【箸休め その3】朝顔がしぼむ前に
今日から世間は夏休み。
今年も、もう夏本番なのだと、少し焦るような気持ちになる。
夏はまだ始まったばかりなのに、気づけばあっという間に過ぎてしまう。
そんなことを考えていたら、小学生の頃の夏休みを思い出した。
朝顔を見ると、小学生の頃の夏休みを思い出す。
まだ空気に涼しさが残る、朝6時。
外にはうっすらと霧がかかり、山の方からキジバトの低く落ち着いた声が聞こえていた。
そんな朝、兄に起こされる。
「ラジオ体操、行くよ」
本当は、もっと寝ていたい。
それでも置いていかれないように急いで着替え、家から5分ほどの公民館まで小走りで向かった。
公民館に着く頃には、青空が広がっている。
近所のおばちゃんたちが、交替でラジオ体操の当番をしてくれていた。
おばちゃんは、誰かのお母さん。
「今日は誰のお母さんかな」
そう思いながら、ほかの子どもたちと一緒に、円になるように並んだ。
ラジオから流れる音楽に合わせて体を動かしながら、青い空を眺める。
子どもの頃の私には、朝から6分も体操をすることが、ずいぶん長く感じられた。
ようやく終わると、みんなで一列に並ぶ。
夏休みのラジオ体操カードに、当番のおばちゃんからハンコを押してもらうためだ。
一つ増えたハンコを確認すると、なんとなく今日の役目を果たしたような気持ちになった。
帰り道には、兄といつもの寄り道をする。
家へ続く坂道に、大きな木があった。
その木の隙間は、カブトムシやクワガタが集まる秘密の場所。
毎朝、兄と期待しながら木の隙間をのぞき込んだ。
兄が捕まえたカブトムシは、父が作ってくれた大きな虫かごに入れていた。
家に帰ると、最初に朝顔を見る。
赤紫色の花が、朝の光の中で開いている。
「まだ、しぼんでいない」
それを見ると、少しホッとした。
夏休みの宿題に、朝顔の観察日記があったからだ。
花の色や形、葉っぱの様子を覚えておかなければならない。
朝顔は昼になる前にしぼんでしまう。
寝坊をすると、きれいに咲いている姿を観察できない。
だから、ラジオ体操から帰っても花が開いていると、間に合ったような気がした。
けれど、すぐに観察日記を書き始めたわけではない。
公民館まで走り、朝から体操をした私は、もうおなかが空いていた。
家の中からは、母が父のお弁当を作る匂いがしている。
楽しみだったのは、お弁当に入れた残りの卵焼き。
朝顔をひと通り眺めると、観察日記は後回しにして、急いで家に上がった。
「卵焼き、残ってる?」
きっと朝顔よりも、卵焼きの方を楽しみにしていた夏休みの朝も多かったと思う。
それでも今、朝顔を見ると浮かんでくるのは、花だけではない。
霧の残る朝の空気。
夏休みの朝に聴こえるキジバトの声。
兄に起こされたときの眠さ。
公民館まで走った道。
ラジオ体操カードに増えていくハンコ。
兄と一緒にのぞいた大きな木。
父のお弁当を作る母と、その残りの卵焼き。
当時は何でもない、いつもの夏休みの朝だった。
特別な出来事があったわけでもない。
家族旅行の思い出でも、盛大なお祭りの記憶でもない。
ただ、家族がいて、いつもの朝が始まっていた。
子どもの頃は、夏休みの一日がとても長かった。
大人になった今は、そんな毎日を過ごせていたことが、しあわせだったのだと懐かしくなる。
今年も、どこかで朝顔が咲く。
朝顔を見るたびによみがえる、私のしあわせな夏の思い出。
のぞみんさんの【企画】教えて!あなたの夏の思い出|に参加させていただいています😊
