未来に種を蒔く
親友がお米を作っている。
お米づくりの話を聞いたり、収穫したお米をいただいたりするうちに、「お米を作る」ということを、以前より深く考えるようになった。
私たちは毎日のようにご飯を食べる。
けれど、その一粒一粒がどうやってできているのかを、普段はあまり意識していない。
土があって、水があって、太陽があって、雨が降る。
そこに人の手が加わって、ようやくお米が実る。
でも、人間の力だけでは、お米は作れない。
だから私は、お米を作ることは、神様とつながる営みのひとつなのではないかと思っている。
昔から日本では、豊作を祈り、収穫に感謝し、お米を神様にお供えしてきた。
そして私たちは、ご飯を食べる前に「いただきます」と言う。
何気なく使っているこの言葉には、自然からいただいた命や、育ててくれた人たちへの感謝が込められているのだと思う。
「今日もいただくことができた。ありがとう。」
そんな心を、私はこれからの子どもたちにも受け継いでいきたい。
では、私たち大人が未来へ受け継いでいけるものは、ほかに何があるだろう…
そう考えた時、私は、生き方もそのひとつだと思う。
自分の人生を、自分らしく生きること。
子どもたちに何を教えるかも大切だけれど、大人がどんなふうに生きているのかを見せることも、きっと同じくらい大切だ。
それは、自分の人生を自分らしく生きること。
お米の話とは、まったく関係ないように感じることだけれど、
我慢ばかりしている大人ではなく、好きなことをして、笑って、人生を楽しんでいる大人。
今を一生懸命生きている大人。
いつも光の方へ意識が向いている感覚。
「大人になるって、案外いいものだよ」
そんなことを、言葉ではなく、生き方そのもので伝えられたらいい。
自然を大切にすること。
食べ物に感謝すること。
自分の人生を大切にすること。
一見、別々のことのようだけれど、私にはどこかでつながっているように思える。
未来のためにできることは、大きなことだけではなく日々の日常にもたくさんちりばめられている。
田んぼに蒔かれた一粒の種が、やがてたくさんの実りになるように。
私たちが今日選ぶ小さな生き方もまた、
未来へ蒔く一粒の種なのだと思う。
今年もまた、あと少しで収穫の時期を迎える。
豊作でありますように…


