掌編「土砂降りヒッチハイク」
熱帯地域の激しい雨。時刻は20時43分。
僕の横には、プスン…と言ったきり、エンジンが息絶えた原付バイク。
人っこひとりいないので、ヤケになって心の声を全部漏らす。
「あー!!カッコつけて一人旅とか辞めときゃよかった!
雨季とか知らねーし!このバイク、ポンコツすぎんだろ!」
そこへ車のライトが近づいてきた。
ここは人通りもなければ、車が通るのも稀だ。
いちかばちか。僕は親指を立てる。ヒッチハイクのサインだ。
だけど、車は水たまりの水を盛大に跳ね上げて通り過ぎていった。
…人相が悪かったか。
アフリカをヒッチハイクで旅したことが自慢の僕の父は、「全身でいい人を表現するのが鍵だ」と言っていた。
僕は立ち上がり、準備体操がわりに軽く2度ジャンプをする。
次の車は、仕留める。
数十分後、土砂降りの雨の中をやっと1台の古びたワンボックスカーが走ってくる。
僕は、満面の笑みを浮かべて親指を立て、クイクイッと上下に振る。
「いい人ですよー。バイク壊れちゃって困ってまぁーす」
実際に声を出してみたが、エンジン音にかき消された。
その数分後、またヘッドライトが通りを照らしたので、僕は親指を準備する。
あれ?さっきと同じ車?
車は速度を緩め、僕の前で止まった。
助手席の窓が開き、「どうしましたか?」と10代か20代の幼い顔立ちの女の人が言った。
この国の人の顔をしてたけど、カタコトの日本語だった。
運転席の男性も身を乗り出すようにして、僕のことを見ている。
「海外で日本語を喋る奴は、だいたい詐欺」
これも父の教え。
だけど…大丈夫だ。この人たちは悪い人じゃない。自分に言い聞かせた。
「バイクが壊れてしまいました。My bike broke down」
女の人がバイクに目をやってなるほどと頷く。
「日本語でいいです。あなたはどこへ行きたいですか?」
「今日は、この先の町に泊まろうと思ってたんですけど…この近くにホテルはありますか?」
二人は顔を見合わせてから、何やら母国語で、あーでもないこーでもないと話し合っている。
そして、「近くにホテルはない。隣の町まで送っていきます」と言った。
僕と男の人とで、ワンボックスの後ろに壊れたバイクを積み込む。
なぜ日本語が話せるのか聞くと、彼は、日本に働きに行くから勉強しているのだと答えた。
二人は童顔だが、20代の若夫婦だった。
「私たち、3回、ここを通りました。車で」
どういう意味かと聞くと、彼らは日本語と英語混じりで説明してくれた。
約30分前。彼らはここを車で通った。親指を立てて何か怒鳴っている人物に気付いたが、よく見えなくてそのまま通り過ぎ、家に帰ったそうだ。
だが、雨足はどんどん強くなる。
気になって、あの人はまだいるのか、確かめるために引き返した。
果たして僕はまだいた。親指を立て笑顔を見せている。
でもブレーキをかけそびれた。
数百メートル先に車を停めて、彼らは話し合った。
「日本人かもしれない」と彼女は言い、「ヒッチハイクしてるんじゃないか?」と彼は言った。
「悪い人じゃないと思う」と彼女が言い、「日本人なら大丈夫だ」と彼は答えた。
そして、もう1度、引き返し、今度は止まってくれたのだった。
ヒッチハイクは、する方も怖いけど、乗せる方も相当の勇気がいるのだ。
僕は雨に濡れた体が芯からあったまっていく感覚を味わった。
これからも「日本人なら大丈夫だ」という言葉に恥じないように生きようと柄にもなく考えた。
隣町の、ホテルかどうかも怪しい古びた建物の前に車は止まった。
僕はメモ帳を取り出し、急いで自分のEmailアドレスを書いた。
僕の髪から滴る水でヨレヨレになったメモ帳の切れ端を「日本に来たら、連絡してください」と言って渡した。
二人は、顔を見合わせて、静かに笑った。
彼が僕のバイクを下ろすのを手伝い、その間に彼女が宿のおじさんを呼んできた。
「ありがとうございました!」
僕は何度も頭を下げた。
顔を上げると、彼女の方が恥ずかしそうに、小さな紙袋を僕に押し付けた。
「これ、食べてください」
彼らは急いでいるのか、車に乗り込み去っていく。
名前を聞くのを忘れたことを後悔しながら、袋を覗くと、潰れた丸いパンが2個。
丸めた紙屑のようなものも入っていて取り出すと、手の脂で汚れたこの国の紙幣。日本円で2000円くらい。
彼らは「趣味で貧乏旅行をしている僕」に、大事なお金をくれたんだ。
「You Why cry?」
宿のおじさんが不思議そうに呟いた。
それから何十年。僕はずっと旅が好きだ。
僕が旅に出るのは、
人間、生きてりゃなんとかなる、ってことを確かめるため。
それから、よくいう「命の洗濯」。
働いて働いて暮らしていると、もう捨ててもいいってくらい汚れてしまう、誇り、優しさ、良心、悲しみ。
でも、捨てたもんじゃない、って、
人間、捨てたもんじゃない、って、言いたくて、
僕は今も旅を続けている。
(了)
下記の企画に参加させていただこうと思います。
参加方法は合ってるかな…?
よしまるさま、よろしくお願いします。
2000文字に収まるまで、削って削ってやっと!でした。
最後までお読みくださった皆さん、ありがとうございます!
