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処女、官能小説家になる【第八話】

【第七話までのストーリー】
 咲子は塚本から、悪霊に狙われていることを唆される。
 悪霊は多重人格を持つという話から、月野マリアが悪霊だったのではないかと、咲子は疑う。塚本からは、その後もアプローチが来るようになり、咲子は戸惑いを隠せない。

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第九話

第八話

塚本

 咲子は、あのデートの日から、塚本と毎日メールをするようになった。メールは、いつも決まって塚本からだ。咲子から彼にメールを送る事は、ほぼ無いに等しい。

 ——彼のことは、決して嫌いではないのに。一緒にいて楽しいし、それに彼はとてもいい人。でも、なんでメールを送りたいという気持ちにならないのだろう。

「おはよう。今日も一日頑張ろうね」

「こんばんは。仕事はもう終わったかな?」

「僕は、今日は会議があって遅くなっちゃいました。メールもいつもより遅くなっちゃってごめんね。おやすみなさい」

 付き合ってる訳でもないのに、塚本からは彼氏のような内容のメールが届く。これまで男性と付き合ったことのない咲子は、塚本からのメールに戸惑いを隠せない。男性って、こんなにマメなのだろうか。

 思い起こせば、咲子がメールのやり取りをしてきた男性は、片桐のみ。

 片桐からのメールは、いつも気まぐれに届く。内容は、いつだって仕事の話か、飲み屋で出会った人の話など、どうでもいいネタばかり。塚本のように咲子を心配するようなメールは、これまで一度も届いたことはない。

 片桐からメールが届くのは、深夜0~4時頃が多かった。片桐からは「いま、キャバクラ帰り~」と、朝の4時に電話で起こされた事もしばしば。あの男は、おそらく咲子が今寝ているかどうかなんて、これっぽっちも考えていないのだろう。

 丁寧なメッセージが男性から来たのは、咲子にとって塚本がはじめてだった。塚本は、一体どういうつもりでこんなメールを送ってくるのだろうか。電話も、2日に1回はくるなんて。かなりマメだ。

 かといって、塚本からは咲子を口説く素振りも見られない。メールの内容は、挨拶や相手を気遣うようなものばかり。塚本も、一体何を考えているのだろう。

 男性経験がない咲子にとって、塚本の気持ちが読めないことが不安で仕方なかった。

 咲子と塚本は、やがてお互いの時間があえば、2人で軽く食事に行くことが続いた。その時も、塚本が咲子に手を出そうとする事は無かった。

 なぜ、彼は男なのに手を出さないのだろう。私には、性的魅力がないのだろうか。それとも、何か他に目的があって私と会っているのだろうか……。

 用心深い咲子は、体目当て以外に男が女を誘う時は、何か理由があるはずだと考えた。咲子は、震える手で「男 体目当て以外に女を誘う」と検索する。

 すると「マルチ商法 勧誘」「結婚詐欺 独身女」「宗教 洗脳」など、恐ろしい単語が次から次へと出てくる。

 もしかすると、塚本は私を騙そうとしているのかもしれない。手を出さないのに、何回もご飯に誘うなんて、絶対におかしい。咲子は、たちまち不安になる。

 どうしよう。これ以上関わりを持てば、本当に騙されてしまうのかも。咲子は頭を抱えた。

 咲子は、塚本がデートで話していた時の内容を、ふと思い出す。そういえば会社員の傍ら霊媒師の仕事もしてたと言っていたっけ。インターネットで「霊媒師 独身女 詐欺」と検索したら、何か手がかりがあるかもしれない……。

 インターネットを検索すると、「霊感商法 結婚詐欺」の詐欺被害口コミサイトを発見した。もしかしたら、塚本も結婚詐欺の一味なのかもしれない。咲子は身震いした。

 咲子が1人怯えていると、塚本から「こんばんは。お仕事はどう?忙しい?明日、もしよかったらご飯一緒に行きませんか?」と、メールが届く。咲子はどきりとした。

 ——どうしよう。このまま彼の誘いに応じ続けていたら、詐欺や事件に巻き込まれるのかもしれない。

 ネガティブな妄想ばかりが止まらなくなり、咲子の膝はがくがくと震えた。

 そういえば。咲子は思い出したように、隠し口座があることを思い出す。咲子はOLの給料が振り込まれる口座の他にも、官能小説家用の口座を別に所持していた。

 その口座には、月野のゴーストライターとして稼いだ印税がたんまりと入っている。ゴーストライターといえども、月野はすでにこの世にいない。遺族もいない。つまり、月野の印税は全て咲子の元に入った。

 印税の一部は、片桐が手伝ってくれた時にバイト料として渡していた。ただ、あくまで渡していたのは1/10にも満たない金額である。

 片桐も月野マリア名義の作品がドラマ化、映画化の道を辿り、大ヒットしているのを知っているのだから、稼いでいること位は理解しているだろう。

 もしかしたら、本当は片桐が塚本に何かを話しているのかもしれない。月野マリアの代わりに小説を書いて、お金をたんまり稼いでいることを知っていれば、そのお金を狙おうと思うはず。

 塚本は、何も彼から聞かされていないと言っていたけど。詐欺師なら、平気で嘘もつくだろうし……。

 塚本は、確か本業が銀行員だったはず。印税の入金がある口座は、偶然にも塚本が働いている銀行だ。もしかしたら、塚本は私の預金額を知っているのかもしれない。

 塚本は、私の銀行口座の預金を狙っているのだろうか。咲子はそう思うと、怖くて夜も眠れなくなった。

「咲子。なに、もたもたしてるのよ。また、折角のチャンス潰す気?」

 突然、背後から女の声がする。咲子は、後ろを振り向いた。女は、幽霊の月野マリアだった。

 咲子は、一瞬目を疑った。五年前に、「もう出てこないで」と月野に伝えた切り、彼女はあれから一切目の前に現れることはなかったからだ。

「お久しぶりね。咲子」

 そういって、月野はふふっと微笑んだ。月野の声は、いつもより声が軽やかで、明るい。この日の人格は、ヤンキーのサリナでも、他にも従順で優しいハルカ、面倒見のいいヒトミでもなさそうだ。

 ——じゃあ、この人格は。あなたは一体、誰なの……。

「どうしてまた、私の前に出てきたの?私、あんなに酷い事言ったのに」

 ふと咲子は、塚本から「あの幽霊は、悪霊だ」と言われていたセリフを思い出す。月野とは久しぶりの再会なのに、何処か躊躇してる自分がそこにいた。

「実は、咲子に拒絶されてから、ただ自分の姿を消してただけよ。あなたの付近には、ずっと一緒にいたわ。

時折、咲子が小説書けなくて悩んでた時も、いない時を見計らってノートにこっそりアイディア書いたりしてたのよ。

咲子は、気付かなかったけどね」

「どうして?」と咲子が言うと、月野は「心配だから」と優しい声で言った。月野の瞳は、透き通るような褐色で、美しさに見入ってしまう。月野の瞳って、こんな色だっただろうか。

 しばらく会っていないだけに覚えていないが、こんな色ではなかった気がする。

「姿を消していただけで、実はずっと傍で見守ってくれてたんだ。ありがとう」

「お礼はいいわ。それにしても、咲子ときたら。私のことを散々悪霊呼ばわりする男性に、唆されちゃうんだから。まったく、あのインチキ霊媒師め」

「えっ。インチキ霊媒師って。もしかして、塚本君が?」

 咲子は、目を丸くする。やっぱり、彼は詐欺だったのか……。薄々疑っていたとはいえ、事実を聞かされるととてもショックだ。

「塚本の家は、某信仰宗教団体の幹部一族よ。咲子は、上手くいい事言われてるだけよ。塚本の狙いは、咲子の預金だと思う」

「そ、そんな……」

 咲子は恐怖で震えていると、やれやれといった表情で、月野は話をさらに続ける。

「流石の私も、今回ばかりは見かねたのよ。

お願いだからもう、あっちこっちフラフラしないで。そして、私を心配させないでよ」

 塚本は、やっぱり詐欺だったのだろうか。それとも、嘘をついているのは月野マリア?一体、どっちが嘘をついてるのだろう。

 するとこのタイミングで、塚本から「今日、もしよかったら会えるかな?」というメールが届く。どうしよう。なんで返事をしたらいいのか。咲子は躊躇した。

デートは突然に

「絶対、誘いに応じない方がいい。どうせ、そんなに好きでもないんでしょう?時間を費やすなんて時間の無駄よ」

 月野は、咲子に厳しい口調で言い放つ。

 塚本への返事に迷っていると、突然咲子の携帯が鳴る。また、塚本からの連絡だろうか。咲子が恐る恐る携帯の画面をチェックすると、それは片桐からのメールだった。

 メールの内容は、「久しぶり咲子。最近、塚本から連絡来てる?」というものだった。

 月野は片桐からのメールが届いたのを知るなり「片桐じゃないの。久しぶりだわ、懐かしい。ねえねえ、会うの?会うの?」と、嬉しそうな声をあげた。

 会うも何も、片桐は既に既婚者だ。もちろん、咲子も片桐に会うつもりなど、さらさら無い。下手に会って、妻のマリコに不倫を疑われるのも面倒だ。

 咲子は片桐に「なんで?」と、返答する。

 すると、片桐から「あいつ、咲子の事好きらしい。俺の所に、相談が来た。こんなチャンスなかなか無いぞ。一回、とりあえず付き合ってみれば?」と返信が届く。

 ——とりあえずって、何よ。

 咲子は、イライラした。咲子は片桐に「とりあえずとか、絶対無理なんだけど」とメールする。

 すると片桐から「咲子はもう、25歳なんだよ。そろそろ焦らないと。じゃあね」という返事が届いた。

 馬鹿にするな。苛立った咲子は、思わず携帯を投げ捨てる。つくづく、片桐は適当でいい加減な男だと思った。

 咲子は、こんな男に夢中になった青春時代を、激しく後悔した。タイムスリップして、過去に戻って、もう一度人生をやり直せたらいいのに。

 もうあんな男に、いつまでも馬鹿にされてたまるものですか。咲子は、塚本に会うことを決意した。塚本に会って、片桐のことを完全に忘れてしまいたい。

 ——誘われるうちが、花だし……。

 咲子が塚本に会おうとすると、月野は「何で会うのよぉぉ!馬鹿かおめぇぇはぁぁぁ!」と、猛烈に怒り出した。

 どうも、月野の人格の1人である「ヤンキーのサリナ」が現れたようだ。月野は、興奮するとサリナに変化しやすい。

「ごめん、月野マリア。人との出会いって、一期一会だと思うの。本当に塚本が悪い人かどうかってことを、この目できちんと確かめたい」

 塚本に会うと決めた瞬間、月野は頭を抱えてうなだれた。


「咲子ちゃん、久しぶり」

 塚本は、相変わらず爽やかな笑顔だ。塚本なら嫌いなタイプでもないし、好意を持たれても嫌な気はしない。

「咲子ちゃん。また、悪霊ついてきてるけど。確か、一度は振り払って消えた筈なのに、また背後に見えるんだよ。女の霊が……」

 塚本は、青ざめた表情で咲子に言った。しかし今は、月野が傍にいないことは、咲子もさすがに理解していた。

 塚本は、本当は霊が見えないのではないだろうか。霊の情報も、片桐から実は聞かされていて、それを伝えているのかもしれない。

「どうしようかな。咲子ちゃんの除霊をしてあげなきゃって思うんだけど。

その為には、僕のパワー入りの秘伝のペンダントを着けないといけなくて」

 自信満々の表情で、塚本は怪しげなペンダントを差し出す。そのペンダントは、道端に落ちているような石ころに、革ひもをつけたような簡素な造りのものだった。

「このペンダントは、秘伝の呪文を満月の日から新月になるまで毎日念じて作られた代物なんだ。

高価なものだけど、咲子ちゃんには特別でプレゼントしてあげたい。咲子ちゃんは、僕にとって大切な人だからさ」

 どう見ても、単なる石ころなのに。咲子は声を失う。月野のいうことは、結局正しかったのか……。

 すると、ふとあたり一面に、ヒュウウと強い風が吹き荒れる。突如、塚本が大げさに慌てだす。

「や、やばい……。悪霊が暴れている!おのれ!悪霊め!咲子ちゃんに迷惑ばかりかけやがって!咲子ちゃん。後ろに下がってて。

僕が、守ってあげるから。さあ咲子ちゃん、このペンダントを身につけて。早く!」

「その石、本当に必要なの……?絶対、何の効果もないよね。道で拾った石に、革ひもつけただけだよね?」

「な、何を馬鹿なことを言っているんだ!早くしないと、悪霊に体を乗っ取られてしまうかもしれない」

 そう塚本が言った途端、パァンと、ペンダントの石が音を立てて勢いよく割れた。

「悪霊め!」と、塚本は突然宙に向かって叫び始めた。

 すると、塚本と咲子の前に、ぼんやりと黒い長髪の女が姿をあらわす。女には、足がない。

「う……恨んでやる……」

 女は、低く重い声で囁き、じろりと凝視する。目は白目で、頭からは血を垂れ流している。

 塚本は「ひいいい!本当に、幽霊出たぁぁ!」と、真っ青な顔をして足早にその場を去った。すると、女の血の気がサーッと引き、白目から褐色の瞳がちらりと覗き始める。

「月野マリア……。やっぱり、あなただったのね」

「まったく。幽霊になって始めて『う……恨んでやる……』なんて臭いセリフ言ったわよ。ああ、恥ずかしい」

 幽霊の正体は、月野マリアだった。

「咲子を心配してついてきたら、このザマとは。馬鹿ね、咲子も。だから、私が言ったじゃないの。

塚本は、悪徳霊感商法の詐欺師なの。まあ、実際に多少の霊感だけは本当にあるみたいなんだけど。私のことも、ちゃんと見えていたし。

まぁ、片桐がぜんぶ悪いんだけど」

 咲子は「えっ」と声を上げた。

片桐の真実

 月野も「実は、私。暫く幽霊として片桐にバレないように行動を尾行してた時期があって。

 片桐は塚本に負けない位、霊感もあったから気配消すの大変だったわ。

 あの二人は、同じように強い霊感の持ち主だったから、仲良くなったのかもしれないわね。片桐は、何度か塚本と会っていたみたい」

 月野からそう聞かされるなり、咲子は思わず両手で耳を塞いだ。片桐君が、まさか……。

 咲子の行動に対し、月野は「いいから聞いて」と言って、話をさらに続ける。

「片桐は、塚本に『あいつのこと、頼む。幸せにしてやってくれないか』って言ってた」

「えっ」

 咲子は、目を丸くする。

「自分が幸せにできなかったから、せめてもの償いだったのかもね。

本当、あの男は馬鹿だわ。塚本が詐欺する男って、わからず勝手に勧めるなんてさ……」

 咲子は月野から話を聞かされ、言葉を失う。そんな償いなんか、いらない。あなたの余計な気遣いなんか、私を惨めにさせるだけだ。

 私を幸せにできないなら、いっそ何もせずそっとしていてくれれば良かったのに。変に面倒見が良くて、ちょっとズレてて。下手に優しい。

 でも、そんなあなたが。私はずっと好きだったんだ。

 咲子の目から、大粒の涙がぽろぽろと溢れた。月野マリアは、そっと咲子の頭を撫で、抱き寄せた。

「ねえ、月野マリア。あなた、本当は佐藤由芽子でしょう」

 咲子がそう伝えると、月野の表情がぴたりと止まる。あの褐色の瞳は、どこかで見覚えがある。

 あの瞳は、SHOW編集部の佐藤雪、つまり月野の母親と同じものだ。印象的な瞳の色をしていたので、咲子の脳裏にしっかりと刻み込まれている。

「どうしてわかったの……?」

「長く一緒にいれば、色々わかることも増えるわよ。逆に、どうして本当の人格を見せてくれるようになったのか、こっちが知りたいわ。あんなに由芽子の人格を見せることを拒絶していたのに」

「それが、私にもわからないの。でも、気づけば自然とあなたの前では、素の自分が出せるようになっていたみたい」

 きっと、自分に心を許し、認めてくれたのだろう。咲子は嬉しくなった。

「もうあなたは、無理して人格を作らなくてもいいから。ずっと、そのままでいて」

 そう咲子が伝えると、月野は安心したのか、ポロポロと涙を流し始めた。


 塚本との出来事以来、咲子はOLの仕事を続けながら、必死で小説を書き続けた。

 月野はそんな咲子を、終始隣でサポートし続ける。

 咲子はすでに自力でストーリーを書ける実力を身につけていたが、月野マリアのゴーストライターをすることに拘り続けた。

 それは、傍にいてくれる月野の力になりたいという思いもあったからだ。

 月野マリア名義の小説は、何度もヒットして重版となる。咲子は、あっという間に30歳となった。

【続く】

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