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修学旅行へ行けた日——支えてくれた人たちの存在がある一方で

三年生になってからは学校に行けない日が増えていたけれど、行事が近づくとクラスメイトが「一緒に出ようよ」と声をかけてくれることがあった。
そのおかげもあってか、ターさんも「修学旅行には行く」と決めた。

もうひとつの理由は、父親にバレるのが嫌だったから。
休んでいることを知られたくない、その一心で無理をしてでも参加しようとしていたんだと思う。

当日の朝は、珍しく自分から早起きをして、酔い止めを飲んで準備。
「学校まで送ろうか?」と聞いたけど「歩いて行く」と言って、自分の足で登校していった。

私よりも先生の方がいろいろ気にしてくれていて、事前に
「フィールドワークもあるから、疲れが出たらすぐに近くの先生に声をかけられるように」
と伝えてくれていた。
その配慮が本当にありがたかった。

民泊もあるし、朝きちんと起きられるのか心配だったけれど、最後は本人の意思を尊重して送り出した。

修学旅行自体は大きなトラブルなく終えることができました。
ただ、バスの中では後ろの席の子がずっと椅子を蹴ってきていたそうです。
ずっと続いたわけではなくても、ターさんにとっては「嫌がらせを受けた」という記憶になっています。

「普段学校に来ないのに、行事だけ来るなよ」と陰口を言う子がいたから。
直接言われたわけではなくても、そういう空気を感じる。
ターさん自身も「自分が逆の立場なら、そう思うよな」と思っていたようです。

ターさんはこの時点まで病気の事はクラスメイトには伝えていなかった。
2年生の時も3年生の時も、担任の先生からは伝えるかどうか確認されていたけど・・
病気で学校に行けないことが「弱さ」だと思っていたところがあって
「伝えたくない」って思ってたターさん。
だから、修学旅行の時も伝えずに参加してたんですよね。

「伝えるか、伝えないか」——ここは本当に難しい選択です。
私も本人の意思を尊重して、この時点までは伝えないままにしてきました。
でもこの後から、ターさんの気持ちにも少しずつ変化が出てきたんですよね。


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「兄は起立性調節障害、弟は過敏性腸症候群」──不登校や病気とともに歩んできた家族のリアルな記録です。 誤解や葛藤、学校や家庭でのやりとりを振り返りながら、同じように悩む親御さんに少しでも共感やヒントを届けられたらと思っています。 今は母の介護にも向き合いながら、子どもたちに支えられている日々も綴ります。

二人の子どもたちと歩んできた「不登校」と「病気」のリアルを綴るマガジンです。 長男は起立性調節障害から不登校を経験し、就職後には適応障害と…

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