街コン行ったら、ライターになれた
500円。
これは、私が文章のお仕事で初めて受け取った一記事分の報酬単価だ。
執筆したのは婚活コラムで、一記事あたり800〜1,000文字程度。初めでのお仕事だったので、それが安いのか高いのかさえもわからない。
けれど、お金を受け取った瞬間、なんだか妙に嬉しくて。何度も振り込まれた通帳の金額を指で擦り切れるまでなぞっていたあの日のことを、今でも覚えている。
その前から、趣味でブログを書いたり、公募に小説を応募していた。棒にも箸にも止まらない小説はお金にもならないし、1人で書いていても虚しい。だから、時折婚活ブログの「箸休め」として公開していた。
喪女が想像妊娠で子どもを産み、その子に「喪女太郎」と命名。喪女太郎は、喪女がクズ男に引っかかる前に、「俺が俺が!」と自己主張の強い男たちが集う「俺が島(鬼ヶ島のパロディ)」へと、俺様男たちを退治しにいく——「喪女から生まれた妄女太郎」という話を書いたら、それなりに人気が出た。(※ブログは削除したため、小説は「小説家になろう」へ移転)
それと同時に、婚活1人リアルバラエティショーとして、婚活の愚痴をただひたすら書いていた。
ブログは読者もできて、書けばたくさんのコメントがついた。嬉しかったけど、お金をもらっていた訳でもないし。そもそも、私はただの憂さ晴らし感覚で、ブログを書き綴っていた。自分のために書いていたし、読み手のことなんてロクに考えたことすらない。
だれかに「婚活頑張ってるね」と。ただその一言を言われたいのと、婚活地獄から早く抜けたい一心だった。
結局、いつも言われるのは「理想を落とせ」。
年々、理想が刻一刻と上がっていく。一度上がった理想を落とすのは、至難の業だ。
眩いほどにかっこいい人も、紳士で素敵な人も。腐るほど見てきた上で、必死に積み上げてきた理想だった。けれどその理想はどれも実っておらず、指でポンと押せばジェンガみたいに脆いものばかりで。
なのに私の年齢だけはどんどん上がっていく。出産が全てではないという時代に差し掛かってきてもなお、35才の婚活市場では子どもを求める男たちがギリギリ残っていて。その品定めの中で、私は漏れなく溢れ落ちていく人間の1人だった。
自分の婚活における「市場価値」が翳っていく。辛い。嫌だ。認めたくはない。だから私は、理想と現実のあいだで、エンヤの歌を延々と流していた。
今のnoteを読んでいると、読み手がどう思うのかとか、どう書けば刺さるのかとか。一生懸命研究されている方も多くて、その意識の高さと真面目さに平伏している。ダーク婚活ブログを書いていたあの頃の自分に、少しでも爪の垢を煎じて飲ませて欲しい。
あの頃の私は、愚痴を綴っていた文章に、価値を感じたことすら一度もなかった。
むしろ価値なんてなくて良い。私が救われたら、それでいい。そう考えていた。
自己中だし、文章に関して意識高い系の仕事をされている方とお茶でもしばこうものなら、きっとパシャーンと飲みかけの珈琲でもかけられて、私の服はきっと薄茶色に染まることだろう。
文章を書く仕事をしたいとも考えていなかった。そんなことよりも、とにかく。早く結婚したかった。
ライターという仕事があるとも知らなかったし、なるつもりもなかった。ライタースクールや講座があったり、編集プロダクションや出版社からライターになる人が多いといった業界事情も、この仕事をし始めて随分経ってから知った。
そんな私でさえ、文章でお金をもらった瞬間は感動した。
——私の文章、お金になるんだ。
ブログで評価されたり、感想もらえたものとは、また違う感動だった。文が銭に代わり、その金額が通帳に記録される。私の歴史が動いた、と思った。
あの時の嬉しさは自分の中でも大きな自信となり、生きる希望へと繋がっていく。
この仕事を手にするには、街コンへ——そして、そこで出会った「彼」に会わなければ、何も始まらなかった。彼は私に色んなことを教えてくれた。性の方ではない。ビジネスの方だ。
◇
あれはまだ、私が売れ残りケーキを煮詰めてより甘くさせていた35才のOLだった頃。私は婚活に明け暮れていた。
思うように婚活が上手くいかないのを心配され、会社の人から「バーベキューコンだって。行ってきたら?」と声をかけられた。
バーベキューコンとは、組合行事でも、社員行事ではない。バーベキューをしながら、男女が出会いを楽しむ街コンのことだ。
今のご時世、そんなことを会社の人が言おうものなら、セクハラとか。不適切にも程があるとか、略して「ふてほど案件」とか。あれこれイチャモンつけられていたのではないだろうか。当時は必然みたいなものだったし、私は本気で職場の方々に将来を心配されていた。結婚適齢期はとうに過ぎた、もう35才だからと。
街コンのお誘いは、私への愛。そして、ご厚意だったのだ。あなたは、幸せになりなさいよと。
その気持ちを受け取らなければ——阿部寛がかつて生徒に「お前は東大へ行け」と言ったように、私は何の躊躇いもなく会社を休み、街コンへと足を運ぶことにした。
◇
バーベキュー会場で私は、日に焼けた肌に、端正な顔立ちをした男性と出会う。
彼は「ハァーィィィィ!ハァーーーーーイ!」と奇声に近い声を発しながら、手慣れた手つきで肉を焼いていた。
かっこよかった。私の一目惚れだった。
彼と仲良くなりたい。そう思った私は、早速彼に近づき、
「肉の焼き方お上手ですね」
と褒めると、彼は額の汗をぐいっとぬぐいながら「実は私、バーベキュー検定を所持しておりまして」と、少し照れた笑みを浮かべながら、得意げに語った。彼の焼けた頬がほんのり紅潮する。
バーベキュー検定は日本バーベキュー協会が提唱する”誰もが安全安心に楽しいバーベキューにする”スマートバーベキューを学ぶ座学と試食付きのでモンストレーション、筆記検定試験で構成されています。
バーベキューで知っておくべき基礎座学と実践的なバーベキュー講習後に行われる筆記テストに合格すると日本バーベキュー協会公認の「バーベキューインストラクター」となることができます。
彼は街コン会社の社長をしており、そのイベントには恋人探し目的ではなく、バーベキューで「肉を焼く」という任務を全うするために参加していた。
仕事でバーベキューを行う機会があるので、ならば資格を取っておきたいと。せっかく誰かのために肉を焼くなら、きちんとしたい。美味しいものを食べて欲しい。そう語る彼は眩しかった。
なるほど。だから異性には目もくれず、汗水垂らして必死に肉を焼いていたのかと、私は腑に落ちた。何てかっこよくて、ひたむきな人なのだろうと胸がときめく。
胃袋を掴むのは難しそうだが、とりあえず心は掴んだのではないだろうか。そうと決まったら、善は急げ。次に聞くのは「連絡先」だ。
「連絡先を教えてください」
そう尋ねると、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔つきで
「むむむむむ、無理です!僕には、すっっごい可愛い彼女がいるんで!!本当ーーーに、可愛いんです!だから、無理ですっ!!」
と、狼狽えた。
「私はタイプじゃないですかね?」
「いや、タイプとかじゃなくて。彼女が!彼女がいるんです!それも、すっごい可愛いんですーー!」
連絡先交換を断られただけにとどまらず、ほんのり容姿もディスられたような気持ちになったが。彼女がいるならまあ仕方ない。マジで恋する5秒も経たぬうちに、私の恋は終わった。
「あっ、僕は無理ですけど。もし他にイベントがあれば、また誘います」
彼からそう言われ、結局私たちは連絡先を交換した。それから何日かの時を経て、LINEのタイムラインに「街コンサイトで、恋愛コラムをかけるライターを募集しています」という投稿が流れる。投稿したのは、街コンで出会った彼だ。
ちょうどその頃、アメブロで婚活愚痴ブログを綴っていた。ブログは、時折アメトピに選ばれたり、PVもそれなりに高く、彼氏ができたら読者50人位から「おめでとうございます」とコメントが届いたり、2chにも私のスレッドが何件か立った。当時、婚活ブログ界隈において2chへの進出は人気ブロガーの証でもあり、勲章とか印籠みたいなものだった。
「私、婚活コラム書けます」
恋愛コラムなんて書いたこともない癖に、私はこともあろうか自信満々に断言した。なんなら、私はアメブロで人気ランキングの上位で、数字も取れちゃいますとか言ってたように思う。
無知は強い。裸の王様は、知らぬが仏だからこそ、パンツ一丁でも強気でいられるのだ。
「本当に書けるんですか?では、書いた記事を見せてください」
彼のメッセージは、どこか不安そうだ。そりゃそうだ。応募するなり、何の実績もないのに「私、婚活コラム書けます。数字も取れます」って。時折SNSにはこびる「貧乏から成り上がった女社長」並の強気じゃないの。
私は早速、アメブロのURLと当時のPVが映っている箇所をスクショして送信した。すると、すぐさま彼より「文章、凄いですね!面白い!採用です」と返事が届く。
そこから、私のライター人生はスタートした。
彼は仕事をするなら、ちゃんとお金周りはしっかりしておきましょうと私に告げた。そして税理士さんをすぐさま紹介してくれて、その方から1vs1(マンツーマン)の指導を受けた。
税理士さんは軽やかなパーマヘアーですらりとした背丈の人。くっきりとした二重瞼に、足も長くてモデルみたいで、
「イケメン俳優さんみたいで、かっこいいですね。彼女いるんですか?」
と声をかけたら、確か苦笑いされた記憶がある。彼からは、なぜ個人事業主はお金周りを徹底する必要があるのか。確定申告の必要性、提出方法などについて丁寧に教えてくれた。
その辺りの件については、私自身も税務署や商工会議所へ何度か相談のために足を運んでいるが、彼にも相談できたのは心強かった。
あの頃を振り返って思う。乗りたいチャンスがあれば、興味があれば。結果論かもしれないけれど、ダイブしてみて良かったと。
途中で枝に引っかかり、失敗するかもしれないけれども。飛ばなきゃ、飛べない。素通りしたら流れてしまう。ドアをノックしなきゃ、誰も扉を開いてくれない。
飛び込んで、ノックして。やっと、重い扉がゆっくり開くのだ。扉が開かなくても、弱気になってなんていられない。多少強気にノックすることで、相手も扉を開いてくれるのかもしれないと、希望を持つ。
そして、少しずつ扉が開き。前に進めるのだ。
◇
いつの頃からか。彼を、社長と呼ぶ関係になった。
社長と仕事するなり、私は「初心者ですが、よろしくお願いします」と挨拶のメッセージを送った。
すると「僕らは初心者じゃない。プロだ」と、社長からの返事が届く。仕事を受ける限り、初心者を名乗っては行けない。プロとしての自覚を持てと。そう言うなり、社長は時々「頑張ったから、ご褒美」といって、仲間を紹介してくれたり、ご飯をご馳走してくれたりした。
あれから私は、一度も自分を「初心者」と名乗っていない。
なぜ採用になったのですかと、しばらくしてから社長に聞いた。
応募が来た時は、「正直、この人で大丈夫なのか」と思ったらしい。
けれど、文章を見て天才だと。君はいつか、とんでもなく稼げるライターになれると思う。僕からすれば、女性としては絶対に無理だけど、仕事仲間として一緒に頑張りたいと。だから採用した。そう告げられた。
大袈裟な褒め方だな。そう思ったけど、彼は本音で話していた。隣の席でお酒を飲みながら話していた彼の目は、濁りがなくて真っ直ぐだった。
その言葉は、私の心の中で何年も消えずに残り、支えになっている。だから私は今も、いいなと思う人やものを見ると、つい本音で褒めてしまうのかもしれない。
褒め方が大袈裟だと言われることもある。ちょっと敬遠されることもしばしば。
あの人、今はざっくばらんに褒めてくれるけれども。そのうち、何か情報商材でも売るのではないか。ライター講座でも開いて勧誘する目的だろうか。ひょっとすると、そのうちメンバーシップを始めるのかもしれない。私はその一員として、狙われて……だから、今。私のことをあの人は、大袈裟に褒めているのでは……。
実際にnoteにて数百円で有料記事を販売しているし、今後どんなキャリアを築くのかさえ何も読めないので、結局のところ何も反論できない。
大袈裟な褒め方をして、誰かに引かれていたら申し訳ない。今の人とは感覚が違うかもしれないけれど。
私は昔、そうやって育ったから。同じことをしているだけ。あとは、言ったそばから忘れてしまうから。だから忘れる前に伝えている。言葉はそういうもんだ。発した言葉は止まらない。漂流して、誰かの心に残ったり。または育っていく。
◇
私は今、45歳。かつて携帯のLINEから記事を綴っていた私も、今ではパソコンを開き、WordPressやGoogleドキュメントなどを駆使して執筆するようになった。
あの頃よりも、キーボードを捌く手つきもうんと慣れて……けれど、その分「こうでもない」「もっとこうした方がいいかも」などと、頭をこねくり回しながら、今日も文章を紡いでいる。
【完】
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