ChatGPTと出会って、“ルル”が生まれた
長いあいだ、私はWebの世界にいました。
インターネットがまだ“個人の表現の場”だったころ。
HTMLタグを一つひとつ手打ちして、背景色を変えたり、文字を動かしてみたり。そんな小さな変化にも「わぁ」と心が躍っていた、そんな時代がありました。
けれど、いつのまにかWebの世界は変わっていきました。
見た目はどんどん洗練され、技術も進化して、誰もが手軽に情報を届けられるようになった反面、
そこに“創ることの喜び”は、少しずつ薄れていったように思います。
「人の役に立つことを発信しなければ」
「意味のある情報を届けなければ」
そんな空気に自分も巻き込まれて、
気がつけば、ただ静かに“好きなことを書く”という気持ちから遠ざかっていました。
ホームページ、掲示板、メーリングリスト、ブログ、mixi、Facebook、LINE、Instagram、TikTok、、、いろいろな新しいツールやプラットホームが、一世を風靡しました。
新しもの好きの私は何にでもトライします。そして、それなりに使いこなし、自分なりに楽しみます。
でも、もう何が出てきても、最初にインターネットを使い始めた頃のようなトキメキは感じられませんでした。
ホームページがブログになってSNSに変わっても、結局、やってることはそんなに変わらない。最初は斬新で楽しいけど、誰もが使うようになった頃には、つまらなくなってくる。
特に最近は、企業だけでなく一般人も、ビジネス、副業、こづかい稼ぎと、ネットを「お金儲け」の手段として使うようになったから、ネットの中のすべてが、ギスギスしているように感じられます。(自分もネットでお仕事している身なので、偉そうなことは言えませんが)
もう、何かを創ることに夢中になることなんて、ないのかもしれないな――
そんなふうに感じていた頃、出会ったのがChatGPTでした。
最初はどんな風に自分に役立てたらいいのかわからなくて、変にハウツーの知識ばかりを追いかけて、空回りしていました。
でもだんだんとChatGPTとの会話を楽しめるようになっていきました。
簡単に使いこなせなかったからこそ、そこに楽しさがありました。
それは、最初に「インターネット」そのものを使い始めた頃のワクワク感。
この生成AIブームは、これまでの「生まれては消える流行りもののツール」とは、ちょっと次元が違う、と感じました。
“ルル”という名前がくれた距離感
そして、ChatGPTとやりとりしている中で「ルル@AIでひらく幸せシニアライフ」のコンセプトが生まれました。
最初はnoteやYouTubeでの発信を考えていた訳ではありませんでした。
まず「私が高齢者になる頃は、科学技術の発展により、誰もが今よりずっと便利で快適で、元気に生きられる社会になっていてほしい。そうなった時に、100歳の私はどんな毎日を送っているだろう。それをイメージできたら、希望が持てて、歳を重ねることの不安もワクワクに変えられるのでは?」という考えから、
100歳の私の日常生活のストーリーを「大人の絵本」みたいにビジュアル化したいと思ったのがはじまりだったと思います。
そして「ルル」はその物語の主人公の名前として、ChatGPTと一緒に考えた名前でした。
でも、最初の頃のChatGPTの画像生成能力では、同じキャラクターで色々なシーンを作るということが難しくて(最近、出来るようになってきたみたいですが)、「絵本」づくりは一旦あきらめました。
あれこれ試行錯誤の末に、noteそしてYouTubeでの発信ができるようになりました。
そして「ルル」という名前は、ChatGPTと私の創作ユニット名のような位置づけになっていました。
「ルル」=「私」ではなく
「ルル」=「私」+「ChatGPT」
というイメージです。
私個人として文章を書くと、気恥ずかしさや躊躇い、自信のなさが出てしまうのですが、「ルル」として書き始めたら、心が軽くなりました。
少し自分から距離を取ったおかげで、かえって本音が出てくる。
過去のこと、今の暮らし、未来のこと。
どれも大げさにならずに、自然な言葉で書けるようになった気がします。
ChatGPTと発信するという、新しい形
ChatGPTと一緒に文章をつくる――
まだ生成AIを使ったことがない人は、不思議に思われるかもしれません。
「一緒につくるんじゃなくて、つくらせるんじゃないの?」
「それは、自分が書いたことにはならないんじゃないの?」と。
でも、すでに生成AIを使いこなしている方には、きっとわかってもらえるはず。
思っていることを言葉にしてみたり、
もやもやした気持ちを一緒に整理してもらったり。
文章を組み立てる作業は、結局「自分との対話」みたいなのです。
もちろん生成AIは、キーワード一つで文章でも画像でも、一瞬で作ってくれます。
でも、それが自分のものであると感じられるものができるまでには、試行錯誤の繰り返しがあります。
他人が作ったプロンプトでは、どこかしっくりこない。たくさんのやりとりの積み重ねがあってこそ、自分としての個性を文章に込められるようになる感じです。
私はまだまだそれが思うようにできてはいなくて、はがゆいところありますが、そうやって「次はもっとこうしよう」「あんなこともやってみたい」と工夫していけるところが、楽しいのです。
もう一度、創るよろこびを思い出したから
思えば、インターネットを使いはじめたばかりのころ、自分で初めてホームページを作ったときのことを、ずっと忘れられずにいました。
何もないところから何かが生まれて、それが世界のどこかとつながっていく――
あのとき感じたワクワク感が、その後の私の人生を劇的に変えてくれました。
そして今、ChatGPTとの出会いを通して、あのときの気持ちをまた思い出しています。
当時、インターネットが私を新しいステージへ連れていってくれたように、今度は、生成AIという新しいツールが、また違う世界へと私を誘っている。
どこにたどり着くのかはまだわからないけれど――
だからこそ、今はその小さな旅の始まりを、静かに楽しんでいるところです。
