を練っていると思う。

暮らしには本来、隙間がたくさんある。ふっと空気が通り抜け、気持ちを明るく、軽やかにする隙間。狭くなってしまうと苦しくて、どこにも行けなくなってしまう。

夫婦のやりとりのお話から、この気づきが訪れるとは思わなくて、流石でした。それから、旦那様の素敵なエピソードがどんどんあふれていく。そして、夫への気遣いと配慮がすごい。なんというか、夫の記憶レベルにまで配慮していく。こんなに愛されたら旦那さんきっと幸せだろうなぁ。

 読み終えた後、いろんな感情が浮かんでくる。愛情の深さなのか、内省の深さなのか――どれも近いようで、少し違う。説明しようとすると途端に言葉が逃げていく。

 そこに、私自身の「感想を書く力」が試されている気がして、背筋がぴんと伸びる。でも、感情が浮かんでくるのは確かだ。

 そして一年後、もう一度読み返したくなる。すると、一年前とはまったく違う感想が生まれていく。それは、私自身の夫との向き合い方も、時間とともに変わっているからなのかもしれないし、読解力が上がったからなのか。それも定かではない。

 けれど、また時間が経ってから読み返したくなる。そんな不思議な力が、彼女の作品には宿っている気がしている。

 いい作品は、行動を促す。自分もやってみたくなったり、気づきを得たりする。もし一年後の私が、夫に向けて「毎日みくさん」をメールし始めていたら――

「みくさん、それは大塚ぐみさんの真似じゃないですか」

と、どうか突っ込んでほしい。

【完】


※追伸「大塚ぐみさんという衝撃」というタイトルは、よりみちさんのnote「田畑さなえさんという衝撃」を参考にしており、よりみちさん本人にも許可を取っています。

というわけで、お二人のこともよろしくお願いします!!


いいなと思ったら応援しよう!