こころ揺さぶられたもの
本日は、ある方のnote記事を見て
ときめいてしまったので
そのことについて少しだけ書いてみようと思います。
その、ある方のnote記事はこちら
「シーグラス」ってご存知ですか?
実は私、恥ずかしながら知りませんでした。
そもそも埼玉には海がなく
海を見るとなぜかときめくのですが
海についての知識はないんですよね。
で、AIさんに「シーグラス」について質問してみました。
シーグラス(Sea glass)は、海辺で見つかる、曇りガラスのような独特の風合いを持つガラス片のことです。

もともとは海に捨てられたり流れ着いたりした瓶やガラス製品の破片ですが、長い年月(数十年単位)をかけて波に揉まれ、砂や岩に削られることで、角が取れて丸みを帯び、表面がマットな質感に変化したものです。
その美しさから「海の宝石」や「人魚の涙」とも呼ばれています。
なんてステキな…
どこかの国で
誰かが使ったのもの。
もともとは人間が作り出した
無機質なガラス片が、
海という大きな自然の中で
長い時間をかけて「宝物」に
生まれ変わるというプロセスに、
どこか物語のような情緒を感じます。
波に揺られながら
尖った角が少しずつ削られて
丸くなっていく様子を想像すると、
なんだか愛おしくもなりますよね。
そして、このプロセスって
私たち人間にも
当てはまるところがあると思ったんですね。
人は「魂」の乗り物なので
最初はガラスのように
無機質な存在ではありません。
生まれ育つ環境などで
自分が傷つかないために
自分を守るための武器のように
尖った性格を作ってしまうだけ。
そして、その尖ってしまったものが
若さゆえの鋭さで誰かを傷つけたり、
あるいは世間の荒波に揉まれて
自分自身がボロボロになったり。
けれど、そんなプロセスを経験して
削り取られたその「角」の分だけ、
心には優しい丸みが宿ります。
透明で完璧だった頃よりも、
無数の傷を受け入れて
曇りガラスのようになったほうが、
通す光はどこまでも柔らかい。
ぶつかる痛みを知っているからこそ、
同じように震えている誰かの手に、
そっと寄り添うことができる。
「傷つくたびに、優しくなれる」
それは、ただの慰めではなく、
長い旅を終えて浜辺に光る
シーグラスが教えてくれる、
静かな真実のように思うのです。
こんなふうにして
ガラスも人も
優しく
美しくなっていくんだな~
なんて思うと
ちょっと泣けてきそうな感じ。。
大げさかもしれないけど
こころ揺さぶられたのは
「シーグラス」。
傷つくことは、
損なわれることではなくて
時間をかけて、
光を柔らかく通す
「新しい自分」に出会うためのプロセス。
そんなふうに感じたのでした。
本日は個人的な思いを少しだけ書いてみました。
最後までお付き合いありがとうございます。
