掌編|スーツの裾からイエローステッチ #せりふ三題噺
はらとけいさんの「#せりふ三題噺」に初めて参加させていただきます。
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春一番が屋上の避雷針を揺らしている。
風を避けながら、ライターを何度も擦って、やっとタバコに火をつけた。
屋上で一服。これは儀式だ。
俺は足元を見下ろす。
履き古されたドクターマーチンのタッセルローファー。
入社式の朝、スーツにこいつを合わせて出て行こうとしたら、親に盛大にため息をつかれたっけ。
取引先でも、会議室でも、足元のイエローステッチを見ると心に火が灯った。
ここにいるのは本当の俺じゃなくて、仮の姿なんだって。
スーツの裾から覗く黄色い糸は、夢と自分を繋いでくれてた。
でも、いつの間にかその抵抗も虚しくなり、仕事はまぁまぁ楽しくなって、
彼女と会えば、結婚の2文字が浮かぶようになった。
でもさ、1週間前にこいつを靴箱の隅で見つけた時、脳天をガツンと叩かれたんだよ。
高校の文化祭、指がちぎれるほど弾いたテレキャスターの振動が蘇った。
昼休みの屋上、ドクターマーチンの10ホールブーツを脱ぎ捨てて、寝転がって吸ったタバコの味も。
屋上のドアが閉まる音がした。
見ると、後輩の米山が強風に髪の毛を乱されながら立っている。
「センパイ、辞めちゃうって本当っすか?」
「まあな」
「会社続けながらやればいいじゃないですか…」
「1曲バズったぐらいで何考えてんだよ、って?」
「いや、そこまでは言ってないすけど」
米山が唇を噛む。その視界にはイエローステッチ。
生暖かい風に米山がくしゃみを1つ。
「ドクターマーチンかぁ。先輩……、かっこいい……。
ってか、ずるいね!」
米山は髪の毛をかきむしりながら笑っている。
俺は吸い殻を携帯灰皿に押し込むと、ローファーを鳴らして一歩踏み出した。
後ろで春の嵐がゴォっと鳴った。
(了)
いつも、皆さんが難なくお題を取り入れているのを羨ましく読んでました。
今回はイメージが浮かんだので「いけるかも!」と大急ぎで
楽しく書かせていただきました。
はらとけい様、ありがとうございます!
