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私の人生を変えたもの

私にとってここまでの人生の中で「ハマった沼」はロックバンドSOPHIAのLIVEだけ。

人生とはちょっと大げさ?
でも…おそらくこのnoteというツールを利用されている方々の中でも私はかなりの高齢者。
長い人生の中、その時々で熱中していたものはあるものの、それが理由でそれまでの基本的な生活スタイルにまで影響を及ぼすことになるということはなかった。
生活自体が変わってしまったというか、変わらざるを得なかったのは、結婚と2年間の遠距離介護生活のときだけ。
ごく普通に生活してきた(遠距離介護についてはいずれまた…)ので、親しい人たちから共感を得られないという生き方(苦笑)ではなかったと思う。

ところが、あるときからそれまでとは違う生活スタイルに変わった。
古くからの友人達からもちょっと理解し難いだとか、自分にはできないだとかと言われるような生活になったのは、SOPHIAというバンドに興味を持ったことがきっかけ。


少し話が逸れるが…。
パソコンはWindows3.1の時代から使っていたものの、当初はネットに繋ぐつもりもなく、壊れてしまったワープロ代わり。夫がこれからは仕事で必要になるから家でも基本的な使い方を勉強すると言い、けっこう高いお金を出して買ったものの、ほぼ使うことなく放置されていたその機器を、私は誰にも教わることなく、まったくの自己流で使い始めた。
ところが、ワープロに比べて使い方がめっちゃ難しい。近くの書店で初心者向けの指南本を探して立ち読みする日が続いたが、書式設定すらよくわからない。それでも頻繁にPCに向かい、人をバカにするんじゃねぇ…などと大きく吠えている(笑)うちにPCが根負けしたのか、恐れをなしたのか、PCの方から私にすり寄ってくる感触をつかめた頃(笑)、気がつけばワードは何となく使えるようになっていた。
それは、私が正しい使い方を理解できたのではなく(正しい使い方なんて今も知らない…苦笑)PCというものは、それは他人にはうまく説明できないのけれど「コンピューターの基本中の基本」に沿って操作すれば、ちゃんと動いてくれるものだ、ということがわかったということ(笑)
そうなると後は怖いものなし。年賀状作成は簡単だったし、体験版ソフトを入手してちょっとしたゲームを楽しんだり、スキャナー購入のときに付属でついていた画像ソフトを使って雪が写っていない富士山に雪を積もらせて夫の母を喜ばせたり(実際には遠くからも肉眼で薄っすら雪をかぶっていることが見えたのに撮った写真では雪があるようには見えないと残念がっていた…)で、使えるようになると私には非常に便利だし楽しいけれど高~いおもちゃだった。

かなり長く使ったその初代パソコンが壊れ、新しい機器が家にやってきた頃はもうネット時代。買い物もできるし、ホテル予約だってできる…なんてことは知識として知ってはいたけれど、そういうことに自分がPCを使うことはない、とも思っていた。
もし人生50年の時代ならばもう残り時間がない…という年齢に私は達しており、そんなもの使わなくてもあたりまえにできることになんでわざわざ面倒そうなもの(インターネット)を使う必要があるの?と単純にそう思った。

幸か不幸か人生は50年どころか80年、いやいや90年の時代も近い。
先は長いというよりも、実際にその頃の私は若い頃みたいな体力はなくても、今よりは元気。好奇心も旺盛とまではいかなくても、知らないものへの興味がないだとか、薄れてきたとかというほどでもなかった。
そういう頃に家にやってきた「インターネットに繋いだ箱(PC…笑)」は使ってみると、思っていた以上に便利。
ホテル予約や買い物をすることはまだなかったけれど、まずは知りたい情報を集めるようになった。旅行するときも宿の予約自体はそれまでのように電話を使ったものの、宿情報や飲食店情報、観光情報を集める媒体は今までようにわざわざ書店まで出向いて購入するガイドブックではなく、PCに代わった。家にいながら最新情報が簡単に入手できる便利さを実感した。


そんな頃、新しく始まるというNHKの朝のドラマのキャストが発表され、主人公の両親役の俳優のおふたりが好きな方々だったので、久しぶりに朝ドラを観ることにした私。
このドラマ「風のハルカ」は、朝ドラらしい展開のようで、らしくないところも多かった。テンポがよく、でもかなり重い内容も含んでいるのに不快感を抱くような人物が登場しない。意表をつくような伏線の張り方は絶妙だと感じていた。好ましい俳優さんが多い中、ひとりだけ個人的に、顔だけの印象で申し訳ないけれど、どうしても目にしたくない演者さんがいた。その方はどうやら重要な役柄らしい。実際、ドラマ後半では彼なくしては成り立たない展開になってしまった。
慣れとは恐ろしい。ドラマ後半には彼の顔を見ても、拒絶反応が起こることがなくなっていた。ストーリの展開的にはもう少し早く好感を抱いてもおかしくはなかったはずだけど、最初の印象というものは頭の中でそう簡単には書き換えられない。好印象に変わったのは、その「風のハルカ」が終わる直前。

その方が、SOPHIAの真ん中で歌っている松岡さん。

実はこの朝ドラの数年前に、別のドラマで彼の存在を知ったのだけれど、申し訳ないが彼のビジュアルがどうしても受けつけられなくて1話を最後まで見ることなく終わった。
そのとき、なんか名前は聞いたことがあるような気がするバンドのボーカリストの方ということを知ったと思う。

朝ドラ終盤でいいなと思ったのは、役者としての松岡さんの「声」の使い方。たぶん初めからそうだったはずだけれど、私が気がついたのは、その見た目にも慣れてきた(笑)もうドラマの終わりが見えた頃。
声で演技をするんだ、巧いな、と思った。歌うことが本業の人は、声の使い方をよく知っているな、と感じた場面が何度かあった。
SOPHIAの楽曲は聞いたことがなかったけれど、さすがボーカリストだな、とも思った。

この朝ドラ放送時に、まだまだ元気だった昭和4年生まれの実家の母親は、好奇心旺盛な人。同じく昭和初期生まれの夫の母が、好きだった大河ドラマに若い人ばかり出るようになったからもう見ない、と言うようになったのとは真逆。実母は今どきの若い人はいいねと言い、自分が知らない若手俳優や歌手のことを知りたがった。しかもイケメンが大好き(笑)
好奇心に関しては母を見習った方がいいのかな?と思うことは多々あったが、娘の私は世の中の多くの人がイケメンだと言っている方々に対して、そうは感じないあまのじゃく者。

松岡さんとそのドラマでのもうひとりの重要な役柄だった若い俳優さんのことに、朝ドラ愛好家の母は、かなりの興味を抱いた様子。
ドラマが後半に差し掛かった頃、母は私に「インターネットというものでは、いろいろ情報がわかるらしいね。時間があるときにあのふたりのことを調べて教えて」…と。
私以上に、この朝ドラにハマっているようだった。
「おはなはん」の頃から朝ドラを見続けてきた母は、「風のハルカ」は今までのものとは全然違う、と言うのだった。

一方、私はそれまでの朝ドラを真剣に見てきたわけではないので、母のようには断言はできなかったけれど、「風のハルカ」の世界観が心地よすぎて、放送が終わった後の喪失感は、確かに半端なかった。

結局はそれがSOPHIAに繋がる。
でもそれは、まだ少し先のお話。

母に頼まれたことを検索し始めると、松岡さんについては、ほぼSOPHIAに関連するもの。情報量はかなり多かった。バンド活動についてのインタビュー記事等を読むと、この人は見た目とは違い、とても真面目な方かも?と思うようになっていった記憶はある。

やがてドラマは終了してしまった。
私はまだまだ「風のハルカ」の世界に浸っていた。最後の方に少しだけ残すことができた録画を何度も見直したり、朝ドラ史上初めてだったという、ホームページに視聴者が書き込みできる「掲示板」を覗いたりする日々。
この掲示板の存在は、母親に情報収集を頼まれなかったら、おそらく私は気がついていない。

その掲示板には、松岡さんファンの方からと思われるSOPHIAの映像情報などまでが載るようになった。ドラマ番組HPの掲示板なので、本来ならそういうのは運営側に削除される類のものだと思うが、あまりにも多い投稿数だったからか、それらも削除されないまま。
そのおかげでネット初心者の私でも、その情報でSOPHIAのたくさんの映像を見ることができた。自分で松岡さんを検索したときにはそこまでたどりついていない。掲示板の書き込みで知った中には。今はもう見られないけれど、メンバー全員が動いてしゃべっている(笑)映像がいくつかあり、それらを見ているうちに、次第にメンバー全員に好感を持つようになっていった。
その中でも特に、ジルくん。
彼は常にマイペースだった。松岡さんには、ジルは宇宙からきたので少し反応が遅れる、なんて言われていたが、でもそのときの私、彼がギタリストということすら認識していない。

たぶんこのあたりの時期に、母親に頼まれたから検索する…という意識が私の中から消えた。
私自身がSOPHIAというバンドを知りたくなった。


SOPHIAを知るにはまず音源。私が向かった先は、レンタルショップ。
新アルバム「We」が出たことは知っていた。
ところが、その店舗にはベスト盤の「THE SHORT HAND~SINGLES COLLECTION」しか置いていない。しかたなくそれを借りた。
音源を聴く前、私の胸は期待でいっぱいだった。あんな楽しい雰囲気の人たちだもの、きっと奏でる音も楽しめるはず、と思い込んでいた。
メンバーは全部で5人とは知っていたが、松岡さんとジルくん以外のメンバーの顔と名前とが、まだ完全には一致しなかった頃。

CDデッキから音が流れ始めた瞬間に耳に入ってきたのは、期待や予想とはあまりにもかけ離れた音楽。
椅子から転げ落ちる…とは、まさしくこういう状態。
レンタルショップで借りると、まれにそういうことがあるのでCDの中身が間違っていると思った。確かめたがそれは間違いなくSOPHIAのアルバム。

このアルバムの一曲目「ヒマワリ」のイントロは好き。でも、1小節目の旋律と松岡さんの歌唱法は、その当時の私にとっては「ありえないもの」だった。
「ヒマワリ」は初っ端のメロディが私には異質のものだったし、松岡さんの歌唱法に関しては、演じているときの松岡さんは自分の声の特性をよく研究していて、声を効果的に使っていると思ったのに、このアルバムを聴く限りその声が生かされていない、と感じた。
かなりガマンしてアルバムの最後の曲まで聴いた。
「ヒマワリ」以外の楽曲のメロディには、違和感や拒絶感を抱かないものもあったけれど、独特の歌い方にはアルバム最後の曲まで慣れることがなく「バンド音」も聴きなれていないためか、雑音とまでは思わないものの、すんなりとは体の中まで入ってこない。勢いは感じとれる演奏音だったけれど、重厚さは感じられなかったし、アレンジもめっちゃ私好みとは言えなかった。歌詞もまったくと言っていいほど聞き取れなかった。
音楽的には受け入れられない、と思った。
そんな中、これは聞いたことがあるかも、と思った楽曲が一曲だけあり、今思えば、それが「街」
しかし、この楽曲も聞いたことはあるというだけで、当時は心や体に響いてはこなかった。

それまでに知り得た情報からSOPHIAというバンドに魅力は感じていたのに、音源を聞くかぎりでは受けつけ難い。でも、借りたこの1枚だけで決めつけるのもなぁ…と思いつつも、そこまで大きく盛り上がっていた気持ちが大きく萎えた(苦笑)のはホントのこと。

その頃、朝ドラ掲示板ではドラマで松岡さんのファンになった人たちの質問に、SOPHIAファンの方々がSOPHIAのこういう曲がオススメみたいなことを、丁寧に答えていた。気を取り直しそれらの曲名のメモを手に、数人の方が推していた「ANSWER-イチバンタダシイコタエ-」と「one summer day」が入っている新アルバム「We」を借りるため、今度は規模の大きいレンタルショップへ出向いた。

一度は大きいショックを味わっていたので、相当身構えていた私の耳に飛び込んできたのは、前に聴いたものとはまったく違う「音楽」だった。
歌唱の独特のくせは残っているけれど声の使い方が違う。バンドの「音」にも以前は感じられなかった重厚さがあった。一瞬、バンドメンバーが変わったのか?と思ったほど。
同じバンドでこんな劇的な変化があるのか?と驚いた。
メロディラインやアレンジ上の「音」に関しては、やはり私の許容範囲(苦笑)を超えてしまう楽曲もあったが、バンド自体の「音」と歌い方への違和感や拒絶感は、かなり小さくなった。

小さい文字の歌詞カードはあまり読む気がしなかったけれど、掲示板で松岡さんの詩がいい、という書き込みを見ていたので、歌詞にも注目した。アルバム最後の曲「ANSWER-イチバンタダシイコタエ-」の歌詞の一節が響いた。
「一番正しくて答えがホントにあるのなら それが何か選べないダメな僕は堕落者だろう」

これを知った瞬間、もっとこのバンドの世界観を知りたい、と思った。


歌詞の一節に胸を打たれた私は、他の楽曲も聴きたいと思い、それからしばらくはレンタルショップ通いを続けた。
発売日順にはこだわらず、アルバム中心に在庫があれば借りるという状況。その時はまだ、SOPHIAの音楽にはいろいろな要素がある、ということを知らなかった。
アルバムを借りるたびに混乱した。
音楽の傾向にまるで一貫性がなかった。
何度も聴きたいものもあれば、あまり聴く気がおこらないものもあり「音楽的には不思議なバンド」だと思った。

歌詞には響いてくるものが多かったけれど、レンタルなので返却した後は歌詞カードが手元にはない。
楽曲によっては、やはり何を歌っているのか言葉が聞き取れないものが多かった。

CDを手元に置くため、購入を考え始める。 
まず、過去の作品を年代ごとに調べた。こういうときにネットはとても便利だとあらためて思った。
その当時で既に10年以上活動しているバンドだったから、シングル・アルバム・ビデオ&DVDを含めるとかなりの作品数。
もちろんその時点では、それらすべてを集めようとまでは思っていないが…。

結果的にはそれから2~3年の月日を費やし、過去のものを含めてほとんどの作品を入手した(笑)
廃盤になっているものが多かったので、リユースショップでの購入が多く、SOPHIA自体へあまり貢献できていない。

アルバムを中心に作品を購入し始めた頃、ちょうどライブのDVDが発売されることを知った。
購入したその作品は「a piece of blue sky-1 ~遥かなる宝島~」
音楽劇で演奏されるのはすべてSOPHIAの楽曲。
私の知らない楽曲もあったし、ストーリー的に少しわかりづらい場面もあったけれど、画面横に歌詞が出てくる。観ているうちにその世界観に惹きこまれた。
CDだけを聴いていたときにはわからなかった、このバンドが表現したい「テーマ」みたいなものを、なんとなく感じ始めた。

そして…。

音楽劇の最後の曲「夢」の一節。
「見たいものは光じゃない 見せたいのは傷じゃない」
これを聴いた瞬間「SOPHIA」が直球で胸に飛び込んできた。


「やられた…(笑)」と思った。

「夢」の楽曲は、そのときすでに知っていた。
でもそれまでの私は歌詞をそこまで深くはとらえていなかった。
この瞬間、私は入口の扉を自分自身の手で開けて一歩踏み出した。

きっと自分は過去の作品をぜ~んぶ集めていくんだろうな、という予感があった。
実際のLIVEへ行くのはそのときから1年先。
ファンクラブ入会はもっと先のこと。


「遥かなる宝島」での「夢」の演奏を聴いたことで、SOPHIAファンへの扉を開けてしまった私は、毎日SOPHIAばかりを聴くようになった。

「慣れ」というものは恐ろしい…(笑)
毎日毎日聴いているうちに、メロディラインが変…とか、歌い方がキモチワルイ…否、個性強すぎ…とか、アレンジ上の不協和音が耳障り…とかの、私がそれまで「音楽的」にはまだSOPHIAに入り込めない原因になっていたものが気にならなくなっていった。よく聴く曲とあまり聴かない曲は、当然あったが…。


その後、正規ルートで購入したアルバム「We」と「10th ANNIVERSARY BEST」に付いていた2004年カウントダウンライヴのドキュメント&ライヴ映像を、たまたま映像を観ずに「音」だけ聴いていたとき、SOPHIAのバンドとしての「音」に目覚めた。

「京都編」を聴くだけのため、再生ボタンを押して、その場を離れた瞬間、都さんのキーボード音が耳に入り、すぐ画面前に戻り巻き戻し再生。
家事をほったらかし、何回も巻き戻し再生。
また「大阪編」のドキュメンタリー映像の中で流れた「truth」「SUNNY DAY」をやはり「音」だけ聴いたとき、このバンドは「只者」じゃないぞ…と思った。
それまでに持っていたライブDVDは「遥かなる宝島」のみ。
それは、もう何度か観てはいたが、ストーリー中心に観ていたし、ブラスとストリングスが入っていることで、その「音」の効果が大きい、と思い込んでいた。
バンドであるにもかかわらず、私はSOPHIAのそれまで「バンド音」をきちんとは聴きとってはいなかった。
それまでも「ベースがこんなデカい音…を出していいの?(笑)」とは思っていたが、あらためてバンド音に耳を集中すると「黒柳さんのベース音はデカいわりには妙に心地よくて優しくて安心できる音だなぁ~」だとか、また「ジルくんのギター音はおいしい場面でホントちゃっかり(笑)と効果的に聴こえてくるよなぁ~」だとか、「都さんのキーボード音の音数が多くて、優しく激しい(笑)音色で好き」だとか、「松岡さんの声には色があるけれど、いったい何色あるの?」とか…。
あ、ドラムは…
実はトモくんのドラムだけは最初から耳に入っている。最初からとても気になっていた。
当時の私は、日本のロックバンドのドラマーといえば「X-JAPAN」のあの方しか知らないに等しかった。そのバンドについてはライブに行こうとまでは思わなかったけれど、音楽的には好き。昔のCDもライブDVDも少し持っていて、それらはかなり聴き込んでいた。
だからSOPHIAを最初に聴いたとき「ロックバンドでこんなにも律儀な音(笑)を出すドラマーがいるんだ」と、ある意味とても「好感」を持って聴いていた。

「バンド音」に目覚めたことでSOPHIAのライブDVDが欲しくなった。
それがきっかけで私はこの後ついに禁断(笑)のネットショッピングにも手を出すことになってしまい、さらに生活が変化していくことになる。


すでに廃盤になっている古い音源を、リユース専門店舗で偶然見つけることができる確率はあまり高くはない。ネット市場で探す方がずっと効率的。
でも、私は廃盤になっているSOPHIA音源のほとんどを全国チェーンの中古専門店で購入。
昔人間なので、ネットで買い物をすること自体に抵抗があったことと、店舗で偶然見つけたときの嬉しさ(笑)にはたまらないものがあったから。
店舗で見つけるのは、宝探しゲームみたいな感覚。それはドライブがてらだったし、初めてのラーメン屋さん探しでもあったので、そのすべてがとても楽しかった。
他の目的のついでに、時間を割いてだとか、少し遠回りをしてだとか、そういう調整をしてショップへ行く…ということの方がもちろん多かったが、休日に車でぶっ飛ばすことが趣味の夫を、行ったことのないうどん&ラーメン店情報をちらつかせては出かけることも多々。県内だけでなく四国内の相当数のリユースショップへ行った。当時、把握していた店舗で行かなかったのは、家からはあまりに遠すぎた2ヶ所くらい(苦笑)
お互いの実家は愛媛だったし、徳島は近いし、高知は美味しいものがたくさんあって魅力ある場所なので、四国内のどこも行く機会は多かった。行けば必ず数店舗をはしごした。

夫を巻き込んで、少しずつ過去の作品を集めていたが、なかなかライブ映像を見つけることはできないでいた。
2004年のカウントダウンライブのコマギレ映像(苦笑)で、ライブの様子を垣間見たことで、ちゃんとした長時間のものを観たいと思うようになっていたのに、店舗ではライブDVDを見つけることができない。
 

やがて…。
私は、とうとうネットで購入することを決める。
ライブDVDを観たいという誘惑に負けた。
ネットの中古市場で、まず2002年の武道館ライブDVD在庫を見つけた。
べらぼうな値段もついていない。
出品者情報を真剣に何度も読んで、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で購入した(笑)

無事に届いたそれを、夫がまた今日もか、とあきれ顔をするくらい、何度も観た。
昼間はゆっくり観る時間が取れないので、夕食が終り夫がお風呂に入ったら、再生を始めるという日々。
寝る前にそんなうるさいものを聴きたくない、と夫は言う。彼がお風呂から出てくる直前にヘッドホンに切り替え、自分の睡眠時間をぎりぎり確保できるまで観ていた。

このDVDがそれぞれ違う内容のライブの様子を映像作品にしたものということは、購入してから知ったこと。
もし私がこのライブに参加していたとしたら、たぶんこの映像では満足しなかっただろうと思う。
このDVDを毎日毎日観ることができたのは、このライブへは行っていないというだけでなく、まだその時点では、私が一度もSOPHIAライブの経験がなかったから。

その後も店舗やネットでCDやDVDを探し続けた。一度ネットでの購入を経験すると、その便利さのあまり、もう抵抗感はすっかりなくなった。

少しずつ入手したライブ映像を観ていると、生のライブへ一度でいいから行ってみたい、と思うようになったのは当然のこと。
そうはいっても、当時の私は音源類を集める気力や体力はあっても、ライブのためにひとりで都会へ行くことにはためらいがあった。
少し前まで18きっぷであちこちひとり旅をするのが楽しみだったのに、体力的に自信がなくなっていた。
今思えば、まだまだじゅうぶん元気だったのだけれど、もういい年なんだから、と自分で自分の枠を狭めていた気がする。
SOPHIAというバンドの世界観を感じることができて、それをもっと知りたいという好奇心や情熱がまだ自分には残っているとわかっただけで、満足だ…そんな状態だったと思う。

SOPHIAの情報を探すことは、もう日課になっていて、2006年秋のZEPPライブのことは知ってはいた。
でも、巨大なライブハウスでの公演、と知った瞬間、自分には関係ないことだと思った。2時間も立ちっぱなしなんて、ムリだと思った(当時はSOPHIAのライブがそんな短時間で終わるはずがない…なんていうことは、もちろん知らない…笑)。

せっかくのライブ情報だったけれど断念し、その後も相変わらず過去の音源を集める日々。
それと並行して、自分は行けなかったけれど、ライブの様子は知りたかったので、SOPHIAファンの方のブログを探すようになった。
それまでネットで情報集めるとき、個人の方のブログを見る習慣はなかったので、初めてそれらを目にしたときはたくさんの人がSOPHIAを熱く語っていることに驚いた。過去のライブについてもたくさん書かれていた。
ライブレポは、プロの書き手よりも描写が隅々にまで行き届いていた。それは、おそらくSOPHIAに対する目線というか立場の違いからだろうし、何よりもファンの方々のSOPHIAへの思い入れは半端ない。

情報を得る手段もいろいろ知ったし、音源等々も少しずつ増えてきた。その当時はまだ、使うことにいちばん抵抗を感じるヤフオクにまでは手を出さなかったけれど、その日も近づいていた。ヤフオクでなければ入手できないDVDもあった。ついに数回だけ使うことになっが、心配していたトラブルもなく、最終的にSOPHIAの過去の音源類はほぼ入手できた。
リユースショップ巡りを始めた頃に、音源以外に音楽雑誌やツアーパンフレットというものもあると知り、もちろんそれらも集めた。

風のハルカの放送終了後からの約1年間、ずっとSOPHIAの情報を集め、また過去の音源等々を、店舗でもネット上でも探しまわり、そして毎日のように彼らの音楽を聴くという生活は、以前とは大きく変わった。


2007年のゴールデンウィークの時期に「遥かなる宝島」の再演があることは把握していた。
初演では大阪公演もあったのに、今回は東京だけということだったので、残念に思った。
若いころは東京まで行くことに何の躊躇もなかったけれど、もう若くない。個人的には東京は大阪よりもずっと土地勘はある場所。でも東京というだけで遠い、と思ってしまう自分がいた。

でも「宝島」がSOPHIAの通常ライブではなく、立ちっぱなしのライブではない、ということは魅力。行きたいが遠い、遠いけれど行きたい、と逡巡する毎日。
大型連休も近づいた頃、夫の休暇予定がやっと決まり、連休前半は私の決心ひとつで自由な時間を持てることがわかった。
これを逃したら、生のライブを観るチャンスはさらに遠くなる。
チケットがまだ完売ではないことだけは確認済み。
実はそのときの私、ローソンのLoppiなるものの存在は知っていたが、実際のしくみや使い方などは、まったく知らなかった。

チケットがまだ入手できるらしいことを知ったことで、やはり生でSOPHIAの演奏が聴きたいという気持ちがどんどん膨らむ。座って観られるということがいい。まだその頃は立つことは苦痛ではなかったけれど、立って演奏を聴かなければならないということには抵抗がある。
音楽全般が好きなので地元で開催されるライブにはときどき行っていたものの、開始直後に観客が総立ちということが当たり前になってしまった頃から、そういう可能性のあるライブには行かないようになってしまった。激しい音楽であっても聴くときは身体が楽な状態、落ちつける状態で聴きたいと思っていた。「立ちたくなる」という気持ちがその頃の私には理解できなかった(苦笑)
立たなくていいというこのライブは、絶好のチャンスだとは思った。

2~3日ほど悩んだ。
が、チケット確保に動き始めてからの行動はめちゃ早っ(笑)
心配していたLoppiの端末操作は、店員さんの力を借りないといけないような難しいものではなく拍子抜け。
夜行バス・宿の手配と東京行きの準備が進んだ出発の日は、行くと決めてから、2週間も経っていなかった。

出発前、夫に「高速バスや安宿とはいえ、大事なへそくり(笑)を使って、勇気を出して遠くまで行くのに、これでがっかりする公演だったらどうしよう。この1年間で、できるかぎり音源を集め続けることにもお金をたくさんつぎこんだのに、公演を観たことでSOPHIAに幻滅を感じたらどうしよう」と言ったのは、その時の私にとってはそれが「超・現実的な心配」だったから。

いよいよライブ当日。
松岡さんの歌声を聴いた瞬間、正しい言葉の使い方ではないのだろうけど、鳥肌が立った。彼の表現力の確かさに驚いた。この人の声は「生」で聴いてこそのものだ、と思った。音程が安定しているとか、演奏技術が高いとか、そういうありふれた評価とは全然違うところに松岡さんがSOPHIAが存在していた。
伝わってくる「気」が凄まじい。
会場の隅から隅までひとりの観客をも逃すことなく、ステージからの「音」が迫ってくる。
私の座席は2階後方で横は壁。そんな後ろの隅っこにまで届いてくる「気」というか「パワー」というか…それらにはすっごい迫力があった。凄みを感じた。
一方、観客側の「気」も凄かった。
そのときは、会場全体を一体化するような演出だから、と思っていたけれど、その後何度もライブへ行くようになって、あの空気感こそがSOPHIAのLIVEなんだ、と知ることになる。

あれほど「立つ」ことには抵抗があったのに「立っていい場面」になったとき、その周辺では私がいちばん最初に立ちあがっていた(笑)
 
それが2007年4月末のこと。
そのとき、7月に横浜赤レンガ倉庫前で野外ライブをするという告知があった。それを聞いた私はそのときの「遥かなる宝島Ⅱ」公演で、もうじゅうぶんすぎるくらい満足したし、夏の野外ライヴなんて自分には関係ないと思った。野外ということは当然オールスタンディングだし、それも含めてとんでもない、とも思った。何よりも私は「夏」がいちばんキライ…。

それなのに…。
7月21日、なぜか私は、横浜のその会場後方ブロックの中の、これまた後方にいた。このときも日にちが迫ってからの決断。

結局、2007年は秋から冬にかけてのツァー4本にも行った。
つまり、2007年だけで6本。
これらの中にも、やはり日にちが迫ってから行くことを決めたライブが何本かある。電話連絡しておいて当日会場でチケットを買ったものもある。


たぶんこの頃、ライブのDVDから「音」だけMD録音したものを、自分用としてCDデータに変換するという技を覚えたのかな。家電店の、昔から知る担当さんに相談して変換器を購入した。
SOPHIAの音楽は、CDで聴くよりもライブでの「音」の方がずっといい(…と私は思う)。
MD録音からのPC上での変換作業自体は、その頃の私にはもうそれほど難しいものではなかったけれど、時間がかかる。それでも所有のライブDVDのほとんどは音源だけ自分用のデータとしてどこでも聴くことができるようにしていった。今はMDに代わって録音機能のついたウォークマンで録るので変換する必要もなく、前よりは時間がかからなくなったというのに、すっかりそういうことをやらなくなったのは…。
今は、あの頃ほどの情熱は…ないから(苦笑)


ファンクラブ入会は、確か2008年1月。
それまで、チケットは苦労せずに入手できたしSOPHIAのライブはたとえいちばん後ろの席で観て満足できることがわかっていたから、入会するつもりはなかった。
ところが、会員でないと購入できないDVDがあることを知った。
しかたなく入会したが、おかげでいい席やいい整理番号になることも何度かあり「最前」も経験した。


2007.11.13の香川公演。
この公演が、私を完全にSOPHIAファンにした。
完全にSOPHIAのLIVE沼にハマってしまった。
その日の松岡さんは、のどの調子が絶不調。朝から一度も声を出さないというか、出せるような状態ではなかったらしい。
前日の広島公演の途中から、具合が悪くなったとか。
翌日のライブのことは当然頭にはあっただろうけれど、彼は「香川のみなさん、ごめんなさい」の状態になるかもしれなくても、当日の広島で力を出しきったそう。
香川では、MCのときもひどいガラガラ声、歌う時もつらそうだったけれど、その時出せるすべての力で歌っていることは、じゅうぶん伝わってくる。
なぜか痛々しさは感じない。
そんな声でもMCはいつも通りだったし、けっして、のどのつらさを「売り物」にはしなかった。そのことに好感を抱いた。
メンバーも観客も、松岡さんを「なんとか手助けしたいという思い」だった気がする。
その「思い」が会場いっぱいに広がって、あのときのあの場所、あの空間はそれらの「思い」がまじりあい「化学的には説明がつかないような反応」が起こっていた。
SOPHIAのLIVEでよく感じる「気」が非常に強かった日。
「お金を払っていただいたから、それに見合うライブをする」のではなく、「あたりまえのことをするだけとは全然違うライブをするバンド」ということを私が体感した日。


それにしても…。
自分がまさかこんなに頻繁にネットを使うようになるとは思っていなかった。
ネットで買い物をするなんて想像もしなかった。
宿泊は電話で予約するものだと思っていたし、ネット予約だとポイントまでたまるなんて知らなかった。
家の近所のローソンのLoppiの存在は知ってはいても、自分が使うことになるなんて思ってもみなかった。

それもこれも「沼にハマったおかげ?」…(笑)

ライブへ行くようになったことで、自由に使えるお金の使い道をきちんと考えるようになった。衝動買いをしなくなった。高い化粧品にもブランドバッグや靴や洋服にも興味がない性格だったのは幸い。独身時代から贅沢というものをしてこなかったから、自分名義の預金はそれなりにある。

「オレは、いつでも快くライブへ行っておいで、と言うよ」と言う夫が、私がライブへ行く日の朝は機嫌が悪くないのに、帰ってきたときはビミョーなのはいつものこと。
そのビミョーな様子のとき「いつでも快く行っておいでって言うよとか言ってたよね?」と聞くと夫は「快く送り出す心は持っているけれど、快く迎える心の方がない…」とニタッと笑って答えるのが常。
私は「精進してそちらの心も持てるようにね…」と返す。


自分のやるべきことはちゃんとやった上で、行けるライブへ行くことありきの考え方で生活するのは楽しい。
毎年ツアーがあることが当たり前だったから、今度はどの場所のライブへ行こうかと考え、決めたら行く交通手段を考え、安いホテルを探し、ついでにどこかで遊べないか(観光)と考え、めっちゃ楽しく、充実した日々。
SOPHIAのおかげで若い友達もできた。


しかし…。
楽しいことは永遠には続かない。
2013年活動休止。
一方的な発言内容を目にし、当時は相当複雑な思いを抱いた。
復活は絶対にない、と思った。

復活したときは、嬉しいというよりは驚きの方が大きかったと思う。
そして、それまでのいきさつから、手放しでは喜んでいなかった。

迷って迷って迷った挙句、またファンクラブに入会したのは…。

あの2007年香川公演の会場内のあの空気感を忘れてはいなかったから。
それだけでなく、今まで行ったライブをどれもこれも忘れられないから。
SOPHIAのLIVEに出会ったおかげで、私の人生は進化したし、充実したものになったから。
久しぶりに見たメンバーの様子がとっても楽しそうだったから。
そして…何よりもSOPHIAのLIVEのあの空間の中に自分はまた入りたかった。


現在の私がSOPHIAに対して、以前のような気持ちではない、あの頃のような情熱はもうない…ということは確か。
9年という時間は長すぎたし、人は変わる。
チケット代も宿泊費も相当値上がりした。
前みたいにお気楽にたくさんのライブへは行けない。
情報もすべては追っていないし、ライブグッズも買っていない。
情報がすべて追えないのは情報量が膨大すぎるためであり、グッズを買わないのは、長く並ぶのが苦痛な年齢になったため。

私はもう若くない。
あれから夫はご隠居さんになり(笑)時間だけは有り余る生活。二人一緒に様々なライブへ行くことが多くなり、私のひとり行動はかなり減った。
この生活スタイルの変化は当然のこと。

それでも…。
私個人の優先順位の一番目は「SOPHIA」かな…たぶん(苦笑)
ぜ~んぶひっくるめて、SOPHIAには感謝している。
若い頃、このような人生は想像もしていなかった。

今までに参戦したLIVE本数を数えてみた。イベントも含めると約50本。
私が最初に行ったLIVEから18年が経った。そのうち9年間という活動休止の期間がある。それが多いのか少ないのか…。
自分ではそれほど多くはないと思っているが、少ないとは言えない(笑)

今までのLIVE記録
   ↓


いちばん遠くまで遠征したのは仙台。
通常ライブではなく、サマーショップ。
サマショでは広島へも行ったのだけど、もう一ヶ所くらい行ってもいいかな、と思った。
どうせ行くのなら行ったことがない土地がいいと思った。
四国からは遠かったけれど、以前からの趣味である18きっぷの旅にしようと思い、のんびりゆっくり3日かけて仙台にたどりつき、2日かけて帰ってきた。
めっちゃ楽しかった。
SOPHIAも18きっぷ旅も…。


SOPHIAのLIVEを知ったおかげで、昔のようにまた他のライブにも行ってみようと思うようになり(これは活動休止になるよりも前からのこと)現在も様々なジャンルのライブへ行っているので高齢者の日々はけっこう忙しい。
そういう頃にSOPHIAが復活した。
体力はかなり衰えたし、気力にもばらつきがある。
いつまでライブ遠征ができるかは神のみぞ知る(笑)という、そんな気持ちの日々。


#ハマった沼を語らせて


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