掌小説? 『いつもの散歩道の小さな奇跡』 1,090文字を書いてみた
「カートゥーン・ギャラリー」です。少しでも、疲れた目の癒しになればと思いたちギャラリー仕立てにしました。ゆっくりしていってください……。


『いつもの散歩道の小さな奇跡』
「わあ、菜の花が咲いている! きれい……」
住宅街の歯の抜けたような空き地に、鮮やかな黄色の菜の花が、2株3株とあちらこちらに咲いていた。
なんだか得した気分。
最近の私は、正体のわからない焦燥感に飲み込まれ、自分でも嫌になっちゃうぐらい落ちこんでいた。たぶん、巷で囁かれている27歳症候群ってヤツ。
かつて思い描いていた「27歳の私」は、もっと凛としていて、仕事も私生活も選ばれる側の人間だったはずだ。
でも現実は、同級生のSNSを開けば結婚報告のラッシュにキャリアアップのニュースばかり。
それにひきかえ、私はといえば、彼とのLINEも3日前から「既読」のまま。現状維持という名の停滞、停滞、停滞。
極めつけは昨日だ。アーケード街を歩いていたら、特売日の人混みの中で思い切り足をもつれさせ、派手に転んでしまった。買い物袋の中身が散らばり、誰かの吹き出す声が聞こえた。あの瞬間、地面にへばりついたまま消えてしまいたいような情けない感情を覚えた。
「……もう、全部嫌になっちゃったな」
だから今日は、ささやかな抵抗として、毎日歩いている散歩道を「逆さま」に歩いてみることにした。いつもは最後に見えるはずの公園を背にして、あえて右に曲がる。そして右に曲がる。それだけで、見慣れたはずの住宅街が少しだけ違う顔を見せた。
そういうふうにして、この菜の花に出会ったのだ。
「可愛い……」
よく見ると、黄色い花の上には小さな住人がいた。モンキチョウだ。1匹、2匹、3匹……。羽を休める姿が愛おしくて、私はスマホを向けた。画面ごしに見る世界は、希望のフィルターをかけたみたいに明るく輝いている。
その時だった。
1匹のモンキチョウが、ふわりと花を離れた。誘うように空中で小さく円を描き、私の周りを一周した。そして頭のてっぺんにちょこんと止まったのだ。
「え……?」
心臓が飛びだしそうになった。 昨日のアーケードでは、皆に笑われた。 でもいまは、この小さな生き物が私を気にいって寄り添ってくれている。
「ふふ、なにこれ……」
自然と笑みがこぼれた。頭の上のやさしい重み。羽が触れるか触れないかの、くすぐったい感覚。 昨日の惨めな転倒も、今日”いつもの散歩コースの逆さま”を選ばなければ、この子には会えなかった。そう思うと、最悪だった昨日すら、この瞬間のための伏線だったような気がしてきた。
「大丈夫。私はまだ、どこへだって行ける」
モンキチョウが再び空へと舞い上がったとき、私を縛っていた「27歳」という数字の呪縛は、どこか遠くへ消えていた。 空き地を吹き抜ける風は、昨日よりずっと優しく春の匂いがしていた。
了




