大好きなあの人のストーカー日記を書いていたあの頃の私へ〜黒歴史を葬ろう〜
中学生の頃、大好きな人がいた。
彼の名前は、武田くん(仮名)。すらりと伸びた長身の背丈に、定規で整えられたかの如く真っ直ぐな背筋が美しい。
悠々と彼が廊下を歩くと、さらさらとした栗色の髪が風に遊ぶ。その姿はまさに、お伽話から抜け出してきた「王子様」そのものだった。
彼の王子っぷりは中学校でも有名で、後になって同級生の男子たちが「あいつ、マジで王子って呼ばれてたよな」と、どこか悔しそうに零すほどだった。
貴公子武田と同じクラスになったのは、中学一年の春。私たちは同じ剣道部に所属しており、放課後になれば毎日、体育館の片隅にある「稽古場」で顔を合わせていた。
道場では「小手、面ー!」と威勢のいい声が連日のように轟く。竹刀のぶつかり合う激しい音が鳴り響く道場でも、武田くんは無口でシャイだったので、どこまでも静かだった。
武田くんは、黙々と稽古に打ち込んでいた。面を被っていても、隙間から端正な横顔がちらりと覗く。
中学生にしては珍しいともいうべきか——いつも彼は静かで、どこか近寄りがたいほどに孤高な雰囲気を持つ人だった。騒々しい男子が多い中で、クールな彼は一際目を引く存在だった。
いつしか、道場で顔を合わせるたびに「武田くんって、よく見ると本当にかっこいいな」と、心の中で呟くのが日課になっていた。
最初は淡い観察に過ぎなかったその感情は、気づいた時にはもう、引き返せないほどの「恋」へと変化していた。
もちろん、彼から甘い言葉を囁かれたわけでも、特別なアプローチがあったわけでもない。それどころか、まともに言葉を交わした記憶さえ怪しいくらいだ。
やがて、彼の姿を視界に収めていないと気が済まなくて、稽古中も休憩中も、文字通り「ガン見」し続けるようになった。
視線の先にいる王子様は、執拗なまでの私の熱い視線に、いつも少しだけ困惑したような表情を浮かべていた。
いつの頃からだろうか。
自分の日記帳が、私自身の記録ではなく、彼を追いかけるための「武田くん観察日記」へと変貌を遂げてしまったのは……。
「今日は武田くんと、ほんの少しだけ言葉を交わせた」
「一瞬、目が合った。いや、今日はなんだか何度も視線が合う気がする」
あの頃の日記をめくるたび、彼の一挙手一投足に一喜一憂する、幼くも切実な言葉たちが紙の上を跳ねていく。
やがて、文字だけでは想いが溢れて止まらなくなり、ページの余白に彼の似顔絵を描き込んだりもした。
紙の上に描かれた「美化200%の麗しい武田くん」は、どこか本物と同じように涼やかな顔をしていて、私の独りよがりな熱視線を静かに受け止めていた。
誰に見せる訳でもない、自分だけの武田くん観察日記。
そこに想いを綴ったところで、関係が進展する訳でも、距離が縮まる筈もない。彼にこの声が届くなんて思っていなかったし、ましてや「両思い」という奇跡を望むなんて、当時の私からすれば、あまりに不相応な夢に思えた。
けれども、ペン先を走らせているあの間だけは、武田くんと細い糸のような線で繋がっている気がした。
白い紙の上に彼の名前を記し、その横顔をイラストという形でなぞっていく。ただそれだけの実に怪しい儀式(日記を書く)が、私と彼を——世界でたった一筋の細い糸で繋ぎ止めてくれているような気がしていたのだ。
◇
中学3年生になった。運命が味方したのか。それとも、あるいは残酷な悪戯なのか——私はまた武田くんと同じクラスになった。
彼は相変わらず、校内の女子たちからの視線を独占する「圧倒的王子」だった。彼のモテっぷりはとどまることを知らず、その時々で一番輝いている女子といつも交際していた。
何度も、彼を諦めようとした。私なんか地味だし、どうせ相手になんかしてくれない。この不毛な執着ともいうべき恋に終止符を打つべく、他の誰かを好きになろうと無理に心を変えようとした日も一度や二度ではない。
けれど、どんなに抗っても、私の視線は磁石のように彼へと吸い寄せられてしまう。
その頃になると、武田くんも流石に私の「異常なまでの熱視線」を無視できなくなったのだろうか。ついに彼は、私に対する「鉄壁の防御策」を編み出したのである。
なんと、私が彼を見つめるたび、武田くんは反射的に下敷きを掲げ、その端正な顔が見えないよう「遮断」するようになったのだ。
それは、ある日のことだった。
「あいつ、いっつも俺のこと見てくるんやわ……」
不意に、彼がぽろりと溢した呟きが耳に飛び込んできた。その瞬間、胸の奥で何かがパリンと音を立てて砕け散った。
(ああ、そうか。私の視線は彼にとって、ただの迷惑でしかなかったんだ)
自覚した途端、いたたまれないほどの羞恥と辛さが波のようにどっと押し寄せる。
(もう、彼を目で追ってはいけない)
それでも、私の瞳はまるで裏切り者のように彼を追いかけてしまう。一度火がついてしまった、私の恋心はもはや理屈や羞恥心なんかで制御できるほど生易しいものではなかった。
ねぇ、武田くん。一体どうしたらいい?
あなたを見ちゃいけないと思えば思うほど、私の世界は闇に落とされていく。私にとってあなたは王子様ともいうべきか、まさに光みたいな存在だった。これから先、私は一体誰の背中を追えばいいの。誰を好きになればいいの……。
困惑した私は、泣きながら武田くんに手紙を書いた。そして、誰もいないうちに彼の机の中にある国語の教科書に、手紙をこっそり挟んだ。
「武田くんへ。
いつも、あなたを見過ぎてごめんなさい。本当は、武田くんが迷惑を感じてて、私が見る度に下敷きで顔を隠しているのは知ってます。
私はずっと、あなたのことを中学校一年生の時から見てました。ずっとずっと、好きでした。
でも、見るのが迷惑なら、あなたのこと見るのはもう辞めます。でもせめて、最後に教えてください。どうして、私が顔を見ると下敷きで顔を隠すのでしょうか。私は何か悪いことをしたのでしょうか」
あの頃、手紙には綴りきれなかった想いがある。 数十年の時を経た今、この場所を借りて、武田くんに静かな懺悔を捧げたい。
実は、あの手紙には伝えきれない「続き」があったのだ。
なんと、私は彼の許可も得ないまま、観察日記を綴り、あろうことか漫画のモデルにまで仕立て上げていたのだ。
「武田くんって、なんだか柴犬に似ているな」
そんな勝手なインスピレーションから生まれたキャラクターの名は、『犬男(いぬお)くん』。 「私、実は武田くんをモデルにして漫画を描いているんだよ」なんて、周囲に得意げに吹聴までしていた。
当時の私は、その作品が将来、世の中を席巻すると本気で信じていた。それどころから自分は未来の手塚治虫になれるのだと、一ミリの疑いも持っていなかったのだ。
今思えば、武田くんの肖像権をガン無視している。
若さゆえの万能感と、制御不能な恋心。それらが混ざり合って、私はもしかしたら武田くんの嫌がる「ガン見」という行為で、彼との境界線を土足で何度も踏み越えようとしていたのだと思う。
あれから長い歳月が流れた。 今ならわかる。あの「ガン見」も、勝手な「創作魂」も、彼にとっては暴力に近い無遠慮さだったかもしれない。
ごめんなさい、武田くん。
あの頃の私は、あなたのことが好きすぎるあまり、気持ちをくむことまで想像力を働かせることができなかったのです。
あなたのことを、もしかしたら。
知らずのうちに傷つけていたのかもしれません。
◇
国語の時間が訪れる。 教科書をめくる微かな音さえ、私の心を打ち鳴らす鐘の音に聞こえてしまう。
あの手紙を挟んだページを、彼は今、開いているだろうか。 想像するだけで、頬がほてる。次第に紅潮していく肌の感覚が、否応なしに私の焦燥を煽っていく。
武田くんは、すぐ背後の席にいる。 振り返るのが、怖い。彼がどんな表情で私の言葉をなぞっているのか。困惑か、それとも冷ややかな拒絶か……。
耐えきれず、私は弾かれたように首を後ろに捻った。ほんの一瞬、彼を一瞥する。
そこにいたのは、もう「下敷き」で顔を隠す彼ではなかった。 武田くんは優しい笑みを浮かべ、そのまっすぐな瞳で、逃げ隠れもせず私を真正面から見つめていたのだ。
その眼差しに、あんなに彼を追っていたはずの私の方が逆に怯んでしまい、彼から目を逸らした。その後も、心臓の高鳴りが止まらない。
チャイムが鳴ると、一人の女の子が、吸い寄せられるように彼の席へと向かう。
彼女は校内でも指折りの美人であり、私の友人でもあった。彼女が武田くんに想いを寄せていることも、私は知っていた。
けれど、私は自分の気持ちを彼女に明かしていない。いつも一緒に過ごしていて、一番近くにいながらもなお、私は自分の恋心に鍵をかけ、彼女の隣で「武田くんとの恋、上手くいくといいよね」って聞き役に徹していた。
「ねえ、国語の教科書にラブレターが挟んであったって本当なの?」
背後から、女の子の突っぱねたような声が聞こえる。
「ねぇ、誰からもらったのよ!」
「いや、まぁ……うん」
武田くんは決まりの悪そうな声で答えていた。
教科書に挟んだあの手紙には、あえて差出人の名前は書かなかった。だって、名乗る勇気がなかったから。けれど、本当は確信していた。
武田くん、あなたは気づいていたよね。あの手紙を贈ったのが、実は私だということに。
その後、武田くんとの恋はどうなったのかって?結局、その美人の友達と交際がスタートし、高校は別々になって二度と彼に会うことはなかった。
◇
同学年の友人たちは、私が武田くんを好きだったことを知っていた。だからこそ、大人になってからも「あの武田くんの今」についての情報が、あちこちから私の元へ舞い込んできた。
「武田くんは、うちの旦那が友達でさぁ。うちによく泊まりにくるようになったんだわぁ」
「あいつ、今オーストラリアにいるって。社長になって、年収3000万とか稼いでるらしいぞ。成功者だよなぁ」
「金髪美女と結婚したらしいよ」
どの情報が嘘か誠かはわからない。その後も同級生同士で何度か同窓会も開いたけど、武田くんの姿は一向に現れず。
そこで聞くのは決まって、
「あいつ、オーストラリアにいるらしいぞ」
だった。
『武田くん観察日記』を無我夢中で綴っていたあの頃。
彼という存在は、手を伸ばせばいつでも触れられる場所にいると信じていた。この先、二度と会えなくなる日が来るなんて、想像することさえできなかった。
けれど今、改めて思う。あの日、勇気を出して彼に手紙を書いて、本当によかった。 「好き」という真っ直ぐな想いを、一度でもそして形にして伝えていたから。
だからこそ、大人になった私の胸の奥には、出口のない後悔や、しこりのようなものは残っていない。
あの恋を経て、私は「伝えたい」と思ったことは、素直に言葉にするようになった。 声にしなければ、言葉も、その奥にある想いも、決して届くことはないからだ。
もちろん、ぶつけた熱量が「重い」と、相手を怯ませてしまうこともあるだろう。人にはそれぞれ受け止められるキャパシティがあり、そもそも興味のない相手からの言葉は、容赦なく拒絶されることだってある。
けれど、臆さず想いを伝え続けていれば、その想いをまっすぐに汲み取ってくれる人は、世界に必ずあらわれると私は信じている。
私はその可能性を信じて、今日もnoteを綴る。身の回りの大切な人たちには、その時の思いを飾らない言葉で打ち明けたりもしている。時には「えっ」と目を丸くされたりもするけど、思いをきちんと受け止めてくれる人も現れるようになった。
エンタメコラムでは愛すべき俳優たちへ惜しみない思いを綴り、
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自著では「これから書く仕事を志す人」の背中を押すために、祈るような気持ちで言葉を綴っている。
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ありがとうございます✨
読んでくださった方は、Amazonレビューいただけると泣いて喜びます!!
【完】
茨木さんの「10代の黒歴史」「本気で信じていたこと」を、裸の気持ちで文章にぶつけるという……
に参加しています。
茨木さんは、『文才ゼロでも書ける人になれる「国語力」の磨き方』を出版されている著者さんです。(めちゃくちゃ売れっ子さんです!)
今、ちょうど茨木さんの本を読んでいるのですが、元中学校国語教師の方が書かれているので説得力が段違いともいうべきか。言葉の一つ一つの重みが深いです。
文章がキレキレで、言葉選びもキャッチーなので私も読んでて大変勉強になります。
茨木さんの全裸noteはこちら。
実はこの企画に参加するにあたり、本当に裸になってパソコンに向き合おうかギリギリまで悩みました。
残念ながら、羞恥心というものはギリギリの段階で襲ってくるものでして。あと、冬なので寒いってのと、家族の目が気になってしまい、物理的に裸になることは無理でした。羞恥心に負けて、すいません。
ただ「裸になろう」を本気で検討したのもあってか、「タバコ✖️ライター(チャッカマン)✖︎罪な男✖︎お団子頭の女」の禁断の四角関係を小説にしたショートショートが「艶っぽい」「エロい」と評判です。
なんと、みなさんがスピンオフをたくさん書いてくれました。
【スピンオフ盛り上がってる!!】
コッシーさんは、タバコ目線で書いてくれました。いやー、上手いなぁ……。
藤本さんは、noteのコンテストでグランプリを受賞しており、創作大賞でも恋愛小説部門で中間選考を突破してるすごい方です。なんと、スピンオフを書いてくれました!
みんな色っぽい……ドキドキ。
なんと藤本さんのスピンオフから、スピンオフが誕生してます。
まさかの柴犬目線!犬男くんの伏線回収か??
ひつぎひなたさんのスピンオフも、色気があってゾクゾクしました。
「あたし」っていうところに、自尊心と切ない恋心の狭間で揺れてるのが伝わってムズキュンしちゃいました。
◇
それにしても私、まさか。全裸になろうとして、創作✖︎官能スイッチが入ったのでしょうか。……というのは冗談ですが、人間はギリギリの状態になることで、何かが開眼するのかもしれませんね。
改めて、この度は面白い企画を立ててくださりありがとうございました。気持ち半裸で、昔の黒歴史を書きました。
【告知】
茨木さん、岡本さんと2/9の12:00からスペースします。もし視聴できる方がいらっしゃいましたら、参加していただけると嬉しいです。
【告知 2/9 スペースイベントするよ】
— みくまゆたん (@mikumayutan) February 2, 2026
2月9日(月)12:00〜、スペースイベントを開催します📣
トークを展開するのは、元中学校国語教師で、現在は文章コンサルタントとして活躍中の茨木彩菜さん(著書『国語力の磨き方』好評発売中!)、@essayist_ayako…
