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30歳・貯金50万・ノープランで会社を飛び出し、フリーランスに。1年で会社員年収をギリ超えられるまでの道のり

2025年1月。銀行残高50万円で、30歳のときにフリーランスになりました。
仕事のあてもなく、完全に見切り発車。でも結果として、1年目の売上は568万円。目標にしていた、会社員時代の年収を少し超えることができました。

会社員時代の源泉徴収票(2024年)

VS

freeeでみる1年間の累計売上(2025年)
※詳細はこのあと存分に語る

ここまで書いて、「鼻につく出だしだな?」と自分でも引きました。
というか、収入公開する人たち全般怪しいビジネスしてそうですよね。わかる。でも待って、まだ記事を閉じないで!!!

この記事は「どうやって稼いだか」を伝えたいわけではなく、「1年かけて自分の軸を作っていった話」です。

私は、「自分の軸」や「自分の心地よさ(納得感)」を大事にしたくて独立しました。そんなもの、って笑われるかもしれないけど、私には大事なこと。

一方で、独立前にブレーキをかけていたのは「収入の不安」でした。でも、どうせやるなら過去の自分を超えたい。徹底的に自分と向き合った結果、「自分の軸」も「目標売上」も、両方叶えることができました。

・仕事、働き方
・お金
・パートナーシップ
・生き方

この1年、「自分の軸」を問うために向き合ったこと

とはいえ、まだ怪しいと思う方もいますよね。経歴をザッと話します。
新卒でIT営業2年、退職後はカンボジアで照り焼きチキン屋台経営を数ヶ月。その後、人材会社で営業と広報を5年。今は、広報やキャリコンの経験を活かして、法人向けの広報伴走と個人向けの1on1伴走をしています。

さて、収入大公開とお気持ち表明で「コイツ、頭大丈夫か?」状態の方も多いはず。だがしかし、この記事は今後さらに「私のリアルなお金の話」がじゃんじゃん登場します!!(どういう前置き)
なぜなら私の場合、「生き方」と「働き方(≒稼ぐこと)」が密接だからね。

魂込めて書いたら1万5千字になってしまったので……。
忙しい人は、ぜひ最後の「1年間の収支を表にしてみた」だけでも、目次から飛べるので見ていってください。

楽しく読んでもらえたら、ぜひ「スキ」も押していただけると喜びます!


金融リテラシーも十分ではなかったけれど、自分の可能性を試してみたかった

フリーランスになることを決めたのは、独立する1ヶ月前。
その当時は、生き甲斐にしている「年1回の海外旅行」を終えたばかり。

2024年は奮発して、エジプト・ケニア・ドバイ旅に行き、約100万円が飛んだところでした。積み立てNISAを解約しても、年末の銀行残高は全てかき集めて50万円ほどで、そもそも金欠。出だしからまあまあの満身創痍っぷり。

こーんなことをしているが、
内心クレジットの引落としに怯えているぞ★

でも当時の私は金銭感覚の初期設定デフォルトがゆるめで、「なんとかなるだろう」と考えがちでした。

ちなみに夫と財布は別で、3年前に購入した戸建てのローンと食費をあわせて、毎月共通の口座に定額を入金する以外はお互いに関与しないスタイル。

私は堅実とは真逆を生きているので、今も昔も現実的な将来の話には弱めです。独立するまでは毎月の収支もロクに確認せずにいたので、「あるぇー?ずっと貯金減り続けているな?」と、うっすら思うくらいでした。

当然、今後を心配した人たちから「無謀だし大変だよ」「これまでのキャリアが勿体ない」と諭されます。普通に考えたら転職した方がいいよね。実際、お金はすぐに底をつきそうだし。私だって不安ですし。

でも「どうしても、自分の可能性を信じたいんです」と、相手からすれば意味不明であろう理由の一点突破ゴリ押しで、2025年1月にフリーランスに。
毎月40万円の収入と安定を失い、特大の自由を手にしました。

無謀だけど、気分はサファリを自由に歩く
動物たちのように爽やかだったZE☆
(iPhoneで撮影 inケニア)

もちろん、私も社会人なので「そんな頭の中お花畑みたいなこと言って、簡単にうまくいくわけないじゃん」とは何度も思いました。
でも、自分を信じてみたいワクワクが不安を上回っていて。こうなったらやるしかねぇ!と、踏み出す覚悟を決めました。


【フリーランス前夜】 ひたすら自分を言語化する

まずは「より納得感を感じながら収入を得る状態を目指そう!」と、会社員時代と同水準の収入を目標に設定しました。(根はまじめ)

加えて「個人で仕事を得るなら、自分を知ってもらう資料が必要だろう」と、改めて「何者で」「なぜフリーランスになり」「誰にどんな価値提供ができるのか」を棚卸しし、言語化していきました。

そして、2025年1月、30歳の誕生日に所信表明noteを公開。

結果として、記事をきっかけに沢山のお声がけやご発注をいただきました。

でも実際は不安すぎて、心臓が喉から出そうになりながら公開ボタンを押したことを昨日のように覚えています。緊張したし、誰の反応もなかったらどうしようと思いましたが、スキをしてくれたり、拡散してくれた皆さんのおかげで、今の私があります。(最上級の感謝)

打ち合わせ用に、記事をベースに資料も作った

また、この準備が自己紹介の土台になり、気後れせずに初対面の人にも「こんな仕事がしたい!」と伝えられました。やっぱり準備は大事。

それでは、フリーランス生活スタート!!

【1-3月】 残高50万円で、150人に会った

1-3月の売上:約94万円

・1年の中で最も売上が少なく、支出は多い期間
・そのため、ほぼキャッシュゼロのジリ貧生活で本気の営業が求められる
・営業苦手だけど、150人と出会って学び、初受注を果たす

3ヶ月のざっくりダイジェスト①

前書きでも触れた通り、1月当初の銀行残高は50万円ほど。へそくりなし。毎月出ていくお金は、どんぶり勘定で20万円ほど。
しかも追い込みをかけるかの如く、自己投資と称していくつかの講座に申し込み、1月から25万円ほどが残高から消えました。資金繰り下手すぎる。

絶対そんなことやってる場合じゃないと思いつつ、
アロマの勉強とか始めちゃってる。反省はしてる。
でも楽しかった。

このままだと3ヶ月と保たずに資金が底を尽きる状態だったので、最初から本気クライマックスで仕事にコミットする必要がありました。

でも、コミットしたくても仕事がない。
しかも、独立当初は個人名で企業から発注をもらうイメージができておらず、「どうやって仕事をつくるの?」状態からスタート。がんばれ、生きろ私。


営業苦手な内向型だけど、好奇心を頼りに150人と出会う

所信表明noteを出した後の3ヶ月間は、とにかく動き回り、150人以上の人や組織と出会いました。大事なのは数じゃないけど、自分でも相当動いたなと思う。

予定がない日などない多動っぷり×3ヶ月。
反動で、4月以降少し引きこもった。

旧友や元同僚や上司と会うこともあれば、Xで相互フォローをしていたフリーランスさんや経営者さんと話したり。誘われたイベントは予定が合えば断らずに参加し、沢山名刺を交換し、複数のコミュニティに参加しました。

こんなに多動だった理由はもちろん、仕事が欲しかったからでもある。
でも私、内向型で営業が大の苦手です。「営業するぞ!」と力むと、何を話せばいいのか途端にわからなくなるんですよね。

ただ救いだったのは、私は1on1にやりがいを持って仕事にできるくらい人に興味があること。だから、「営業するぞ!」よりも、「もっといろんな人の話を聞きたい!」という好奇心を原動力にいろんな人と会いました。

というのも、何の後ろ盾もない状態は心許ない一方で、すごく身軽だったんですよね。だから、純粋に相手を知りたい気持ちのままに行動しました。

謎にご縁ができて、
無職になってから人生初Googleにも行った。

結果的に、このときに知り合った人と先々で一緒に仕事をしたり、お仕事の紹介や相談をもらったりすることになります。

別視点では、毎月会うような友人や、切磋琢磨できるフリーランス仲間もできました。一緒に楽しく過ごせる仲間の存在に、今も日々助けられています。(ありがとう!)


初対面から相談しまくりで気づいた「圧倒的ギブ」の有り難さ

また、この時期に心がけたのは「思いきって相談する」こと。
フリーランスとしての動き方について、色々な疑問を初対面でもどんどん質問・相談していきました。

・仕事のつくり方、営業の方法
・契約や見積書の作り方や提示タイミング
・自分の料金テーブルの考え方や相場感 
・引き受けるか、断るかの線引きの基準
・売上と利益、税金などお金関係のこと
・個人で働く上で注意した方がいいこと など

初対面からありとあらゆることを聞いた

急にこんなことを初対面でズケズケ聞いたら相手が困りそうですよね?
でも実際は、困られたり、怒られたりは全くしませんでした。

沢山話したけど、本当に皆さん親切だった。
(ごくたまにマルチ商法的な人に当たって心的ダメージを受けた)

むしろ丁寧に考え方を教えていただけたり、使っている資料やフォーマットを見せていただけたり。
もちろんお礼は伝えるけれど、まだ何もお返しできない私に対して「ここまで親切にしてもらっていいの?」レベルの圧倒的ギブ。

そして、皆さんのアドバイスを受けてPDCAを回したおかげで、無事1月中に法人向けの初仕事を受注できました(!)
飛び上がるくらい嬉しくて、何度も何度もガッツポーズをしました。これからもフリーランスとして頑張るぞ!と気合いが入った。今思い出しても最高に嬉しい。


「圧倒的ギブ」の姿勢が、結果的に信頼や仕事に繋がることがあると知る

これは、親身になってくれる人と出会う中で辿り着いた私なりの学びです。
独立当初は、「どこまでを無償/有償で提供するべきなのか」と悩んだりもしましたが、そもそも視点が違ったなと反省しました。

相手の悩みや課題を聞いて、自分の経験や知見など、会話の中で伝えられることはどんどんギブする。
その中で、相手の課題が解決するならそれでいい。でも、より深く関わることを希望されるなら何かに繋がるかもしれない、くらいに捉えるようになりました。

目指すのは、圧倒的ギブ
(願望なだけ、できるとは言ってない)

この姿勢でいることで、ご相談をいただくことも増えました。
駆け出しの私に声をかけてもらえること自体ありがたいことなので、来るものはすべて受ける気持ちでどんどんご依頼を受けていきました。


【4-6月】売上は最高額、でも生活はないがしろに

4-6月の売上:約182万円

・最も売上が高い時期だが、自己投資重課金による支出も鬼
・「乗るしかない、このビッグウェーブに!」とChatGPT3万円課金
・使いこなせず、1ヶ月で解約しようと思ったのに解約忘れて6万円飛ぶ
・「仕事>>プライベート」になった結果、夫と喧嘩勃発

3ヶ月のざっくりダイジェスト②

4-6月は、初年度の中で最も売上が立った時期。
「仕事を紹介してくれる知人」が現れた衝撃とありがたさを噛み締め、「ここで働かせてください!」の勢いで、元気よく働きました。それはそれで、充実した楽しい時間でした。

でも一方で、早くも「私、成長機会減ってない……?」と不安を感じ始めます。恐怖と好奇心の相乗効果で、11講座・5コミュニティに参加し、全盛期のChatGPTに6万円溶かし、120万円ほどを自己投資に費やしました。(てへぺろ⭐︎)

学びを増やしすぎな上に、連日深夜まで働いた結果、私の独立を応援してくれていた夫との喧嘩も勃発。売上は一番良いのですが、自分のキャパを見極めるのが下手で生活がないがしろに。(大反省)

忙しくてボロボロで逃避したくなった、
GWのソロピクニックの様子(酒あり〼)

でもこの期間があったからこそ、「自分の軸」を考えることの大切さが身に沁みた感じがあります。全てはより良い未来への布石。


生存報告を継続したら、「仕事を紹介してくれる知人」が現れた

皆さんは、フリーランスの人に「どうやって仕事つくるの?」と聞いて、「知人からの紹介なんだよね〜」と返ってきたことはありませんか?

フリーランスの人に話を聞くと、ほぼ全員が「紹介」と答えるので、「仕事を紹介してくれる知人なんておらんわい!」と私も常々思っていました。

この写真は、キラキラフリーランスに扮するためだけに
旅行先にPCを持参してとった inカンボジア

でも実際にフリーランスになったら、私にも「仕事を紹介してくれる知人」が現れました。すごい。どういうこと。(皆さんには本当に感謝しています)

理由は、最初の3ヶ月で動き回ったことで「人となりを知ってくれている人」が増えたことも大きいはず。でも他には「Xでの仕事募集」から決まった仕事もあり、SNS発信も重要だと感じました。

ちなみに、この頃の仕事は発注元と直接契約もあれば、制作会社を通した間接契約もある状況。ただ、クラウドソーシングやエージェントは活用しておらず、SNS経由で知り合った方からのご相談がメインでした。

なぜnoteやX経由での相談をいただけたのかと考えたのですが、更新を継続していたおかげだと思います。でも、高尚なことは発信していなくて。

ただ、毎朝「おはよう!」と言い続けただけです。

上記投稿は観測できる最古のおはよう投稿で、2021年4月のもの。
4年も毎日継続すると、タイムライン上に知り合いも増えるし、面識がない人でも「あのアイコンの人!?」と認知してくれていることも。

所信表明noteを公開したときにも、こうした日々の生存報告があったからこそ、「声かけても大丈夫そう」と思ってもらえた可能性が高いです。
継続は力なり。生存報告はマジで大事。


成長機会が減ったことに不安を感じ、自己投資に重課金

一方で、仕事が軌道に乗り出したがゆえに「今の仕事は、スキルの切り売り的になっていないか?」とモヤモヤし出しました。

いいから目の前の仕事に全力投球しろよ自分。
そういうとこだぞ。(というか鳥がすごい)

まあ、そりゃそうです。発注者は確実に業務遂行できる人に頼むので、会社員時代に時々あった「未経験だけど成長機会になりそうな仕事」は、基本的に回ってこない。

えっ、そしたら私のスキルも経験も古びていく一方じゃん???

焦った私は「それなら、お金を払って自分で成長しよう!」と企み、自己投資に総額120万円の重課金をしました。

6ヶ月目振り返り記事にまとめた内容を引用
(1年だと、もう少し講座数増えるのは秘密)

ちなみに1年目は外注依頼もなく、原価が発生する仕事でもないので、基本的に「売上=収入」でした。社保・税金などは、控除込みで100万円/年くらい差し引かれるので、手取り収入の25%以上を投資に回すアクティブ投資家スタイル。

もともと自己投資への課金ハードル低めだけど、
さすがに自己投資系の支出金額の多さに自分で引いた

そんなにインプットして、結局仕事に活かせたり繋がったりしたのか?と疑問を持つ人も多いでしょう。まあ、それはお察しの通り。
講座自体はそれぞれ学びが多いものでしたが、さすがに自分のキャパに限界がある。反省。

でも良かったのは、いろんな生き方や働き方があると改めて知れたこと

というのも、会社員時代は興味のある講座やコミュニティがあっても、「学ぶ時間を確保できないかも」と及び腰になることが多かったんですね。

タイムスケジュールを自分で決められるからこそ、今まで踏み入れられなかった分野まで好奇心を広げて、いろんな仲間と出会うことができました。

これはメイクレッスンを受けたときの顔面ビフォアフ
実用的で学びが深い投資であった

ちなみに今は、「成長機会も得られそうな、裁量権のある仕事」を意識して受けることで成長不安も収まりました。(ひと安心)


仕事に全振りして夫と喧嘩、自分の軸を問われる

フリーランスや経営者と話していると、パートナーシップの悩みもよく聞きます。そして、私も例に漏れず……。

急激に仕事が増えて連日深夜まで働いたり、学びを増やしたり、無意識のうちにプライベートの優先順位が下がったりを繰り返した結果、夫との喧嘩に発展しました。(夫掲載許可ずみ)

トルコで変な写真と撮った仲ではあるが、喧嘩もする。
※2人とも同世代日本人※

とはいえ、来月の見通しもわからないような駆け出しフリーランスの身で、「半身で働きます〜」なんて言ってられないのが本音じゃないですか。

だから、とにかく「今は仕事に全部betするべき」と思ったわけです。
夫には共有せずに。(←問題はここ)

全力仕事モードの私は、昼夜を問わず、食事もトイレも忘れて働きます。
もともと家事全般は夫に任せているので、家事分担では揉めないのですが(これも希少で有難いこと)、そばで見ている夫は心配になるわけです。

果ては、私が体調を崩した日には「こんな働き方をするためにフリーランスになったの?気持ちはわかるけど、そんなの応援できないよ!」と至極当然正論パンチのお言葉。

とはいえ「仕事はやり切るから」と私も反発し、健康やプライベートを損なってまで働く必要があるのかと喧嘩になりました。今思えば、手一杯で自分に余裕がなかったなあ。申し訳ない。立ち止まらせてくれた夫に感謝。

手帳のメモ。字が汚すぎる。
4/25まで息できてない自覚もなく苦しかったらしい。
だが、この状態が6月まで続いた気がする。

喧嘩をしてからは私も反省し、「現在の状況と今後の見通し」を定期的に夫に報告するようになりました。家庭内でも、意識すべきは報連相。


【7-9月】お金以上に自分を選ぶと決めた

7-9月の売上:約150万円

・より主体的なフリーランスとして生きるための問いと向き合う
・自分の心地よさを優先して、大きな仕事を手放す選択をする
・旅が増える中、「内省>仕事」で過ごし売上が右肩下がりで怯える

3ヶ月のざっくりダイジェスト③

7-9月は、自分の生活を見直し始めた時期。
旅や内省を通して、仕事一筋の状態から「自分にとって心地よい生き方と働き方を両立できる状態」への探究を始めました。

京都、長野、栃木、海士町、出雲など旅多め。
経済ぶん回しスタイルで常にギリギリ。

とはいえ、自分の考えや生き方を変化させるのは痛みも伴うこと。

1年の中で最も葛藤した時期なので、内省ネタが多めです。また、結果的に「大きな仕事を手放す」と決めたこともあり、売上はきれいに右肩下がり。

比較的ポップに言ってるけど、
この頃のメインバンク残高12万円だからね?

しかも、後先考えずに旅や友人との予定を入れていたので引き続き支出は多め。またもやジリ貧生活を強いられる事態に。やっぱり資金繰りが下手。


仕組みをつくって、持続可能な生活に移行開始

仕事一筋でいた反動で、7月初旬から夏風邪をこじらせました。
「この生活は持続可能ではないな」と危機感が芽生え、生活改善のために、毎月初めに「自分時間」のアポを真っ先に入れるように。

「自分時間」は茶色の枠。この週は月・金がお休み。

これまでは、自分でもつい仕事を優先したり、友人や夫との予定を入れたりしがちでした。でも、「自分時間」が減るとパフォーマンスが落ちることに気づき、仕組みで時間を確保するようにしました。

また、本格的に生活リズムを整え始めたのもこの時期。一人で習慣を変えるのは難しいので、早寝早起きコミュニティの力を借りました。
会社員時代の私はAM2-3時頃に就寝、9-10時頃に起床する夜型人間でしたが、夜23時台に就寝、6-7時頃に起床ができるように。環境は人を変える。

朝7時からのモーニングに這いつくばって参加

今はOuraリングとヨガを再開しながら、運動と体調管理を習慣化しつつあります。健康への課金は必要経費。


「自分の軸」をつくる「4つの問い」と向き合い、主体性を手に入れる

ここまで半年間の私は漠然と、「フリーランスになれば、全てにおいて自然と主体的に生きられるようになり、心地いいのだろう」と考えていました。(ならんやろとは言わないで)

「フリーランスはいつでもどこでも好きに働けて自由!」
みたいな夢みがちだった私(イメージ)

でも現実はちょっと違う。クライアントワークをするなら当然、クライアントの都合や締切を優先する必要があります。だから、仕事や生活の全てを自分主体で決められないことは多い。

しかも、フリーランスは収入が不安定という働き方の構造上、「仕事>>>自分」という思考に陥りがちなことに気づき始めました。

現実を知り始めた私(イメージ)

放っておくと、「仕事しなきゃ、稼いで生きていかなきゃ」「仕事を断るのが怖い」という不安に呑まれてしまう。だから、より強く「自分の軸」に自覚的になって、意識して主体的に生きる必要性を感じたんですよね。

でもどう思い返しても、独立当初の私は「働き方の軸」しか考えていませんでした。仕事で実現したいことはあるけど、プライベートでやりたいことは全く考えておらず、「生き方の軸」が定まっていなかったんです。

だからプライベートが後回しになって夫と喧嘩したり、「自分時間」を確保できなくて詰んだりしていたのか……!と気づきました。(今さら)

そこで、より主体的なフリーランスとして生きていくために「4つの問い」を考えて内省しました。この問いは、生き方も働き方も含めた「自分の軸」に気づき直すためのもの。

「①初心を思い出す」「②今の気持ちを確認する」「③未来を描く」「④行動を決める」という順番で思考が進むよう設計したので、今の違和感に気づいて軌道修正しやすくなりました。

①そもそも、なんで今の働き方にしたんだっけ?
②どんな日々を過ごせると心地いいと思う?
③この先、どんなことをしたい?何に興味がある?
④今日から一つだけ何か変えるとしたら?

byわたし
3ヶ月に1度くらいは振り返るのがおすすめ

当時の回答は9ヶ月目の振り返り記事に詳しく書いてありますが、例えば「②どんな日々を過ごせると心地いいと思う?」には、仕事なら「全体感を知った上で動ける」「チームで働ける」などを答えていました。

問いを通して「今の自分が感じていること」に気づき直す時間は、今も主体的に生きるための指針になっています。


お金よりも自分の心地よさを優先し、仕事を手放す決意をする

フリーランスになるときに、「安定した定期収入を得たい気持ち」は手放したものの、「発注をいただいている仕事を手放すこと」はワケが違いました。

そもそも、仕事をいただけることの有り難さは何にも変え難いものです。

でも仕事をしていれば、モヤモヤすることもあります。
なんて贅沢な話だと思われても仕方ないのですが、モヤモヤを抱えたまま働き続けるのは、私にとって少ししんどいことで。自分のための意思決定ができない、自分自身への信頼が目減りしていく感覚もありました。

個人で働くにおいて、ある程度の
自分への自信や信頼は大事だと感じる経験でした。

「このままではまずい」と、4つの問いを含めた自問自答や周囲への相談を重ねて。その結果、私にとっては「お金」よりも「一緒に働く人」や「仕事内容」のほうが大事だと「働き方の軸」が変化しました。

そして、心地よく働けていないと感じる仕事について、双方合意のもとでの卒業を決めました。
もちろん、売上が減ることは気になるし不安も大きかった。でも自分のために意思決定をして、しっかりクライアントにも伝えることができて。ずっと強張っていた肩の力が、やっと抜けた気がしました。


【10-12月】 軸を定めたら、仕事が変わった

10-12月の売上:約142万円

・毎月のリアルな支出と対峙し、いくらあれば生きられるかを算出
・ジリ貧生活が極まる中、インド旅行を決行
・「自分の軸」が定まった結果、直接契約の仕事で生きる2年目に突入

3ヶ月のざっくりダイジェスト④

10-12月は、生き方も働き方も「自分の軸」に沿って動き始めた時期。とはいえ、仕事を手放した影響もあり1年間で最もジリ貧を極めし者だった。

日々減っていく残高に焦りもあったけど、自分で選んでここまできたからね。後悔しないように覚悟してやるしかない!の気持ちでした。

意識だけは高いジリ貧

そんなわけで主体的なジリ貧生活ただの強がりを過ごしたのですが、年末にかけて、「自分の軸」にフィットする仕事が立て続けに決まりました。
自分でもびっくりしましたが、前の期間に大きな手放しを決めたからこそ掴めた機会だったと感じています。


本気の危機感でようやく着手した「毎月の支出」の可視化

残高はギリギリ。でも、年初から楽しみにしていた10月のインド旅行も諦めたくない。まあまあ崖っぷちだったので、初めて自分のリアルな収支を算出しました。今さらすぎるが、やっと資金繰りへの意識が芽生えた。

娯楽費、高くない?という意見は深く受け止めます。
でも自己投資重課金勢からすれば低めの見積もり……。

特に、切り詰められる固定費と生活費がないかは吟味しました。

でも、自分がそれなりに楽しく生きていくために必要な娯楽費を切り詰めちゃったら、自分の心地よさが損なわれちゃうからさ。(意識だけは高い)

なので例えば、携帯代を大手キャリアから格安SIMに変更したり。使っていないサブスクを解約したり、仕事環境を充実させてカフェ代を減らしたり、できるところから支出を抑える努力をしました。

ちなみに、本当はNISAや投資など未来に向けたお金も確保したかったけど、そんな余裕は1ミリもなかった。完全に今だけを生きています。

そのくせ、自分へのご褒美と称してパフェは食べがち。
パフェは私の必需品。

でも「月30万円あれば、比較的楽しく生きていけるんだな!」という金額が可視化されたことで、漠然と不安だった状態を脱しました。可視化大事。
※ただし、将来性は加味しないものとする。


売上が落ちて焦りつつも、リフレッシュした先で仕事が舞い込んできた

リアルな収支は把握したものの、右肩下がりで売上が減っているのは事実。この先やっていけるのか、正直不安も焦りもかなりありました。

でも、1週間半のインド旅行に行ってきました。

だって、年初から楽しみにしてたんだもの……。

移動中に仕事のことを考えようかとも思ったけど、「今はリフレッシュを楽しもう」と頭を切り替え、旅行に全振りしてインドを満喫。

だいぶローカルなお店でも食べたけど、
私も夫も一度もお腹を下さなかったし、おいしかった。

そしたら、舞い込んできたんですよ。新しい仕事が。

忘れもしない、インド4日目のお昼頃のこと。かなり前に、「いいな」と思って自ら応募した仕事の正式依頼が届いたのです。
思わずスマホを二度見したし、インドから「ありがとうございます!!やります!!」と即レスしました。そんなことある?インドマジック?と思い、インドのお寺に多めの寄付をしました。(だって本当に嬉しかったもん)

その後も旅行中に新たにやってみたいと思える仕事の相談が2件あり(!)、本当にインドで開運しただけかもしれませんが、焦りすぎないことも大事だと学びました。結果、11月の売上はV字回復。

ちなみにインド旅行は合計50万円ほど。
土地柄もあって比較的安価に抑えられたはず。
(え、金銭感覚バグってる??)

4月以降から「自分の軸」を考え続けて試行錯誤しましたが、やっと仕事も生活も「自分の軸」で動かせている実感が少しずつ持てるようになってきました。ここまで、長かった……!!


「自分の軸」に沿って過ごしたら、直接契約&チーム化が実現

4-6ヶ月目で少し触れましたが、これまでは直接契約と間接契約の両方の仕事をしていました。でも、「自分の軸」を考えたときに、「もっと直接契約の仕事を増やしたい!」と思ったんですよね。

直接契約の良さは、点ではなく、線や面で、継続的に関わる面白さとやりがいがあるところ。どんな想いや課題があるのか全体感を知りながら、なぜその施策が必要なのかを直接聞いて打ち手を考えたり、対話したり。
発注元の皆さんと、より近い距離で働きたいと考えました。

とはいえ、直接契約の仕事をつくるのは簡単ではありません。
しかも、私には「自分が心地よく過ごせること」の制約条件もある。たった1年間で、よくもまあ、こんなわがままマインドに育ったものです。

私の愛するポッピングシャワー×10
わがままと欲張りの極み

でも、諦めたらそこで試合終了ですよ。コッカラッス!!と思い直し、「今後こんなことをやりたい」と周囲に伝えたり、いいなと思う仕事に自ら応募したり。自分の軸に合う動きを増やしていきました。

また他にも、「いいな」「力になれるかも」と感じる相談には提案書をつくるようにしました。提案書のおかげかは定かではありませんが、結果的に年の瀬にかけて他にも直接契約の仕事が決まりました。

新しいお仕事が決まるたびに、夫と「やったー!!」とハイタッチと小躍りでお祝いし、「よっしゃ、力になるために頑張るぞー!」と腕まくりをしました。本当にありがたいですし、心地よく働けているな〜と感じます。

会社員時代の経験フル動員。ありがとう過去の私。

2年目に入ってからも新規のご相談があり、今継続して関わっている企業は直接契約のみに。さらに、とうとう手が足りなくなったので、記事制作などはチームで対応するようになりました。

それもこれも、全部周りの方々のおかげです。独立前の私が見たら、きっとびっくり&嬉し泣きするに違いない。自分の可能性を諦めなくてよかった。


フリーランス1年目で学んだ3つのこと

いよいよ、まとめに入ります。結局、この1年で私が学んだことは何だったのか。ここから先は、まじめ成分多めでお送りしますのでご容赦ください……!

① 人との出会いから仕事が生まれる

最初の半年間での1番の学びは、人との出会いがあってこそ仕事が生まれていくのだという実感でした。

一人で悶々と考えるだけではなく、いろんな人を頼って、相談していい。
出会ってくださった方に親切にしていただいたおかげで、初受注や、その後の仕事に繋げられました。

だからこそ、自分も同じように誰かに親切をお裾分けする意識も芽生えました。仕事に興味を持ってもらったら、相手の気になることを可能な限りその場で伝える。生き方の話になれば、できる限りの自己開示をする。

自分の私利私欲ではなく、「相手起点で考え、圧倒的ギブをする姿勢」の大切さも学んだし、人との出会いを「営業」と捉えすぎず、より素直に楽しめるようになりました。

インドでは、一人の「写真撮っていい?」に
OKすると20人が集まってくるぞ★
(日本人と出会うと幸運らしい)

その結果として、クライアントや仕事仲間はもちろん、価値観を共有して対話できる仲間や友人とも出会うことができました。今も、周りに居てくださる皆さんのことをとても心強く感じています!(何度でも言わせて!ありがとう!!)


② 売上や成長の前に、まず自分の納得感を見る

自己投資に重課金をして急成長しようとしたり。パンパンに働いて生活をないがしろにしたり。自分の心地よさよりも目の前の仕事を優先したり。

この1年だけで、数々のしくじり深い学びを重ねました。そのたびに、「なにが自分にとっての正解なのか?」と自問自答を続けました。

フリーランスになると良くも悪くも全てが自己責任。意思決定の一つずつが、全て自分の生き方や働き方に反映されます。

その仕事をやると決めたのは、自分。
その環境にモヤモヤしているのも、自分。
イヤだなと思うことを飲み込んだのは、自分。

自分の決定事項が、自分の心地よさを損なうモヤモヤ
これは、定位置にごはんがないことで
心地よくないナマケモノ。
(inドバイの動物園)

私にとっての心地よさとは、納得感があることでした。
だからといって「売上や成長は気にしない」とはなりませんが、まず最初に「自分の心地よさ」を優先して考えられるようになりました。

フリーランスは、リスクのある働き方。
私がリスクを取ってまで得たかったものは、「自分にとって心地よい"生き方"と"働き方"の両立」だったのだと思います。今時点での暫定解だけど。


③ 自分の軸は、選択の積み重ねで見えてくるもの

独立当初は言語化できませんでしたが、「自分の可能性を信じたい」想いの根っこには「生き方にこだわりたい」願いがありました。

でも独立当初は「働き方の軸」しか考えていなかったり。軸がブレブレな自分にも気づけていなかったり。
自由を求めてこの働き方を選んだし、これまでも内省を重ねてきたつもりだったのに全然通用せず、自分がふがいなくて悔しかった日もあります。

それでも私は、自分の可能性を自分自身に証明してあげることを諦めたくなかったんです。
だから、軸がブレていることに気づいてからは、「4つの問い」と繰り返し向き合いました。「今の自分が本当はどうしたいか」を知るたびに試行錯誤を重ね、その選択の過程で「自分の軸」が定まってきたのだと感じます。

なんとなくどっしりしてきた(当社比)

軸が定まって動きが変わったことも、年末にかけて立て続けに「自分が望んでいる仕事」が決まった理由の一つだと思います。
軸が定まると意思決定がブレにくくなるので、優先順位を見極めたり、チャンスを掴んだり、勝負どころで行動する力が養われていく印象があります。

また、自分の軸に沿って手放した仕事があったからこそ、新しい仕事のために使える時間やリソースができたことも大きいです。

今も試行錯誤は続いていますが、「主体的なフリーランスとして生きるとはどういうことか?」を体感し、内省し、実践した1年間が最後にしっかり実を結んだように感じて嬉しかったです。


1年間の収支を表にしてみた

長丁場のお付き合いを、ありがとうございます!
というわけで、ここまで読んでくださった皆さんにささやかなお礼(?)として、「1年間の収支」をまとめてみました。

支出はどんぶり勘定を思い出して書いたので概算ですが、最終的な残高とも照らし合わせたのでおおよそ合っているはず。

青が売上、赤が支出の大きさを表したグラフ

売上と支出のデッドヒートっぷり、伝わりますか!?
黒字化したのは6回で、残りの6回はギリギリや特大赤字でした(笑)

こんなにアップダウンのある生活は人生初で、収入が無くなりそうで怖くて泣いた日も何度かありました。でも最終的には、「決めたからにはやるぞ」「なんとかなるだろう」と自分を信じてやり切れて、本当に良かった。

結果的に、目標の会社員時代を超える金額を1年で達成しました!

会社員時代 VS フリーランス1年目(再掲)

ちなみに、目標達成に気づいたのは確定申告のとき。
売上低迷期が長かったので、まさか自分でも1年目で目標金額を超えられると思っていなくて。申告書類を作成中に「あれ?」と思い、会社員時代の源泉徴収票を見直して、喜びのあまり、一瞬、頭が真っ白になりました。

でも我に返って、夫にも「自分、やりました!!!」と急いで報告。
11月と12月の追い上げによって、「自分の軸」も「目標売上」も両方叶えられた喜びに浸りながら、2人でお祝いしたのはいい思い出です。


こう書き出してみると、「トントン拍子だな」と感じる人もいるでしょうか。

確かに、蓋を開けたら1年で目標を達成し、さらに2年目の今は去年以上のペースで売上が立って。お金の面でいえば、控えめにいって、今のところ私のフリーランス生活は上手くいっているのだと思います。

でも本人としては、ものすご〜〜〜く紆余曲折がありました。
3ヶ月に一回くらい、もう無理かもと本気で思ったし。この記事では書き切れなかった葛藤や悩みも沢山あるし、今も「収入の不安」がなくなったかといえば嘘になる。

だけど私にとって、この1年の経験は大きな自信になりました。1年目の廃業率が約38%といわれる中、まずは1年を走り切れた自分に拍手を送りたいし、この経験は今後の糧になってくれるはずです。


まだ正解はわからないけど、前より自分を好きになった

改めて振り返ると、この1年で私にとって1番大きかったのは、「自分にとって納得感のある生き方」に気づいて、近づけたことでした。

そして、あらゆる機会で「自分の軸」を問われた結果、私の場合は「お金を増やすこと」だけを目標にすると、「心地よさ」が薄れてしまうのだと気づきました。

例えば、心・頭・身体が喜ぶことをする。会いたい人に会いにいく。いろんな人の価値観や捉え方を聞く。ひとりで静かに自己対話をする。無理をしない。やりがいや面白さを感じることを選ぶ。自分で場を開く。好奇心が湧くことに瞬発力を出す。定期的に自然に触れる。読書をする。旅行に行く。

私が心地いいと感じることの一例たち

「目標売上」だけを追って効率を考えれば遠回りに見える時間や機会も、私の「生き方」にとっては必要だった。そう気づいて、「自分の軸」を掴み直すことができた1年でした。

とはいえ、現代を生きる私には「お金」も必要であることは確かです。だからこそ私は無意識に、「自分の軸も目標売上も両方叶えること」を1年目の目標にしたのだと思うし、これからも「心地よさ」と「お金を増やすこと」のバランスを模索していくのだと思います。

でも今も試行錯誤の途中なので、この生き方が正解なのかは正直わかりません。

ちょっとレベルアップしたけど、
引き続きダンジョンの中にいるような気持ち。

この記事だって、数年後に読み返したら「そんな葛藤もあったなあ〜」と懐かしく思うかもしれない。でも、この1年を悩みながらも生き抜いた自分のことは前よりも好きになれたし、ヒリヒリすることも多かったけど冒険みたいで面白い1年でした。
2年目の今も新たな挑戦の最中だけど、たとえそれが失敗しても成功しても、自分の「生き方」にとっては全部が「いい経験」になるはず。過程も楽しみながら、引き続き進んでいこうと思います。

この記事は、自分の可能性を信じたい私がその気持ちに沿って行動した1年間の記録です。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
同じ時代を生きる仲間として、どこかで私たちの生き方が交差して、巡り会う日が来たら嬉しいなと思っています。

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