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東京島嶼まぼろし散歩#05/日本列島に住むヒトたち#05

「そうやって『アジア人のルーツは、中央アジア経由アジア人とインド沿岸を抜けた南方経由アジア人があるんだ」と判ってくると、その視点で学者たちは中国で今まで発見されてきた人骨を調べ始めたんだよ。そうすると、1万年前~5先年くらい前から、スンダランドから北上してきたアジア人(南方アジア人)ではなく北方アジア人の人骨に入れ替わってることが分かったんだ」
「ということは?」
「中国は北方から南に大きな集団移動が有ったんだ。ヨーロッパのゲルマン人大移動が有ったみたいにね」
「古い時代に戦争が有ったの?」
「もしかするとその非スンダランド出身者たちがアジアに持ち込んだのかもしれない。実はね、原日本人はスンダランド系が多い。しかし2000~3000年前くらいから同じように非スンダランド系のアジア人が台頭し始めるんだ」
「それが渡来してきた弥生人ということ?」
「ん。彼らは③朝鮮半島から対馬を経て北部九州へ至る"対馬ルート"で日本列島に入った」
「①サハリンから北海道に至る"北海道ルート"じゃないの?」
「いや"対馬ルート"だ。すでにその頃は大陸沿岸は非スンダランド系のアジア人のものになっていたからだ。・・これは君が言った"なぜ、北方系アジア人が日本には南から入ってきたか?"の理由だ」
「なが~い話ね。ようやくその話の説明まで来たわけ?・・くたびれたわ」
「すいません、ながくて」
「でも①サハリンから北海道に至る"北海道ルート"という日本へ入ってきた人たちもいるわけでしょ?」
「ん。むしろ①"北海道ルート"は北へ拡散していったスンダランド系から始まっている。非スンダランド系あるいは混血した複合系が始まるのは後からだ」
「前に北海道で話してたアイヌ人と琉球人は人種が相似してる・・という話?あれのこと?」
「うん。そうだ。よく憶えてるね。日本列島にヒトが入り始めたころ、アジア人はスンダランドから北上してきたアジア人が中心だった。だから日本にはいたヒトは大半がスンダランド系南方アジア人だったんだよ。それを2000年くらいから入り始めた非スンダランド系のアジア人たちが、北九州から入って東へ南へと拡大しながら沿岸/平野を中心に暮らしていた集団(縄文人)をほとんど壊滅させていったんだ」
「そんなに縄文人と弥生人って違うの?白人とアジア人くらい違うの?イメージできないわ」
「非スンダランド系・・いわゆる弥生人の骨が最初にみつかったのは、山口県の日本海に面する土井ヶ浜遺跡なんだ。昭和23年ころだ。200体以上見つかった。

その容貌は今まで発見された縄文人とは似ても似つかぬものだったんだよ。歯系もスンダランド型(スンダドント歯列という)じゃくてシノドント系と呼ばれるものだった。これは中央アジア経由で入ってきた新人の特徴だ。頭骨も縄文人とは大きく違って面長でのっぺりとした顔立ちだった。まぶたは良く発達していて、目は細く、くちびるも薄く、髭などの体毛も少なかった」
「シノドンド系?」
「歯が大きい。スンダランド系は刃が小さくて単純な形をしてる。シノドンド系は刃が大きくて構造が複雑なんだ。体型も大きく違う。井ヶ浜遺跡で見つかった弥生人は長身で男性が164cm、女性が150cm平均だった。スンダランド系縄文人より10㎝近く大きかった」

「そのころは、大陸側でもその人たちが中心だったのね。だから日本には南から入ってきた。北方系なのに・・」
「ということだ。ところがだな。アタマに入れとくべきは、こうした非スンダランド出身系が日本へ最初に稲作文化を持ち混んだわけじゃないんだよ。
日本へ稲作文化を最初に広げていったのはスンダランド系のアジア人だったんだ。」
「あ~またわけわからなくなってきた。だって稲作は中央アジアからきたアジア人たちが持ち込んだものといったでしょ?でも最初に日本へ稲を持ち込んだのはスンダランドからの人たちだったわけ?」
「ん。そうなんだ。稲作文化は専有物じゃないからね。大陸側ではスンダランド系の人たちも稲作を試みていたんだよ。日本へ稲作を最初に持ち込んだのは彼らだったんだ。
なぜそんなことが分かるかというと、たとえば九州だと、非スンダランド系の骨が埋まっていた遺跡は、福岡平野や佐賀平野など広い平地のあるところなんだ。九州の西北部、長崎県や五島列島など、稲作にあまり適さない山間部で見つかった当時の人骨はスンダランド系なんだよ。つまり、おそらく稲作に適していたところは非スンダランド系に乗っ取られて、そうでないところは放置されたんだ。つまり非スンダランド系のひとたちが来る前から稲作文化はあったいうことだ。」
「そこでも戦いはあったわれね」
「ん。非スンダランド系の人たちは、さらに東へ広がっていくんだ。奈良県の唐古・鍵遺跡や愛知県の朝日遺跡あたりで発見されている人骨はどれも皆、高身長でのっぺり顔で彼らのものだ。兵庫県の新方遺跡あたりまでは見事に彼らに入れ替わっている。しかしそれわり東と言うと、実は彼らの人骨は保存状態がよくない。」
「ということは?」
「彼らによる支配がうまくできていないということだ。
逆に、房総半島や群馬県や福島県あたりの遺跡で見つかる頭骨は縄文顔なんだよ。そのまま東北地方へ上がっていくと非スンダランド系はほとんど見つかってないんだ。岩手県にあるアバクチ洞穴で1体だけ子供の人骨がみつかっているけどね。これだけだ。北海道だと、噴火湾沿岸の虻田町にある礼文華貝塚で一体だけ見つかっている」
「関東以北の土地は古アジア人の地だったというわけね」
「ん。そのことからも日本武尊の東征の意味はわかるだろ?}
「日本武尊は北方系のアジア人だったわけね。東征の意味は南から上がってきた先住民を支配するという意味だったのね」
「ん。関東は何度も中央政府に反抗する人々が台頭した場所だ。しまいにはサムライなんぞという階級も生み出しちまった。天孫降臨にたいして根強い反抗心が関東は持ち続けた理由に、僕は"血"と"支配"の確執を感じてしまうんだよ」

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白石誠 無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました