ガム踏んで、私を浄化せよ
いつも通り靴を履き、コンビニに向かって雑誌を買いに行こうとした瞬間、足裏からいつもより粘着力に似た「ぬちゃり」とした重みを感じた。
足を上げるたびに、地面からの引力を感じる。べったりした重さだ。床はひやりとしたマンションの廊下。土や泥濘(ぬかるみ)のせいじゃない。コンクリートから引力を感じたことは、生まれてこの方一度もない。
一体、何事か。さては、私の行く手を拒む見えざるものの仕業か。家で私に悪戯を施行できるのは、夫か娘のみ。確かに、夫は私へ試し行為を働く節がある。かつては、夫から
「朝起きると俺のズボンがないんだ。君が剥ぎ取ったのか」
と、疑いの目を向けられたことがある。待ってくれ。それは君が暑がりだから、無意識で脱いでるだけやで。そもそも私、そんなに君の下半身に興味ないぞ。仮にあったとしても、勝手に人様のズボンを脱がすような真似はしない。その際には、人並みに許可は取るつもりだから、どうか安心してズボンを脱いで欲しい。
夫の試し行為は他にもある。先日は、ポケットWi-Fiがないと騒ぎ出し、私が「仕事ができないから困るんだけど!」と慌て始めた途端、
「テッテレー!実は俺が、隠してました!!」
と、ドッキリを仕掛けられたこともあった。フリーランスの身からすれば、Wi-Fiなんて命綱なので、大して笑えない。彼はきっと「もー!何やってるの!」と、私に驚いて欲しかったのだろう。
納期前のフリーライターからすれば、Wi-Fiなんてまさに命綱。生殺与奪の権そのもの。他人に握らせたら、私は記事を納品できない。noteも書けない。フリーライターにとって、書けないということは、死を意味する。つまり、本気で笑えない。
私はまだ生きたいし、書きたいのだ。だから、私は彼の目をまっすぐ見据えて、こう告げたのである。
「あのさ、そういうの。面白いと思ってんの?全然面白くないから。本当にやめてほしいんだけど」
我ながらキツいこと言ってしまったと反省している。ごめん。私。会社員時代は「仕事向いてないから、早くやめてほしい」って言われ続けてきたし、書くことしか脳がないから。私から「書く」を奪ったら、家の中で1人倒れてると思うの。
夫はあまりの迫力に、お……おうと、少しビビっていた。私は普段滅多に怒らないし、バファリンの半分よりも優しい。けど、優しい私が感情的な君にキレたら、どうなるか。あえて怒らずに、正論かつ一撃で君を黙らせようとするので、本当に気をつけて欲しい。
5歳の娘も、悪戯をし始めた。わざと水たまりに足を入れてぱしゃーんとしたり。モノを隠してニヤニヤしたり。まさに、夫の遺伝子を見事に受け継いでいる。でも、流石にガムは噛めないし、噛ませていない。飲み込む可能性が高いから。
じゃあ。誰だ。引力の仕業——数千年の時を経て、ニュートンの呪いか。君に対して、私は何もしてないぞ。靴の裏を恐る恐る覗き込む。中央に鎮座する黒色をしたスライム状の塊を見るなり、私はすべてを察した。
ガム、踏んだよね。
いつもなら、ガムなんて絶対に踏まない自信がある。日頃から、道路にある犬の糞、吐き捨てたガムの後を見るなり、必ず避けるようにして歩いている。こんなものを踏むなんて、私ときたら。迂闊だった。きっと、注意力が散漫になっていた証拠だ。なんで踏んでしまったんだ。
ふと、昨日のことを思い出す。どしゃ降りの雨の中、私は初めて保育園まで娘と歩いた。
あの時、娘は網に掛かった秋刀魚のように暴れ狂い、隙あらば泥水たまりに頭を突っ込んでガリガリしていた。その様子を、私は必死で食い止めていた。
その最中で、私は無防備にもガムを踏んでしまったのだろう。
このままコンビニまで歩くべきか。でも、コンクリートの廊下に、歩くたびにガムが少しずつこびりついていくのを見るなり、顔色が曇る。ああこれ。この調子で歩き続けたら、マンションの住人に怒られる奴だよね。
ティッシュでガムを取るべきか。靴底にガムを貼り付けたまま、私はいそいそと部屋に戻る。室内は、泥棒が入ったかのようにモノが散乱している。
誰の仕業か。これに関しては、心当たりがある。私だ。私が片付けないせいだ。こどもちゃれんじの教材、雑誌、おもちゃに、回収して畳むのを途中でやめた洗濯物の数々で足の踏み場がない。ティッシュの箱がどこにあるのか見当もつかない。
いつも、ティッシュはまるで私の淡い思い出かの如く、忘れかけた頃に部屋の片隅からひょっこり現れる。発掘される箱は、いつもぐにゃりと無惨に変形している。
変形した箱を指で戻すたびに、ふと思う。昔の恋って、今思い出せばなんであんな男に夢中だったのだろうってことばかりで。それから、私も私。あの時の彼を、思い出の中で少し美化しちゃってるよね。
そんな風に、思い出を私は少しずつ上書きしながら。いいように都合よく解釈してさ。
だよね。今まで私、小さいスッタモンダも色々経験してきたけどさ。生きてきて本当に良かったって、思いたいんだよねぇ。どんな経験をしても、あの時はあんなこともあったけどさ。だからこそ、今があるって。自分を肯定したいから、もしかしたら私はこうして文章を書いてるのかな。朝の6時から、noteへ。
そんなことを思いながら、ティッシュの箱を探す。ところが、遠い記憶のように彼は、なかなか姿を見せない。
これはもう、苦肉の策ともいうべきか、応急処置だ。私はトイレへ駆け込み、トイレットペーパーを引っ張り出すと決めた。
ティッシュを探すより、トイレットペーパーを引っ張る方が手っ取り早い。私はクルクルと、慣れた手つきでトイレットペーパーを絡めとる。
トイレットペーパーでガムを取る時、一点だけ注意しなければならないことがある。それは、ティッシュより薄いということだ。取る時には、お祭りの金魚すくいで、金魚をすくう気持ちでそーっとガムを取らないといけない。
なぜ、その意識が必要か。トイレットペーパーはすぐに破れるからだ。指にガムもついてしまう。ここまで注意しても、ガムは全然取れない可能性もある。なにしろ、人が噛んで道端に吐き捨てた上で、熟成され黒ずんだガムだ。粘着力の面構えが違う。
案の定。事件は起きた。
瞬く間に、誰が噛んだのかもわからない得体の知れないガムがトイレットペーパーを突き抜けて、私の指にまとわりつく。
「あああああ、もう!」
苛立ちが頂点に達する。誰だよ、ガムを道端に捨てた奴。ちゃんとティッシュにくるんでゴミ箱に捨てておけ。私が一体何をしたっていうんだ。部屋を片付けてないだけじゃないか。
ああ、全然取れない。だんだん腹が立ってきた。けれども、ガムというハニトラに捕まったのは、私だ。私以外、誰も助けてくれない。
結局、自分でガムとの落とし前をつけないといけない。なのに、ガムを吐いた人は責任を取らなくていいという理不尽。
ガムを道端に吐いた人は、ちゃんと反省してほしい。でも、悪いと思っていないから、人は道でガムを吐くのだろうか。彼らは、SNSで見知らぬ人に唾を吐いたりするのかな。天に向かって吐いた唾は、いつか時を経て返ってくるというのに。ツイ廃であり、SNSジプシーの私は、そんな風に今まで思ってきた。
けど、結局傷つくのは通りすがりの気が弱い人で。彼らは勝手に槍を受け取り、傷ついて姿を消していくし、唾を吐き続ける人は、粘着力をさらに高めてパワーアップしていく。なんなんでしょうね。
私は、洗面台の蛇口から水を勢いよく出し、力技でガムを洗い流そうとした。水と指の合わせ技で、靴底の隙間にこびりついたガムを取ろうと企てた。結果、靴と私がびしょ濡れになっただけだった。
コンビニに行きたいだけなのに、外に出られない。どうしてくれるんだ。此畜生め。絶望に暮れながら玄関のたたきを見ると、さらなる悲鳴が上がった。 なんと、ガムの残骸が黒ずんだシミとなって、玄関のたたきにべったりと残っているではないか。
私は急いで、再びトイレットペーパーに水を染み込ませ、ゴシゴシと床をこすり始めた。しかしガムは頑強に抵抗し、またしても私の指に絡みついてくる。誰が噛んだかもわからないガムが、執拗に、どこまでも私を追いかけてくる。
この、相手の迷惑も顧みず、ベタベタと絡みつき、引き剥がそうとしてもしつこく残る粘着力。
どこかで、思い当たる節がある。
あ、これ、独身だった頃の——婚活時代の私の恋愛だ。ガムの粘着力と、当時の私の恋におけるあくなき執着心が、完全にシンクロしていく。
突如、玄関先で私はなぜか反省モードに突入する。あの頃、イベントで初めて会った青年と連絡先を交換し、少し連絡のやり取りをするようになっただけなのに。バレンタインだからと手作りのクッキーを郵送で送りつけてしまったA君。あの時は、気持ちが暴走してしまい、本当にすいませんでした。あのクッキー、きっとこのガムくらい重かったよね。
なぜ、玄関で私は「過去の黒歴史」と対峙しているのか。ふとした時に、昔しこりのように心の内に残っていたものは、ぬらりと表に出る瞬間がある。それはきっと、何気ない拍子で訪れる。たとえば、自分が怒りや苛立ちなどを感じた瞬間でだったり、とか。
そして、自分が誰かにそう感じさせるような行動をした時に、ねちゃっと表にあらわれて。私は足をすくわれるのかもしれない。
年月が経ち、向き合いながら、その時を反省する日がくるのかな。そう思うと、日頃の行いって大事だなと、ぼんやりゴシゴシと床と靴を磨き続けながら思う。SNSでも、なるべく人の心がホッとするツイートを心がけていこうぜ、私。
すると不思議なことに、ガムがだんだんと綺麗に取れていく。けれども、心なしか少し寂しくなっている自分がいた。ガムとともに、私の過去の二度と経験できない思い出や執着心が薄れていく。
すっかり綺麗になった靴を履き、ようやく外に出られた。外は灰色の空で、いまにも雨が降りそうだ。心なしか、いつもより足取りが軽いけど。改めて、私は覚悟する。
ガムを踏まないように。道とSNSに唾を吐かないように。そして、部屋を片付けて、ティッシュの箱は常時セッティングしておこう、と。
【完】
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